第7話

「ああ、何をそんなに驚いている?」

「いえ……ライナス様とお話になるのかなと……」

「さっきは悪かったな。ついこいつと話し過ぎてしまった」

 

 ううん。あの調子でお話ししてて良かったのよ。

 

「いえ、私のことなど気にせず、どうぞ存分にお話しください」

 

 私は話術に長けているわけでもないし、ね?

 

 でも、殿下の視線は私からは離れてくれなかった。

 

「ジーク、勝手にエレナを見つめないで下さい」

「良いだろう? 減るわけでもないし」

「減ります。迷惑です」

 

  減らないとは思うけど、視線がライナス様の方に向いたのはとても有り難い。

 

 殿下は目力が強いから、あまり見つめられていると言われるがままに何でも口にしてしまいそうで。

 

「なら、どうやって会話すれば良い? 今日はお前ではなくてエレナ嬢と話をするのが楽しみだったのに」

「私に聞いてくれれば、私からエレナに」

「あのな……」

 

 ライナス様を介して殿下とのお話しは少し滑稽だ。

 

 想像してしまって、小さく笑ってしまう。笑い声が漏れた。

 

「エレナ?」

「……ごめんなさい……だって、面白くて……」

 

 我慢が肩に伝わって大きく揺れる。顔を背けるくらいしかできない。

 

 深窓の御令嬢でも目の前に王太子殿下がいたら自分で話すと思うの。なのに、私がわざわざライナス様を通してお話しするなんて……想像しただけで笑いが止まらない。

 

 きっとライナス様に伝えた言葉は、その場で殿下にも聞こえている筈だし、殿下の声も私の耳に入る。無駄な行為を一個挟む理由が見つからなかった。

 

 早く落ち着かせて殿下に返事をしなければならないのに、なかなか笑いは治らなくて、声を殺すのがやっとだ。

 

 二人の顔を見ていられない。見ただけで想像すらしてしまう。ライナス様が私と殿下の間を行ったり来たりする姿。

 

「ようやく笑ったか」

 

 殿下の楽しそうな声が、私のなかなか止まらない笑いを静止させた。それどころか、大きく胸が跳ねる。喉の奥に引っ込んだ笑いに、目を瞬かせるしかない。

 

 背けた顔を元に戻した。すると、不敵な笑みを浮かべる殿下と目があった。

 

「緊張はほぐれたか?」

「はい……多分……」

「それは良かった。しかし……笑顔が一番というのは嘘ではないようだな」

 

 殿下がニヤニヤと頬を緩ませる。彼はそのままの表情でライナス様に視線を向けた。

 

「あまり見ないで頂けますか?」

「そう言うな、ライナス。今日くらいは良いだろう?」

 

 殿下の機嫌が良くなるにつれて、ライナス様の機嫌は悪くいるように見えた。いつもよりむっすりとしている。

 

「で、なんの話をしていたんだったか」

 

 殿下は僅かに眉根を寄せた。腕を組み、顎に手を当てたのは少し大袈裟な気もする。私は慌て

 て口を開く。

 

「社交場に慣れたかという話でした。まだ慣れる程参加していないので、胸を張って慣れたとは言えません」

「由緒あるノーベン家だ。誘いは沢山来ているだろう?」

「……はい。招待状は沢山頂いております。でも、ライナス様も父もお忙しいので」

 

 ライナス様に視線を移すと、彼は殿下の方を不機嫌そうに睨んでいる。


 本当はそんなに沢山社交場に出たい訳ではないから、私としてはちょうどいいくらいなのだけど、本当のことをいうとライナス様が要らぬ心配とかしてしまうかもしれない。だから、これは私の胸にしまっておく。

 

「なんだ。俺のせいか?」

「何も言っておりませんが?」

「目は口ほどに物を言うと言うだろう。……いや、執務に付き合わせているせいでエレナ嬢がなかなか社交場に出られないのだとしたら、君には申し訳ないことをした。今後はもう少し都合をつけられるようにしよう。とはいえ、十日に一度が九日に一度になる程度しか余裕はなさそうなんだが……」

「お気になさらないでください。私は気にしておりませんし」

 

 社交場ってなんか窮屈で苦手なのよね。お見合いの役割も果たしてるって教えて貰ったけど、私には婚約者がいるし……。結婚後に焦って繋がりを作るために社交をするようじゃ遅いから参加しているのだと思う。

 

 でも、終始ライナス様が隣にいるし、彼が紹介してくれた人としか話をしないから、繋がりづくりにもなっていないような気がしてならない。だから、数少ない友達の家にお邪魔してお菓子を食べながらお話しするような小さなお茶会が一番気楽で楽しい。

 

「父もお忙しいですし、兄も今は隣国で勉強中の身、私のわがままでライナス様や殿下を振り回すなんてできません」

 

 にこやかに笑う。本音と建て前は使い分けなさいってお母様が言っていた。きっとこういう時にある言葉だ。

 

「そうか。ケイト……兄君は留学中だったな」

「殿下は兄と面識が……?」

 

 お兄様から殿下と面識があるなんて聞いたことない。お兄様とは七つ離れているし、全ての交友関係を把握しているわけではないから、知らなくてもおかしくないんだけど、かの王太子殿下と面識があるなら自慢しそうなものだ。

 

 私が首を傾げていると、殿下は小さく頭を振った。

 

「……いや、ライナスから聞いた程度だ」

「そうだったんですね。殿下が気にかけていてくださっていると知れば、兄も喜びます」

 

 私の言葉に殿下は「まさか」と笑った。

 

 やっぱり知り合い? それもうんと親しそうな。

 

「やはり殿下は兄と……?」

「……いや、ライナスに聞いた話だとその程度で喜びそうではないなと思っただけだ」

 

 なるほど。ライナス様は随分とお兄様のお話をしているのね。お兄様とは年が近いし気が合うのかもれない。

 

 殿下の言う通り、あのお兄様に限ってそんな殊勝な態度は見せないと思うけど、さすがに殿下の前では猫も被るだろう。

 

「留学から帰ってきたら、ぜひ兄を紹介させてください」

「ああ、そうだな。楽しみにしている」

 

 殿下の頷きを見て、私は胸をなでおろした。

 

 それから、殿下とライナス様と他愛のない話をした。話好きだというのは伝わってくる。ざっくばらんに話してくれる殿下に、ついつい友達にするような言葉遣いが溢れてしまうことがあった。

 

 彼はそれを咎めるどころか喜んでいるのだから変わった人だ。それが正解か不正解かはわからないけれど、喜んでいただけたのならノーベン家の面子が潰れることはないと信じたい。

 

「さて、そろそろ良いでしょう? エレナは殿下の相手をするためにここに来たわけではないのですから」

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