第12話 時と空をかける少女3

   時と空をかける少女3


 母親と話した翌日、行々木は中学校まで薄を送りとどけてから、自分の通う高校へと向かった。

「結構なご身分ね」

 登校してきた行々木に、そう声をかけてきたのは羽二重 衣である。彼女は学級委員長であるけれど、同じクラスではないので教室で出会ったわけではない。廊下で、わざわざそう声をかけてくるほどに彼女の魔法使い嫌いは徹底され、かつそれを追う行々木のことも嫌う。

「一限目は間に合わない覚悟だったからね」

 やんわりとそう応じる。嫌われているのは確実だし、火に油を注ぐことはない。ただ、彼女の目は燃え盛る炎とは真逆に冷たかった。


 羽二重はメガネを、親指と人差し指を開いて、押し上げるようにして位置を直す。その指の形がまるで拳銃のように見えることから、彼女はからかいの類とはいえ、殺し屋的な扱いを受けることもある。生まれたときからずっと学級委員長、と言われたら、思わず納得する。その堅苦しさは一撃必殺のスナイパーというより、真綿でじわじわ締め付けるタイプの殺し屋かもしれない。

「魔法使い関係……じゃないわよね?」

「関係ないよ。どちらかというと、家族関係だ」

「魔法使いを追って、学校をおろそかにしないようにね」

 最後は学級委員長っぽいことを言って、歩き去ろうとしたけれど、不意に思い出したように「魔法使いと会ったら、連絡をちょうだい」と告げた。それはきっと、殺し屋の名にふさわしく、大嫌いな魔法使いを滅ぼすために、退治するために、そうする行動に見えた。


 放課後になると、行々木のスマホに連絡があった。

「今日、うちの学園まで来なさい」

「え? 何で?」

 行々木のそんな疑問に答える間もなく、電話は切れた。こうした物言いをするのは人に命令を出し慣れている、もしくは誰かに指示をだすと、忠実に実行されることを信じて疑っていない。そういうタイプの人間に多い。逆らうと、どんなしっぺ返しを食らうか分からないので、言われた通りに桜リアム学園へと向かった。


 行々木の通う彩町高校とは駅三つほど離れていて、電車に乗って向かう。桜リアム学園はお嬢様、お坊ちゃまが通う学園として、駅近の一等地に居を構えており、歩いて数分、といったところだ。

 駅の近くには涸井戸公園があり、有栖が語っていたように、ベンチと遊具がいくつかあるだけの、本当に簡易的な休憩所だ。

 急に見ず知らずの場所にやってきた薄が、呆然とそこにすわっていた、というのも頷ける。あまり人が立ち寄ることもなく、駅近というのに閑古鳥が鳴く。人見知りの強い薄なら、ここに逃げこむだろう。

 薄がスマホをもたないのは、すぐ失くすからだ。いきなり意識を失うこともあり、モノをよく失くす、壊す。一人でこんな場所にきて、心細かっただろうに……。


 校門のところに守衛所があり、そこで許可を得なければならない。行々木は面会票に『飛龍院 美槍』と記載する。守衛の雰囲気が一変するのを感じながら、渡された案内図を手に、高等舎へと向かう。

 しかし入り組んでいて、道に迷っていると、声をかけられた。

 大人しそうなメガネ少女で、それが癖なのか、右手で首元を押さえるようにしているのが気になる。「高等舎の視聴覚室ですか? どうぞ、こちらです」

 愛想はいいけれど、どこかよそよそしい。

「いいんですか? あなたも用事があったのでは?」

「いえいえ。来訪者を案内するのも、生徒会長の仕事ですから」

 そんなことはあるまい。生徒会長が一々、来訪者を案内する学校などない。強いていえば、学校の評判を気にした行動、ということだ。

「北神戸といいます。それで、視聴覚室へ、何の用ですか?」

「飛龍院 美槍さんに呼ばれまして……」

「飛龍院……気を付けて下さいね」

 校舎の四階まで連れてくると「この突き当りです」と、北神戸は去っていく。この学園で、飛龍院は嫌われているのか……? 気になるけれど、今はとにかく視聴覚室へと足を踏み入れた。


 映像投射用の大きな白壁、そしてテーブルにはLANケーブルを挿す端子もあるなど、AIの授業にも使われるようだ。

 飛龍院はまだ来ていない。すわって待つことにする。しばらくすると、ゆっくりと部屋に入ってきたのは飛龍院だ。長い黒髪と、色白の素肌と、右の半面を覆うほどの大きな眼帯が目につく。

 しかも、入ってすぐ後ろ手にドアの鍵を閉めてしまった。ここは入り口が一つだけなので、逃げ道を封じられた形だ。

 行々木も身の危険を感じ、平静を装いつつ「どうしたの? 呼びだしなんて……」

「あなたの誤解を解いておこうと思ってね」

「誤解?」

 何の話を始めるつもりか……? 行々木も不可解そうに見つめる先で、これから授業でも始めるように、飛龍院は教壇へとすすみでた。

「廃校で、アナタは私が助けを求めた……そう思っているのでしょう?」

「え? まぁ……そうだね」

 それは、天井に立った少女が「家に帰りたい」と助けを求めてきた……と考えるのが自然だろう。

「私は『手を貸して』と言ったけれど、そのとき『手伝って』と言ったけれど、一度も『助けて』とは言っていない」


 …………あれ? そのときの会話を思いだすと、確かに彼女は泣き言を漏らしたわけではない。漏れそうだから、生理現象で大変そうだから、助けを求めてきた……と勝手に、行々木が想像しただけだ。

「誤解……というか、結果的に助ける形になったけれど、本意ではない?」

「そうじゃない。そうじゃないけれど、あなたに声をかけた有栖は、どういう言葉をかけたのかしら?」

 あぁ、有栖の言葉次第では、自分が望んでもいない助けを求めたひ弱な少女、とみられるのを嫌がっているのか……。

「彼女は、ボクに『魔法使いに会ってみない?』と声をかけてきたんだ。君のことを助けて欲しい、とは言っていないよ」

「当然よ。そんなこと、言っていないからね」


 飛龍院は自分の方が低い位置にいるのに、やけに高圧的で、断定的な物腰でそう言った。……あれ? 彼女は自分の弱さをみせるのが嫌だったんじゃないのか?

 飛龍院家の娘として、強くありたいと思う自分が、孤高を貫く理由だと思っていたのだけれど……。


 彼女はポケットからスマホをとりだし、連絡をかける。

「あぁ、私よ。……そう、今すぐ来て。来られるわよね? 私は視聴覚室で、一人でいるから」

 飛龍院は、随分と失礼な電話をするものだ……と、感心ならぬ、関心をもってみていると、彼女の近くの空間が、ぼやっと揺れだす。まるで蜃気楼のように、その場の熱量が上がったかと思ったら、そこから頭がでてきて、辺りを確認すると、中から人が現れた。

「よっと……。ごー、あへッ! 何の用、美槍様?」

「君は……、魔法使いだったのか?」

 椅子に座っていた行々木が、立ち上がってそう声をかけると、そこにいる彼に気づいてギョッとしたのは、有栖 零央名だった。


「美槍様……一人って言ったじゃん!」

「騙す形になって悪かったけれど、こうでもしないと、あなたはきっと本性をださないと思ってね」

 飛龍院は行々木にむかって「カギをかけておいたし、彼女が空間を超えてきたことは、これで確認できたでしょ」

 それで、ドアにカギをかけたのか……。「誤解って、彼女が魔法使いと言いたかったのか?」

 有栖は慌てて手をふって「ちがう、ちがう! 私は魔法使いじゃないよ」

 そんな有栖に助け舟をだしたのも、飛龍院だった。「彼女は魔法使いじゃない。それも誤解よ」

 飛龍院のその言葉に後押しされたように、有栖は「私も魔法使いに、魔法をかけられた一人だよ。ただ便利だし、色々と不都合もあるから、今のところ特に支障もないから、そのままにしているってだけ」


 なるほど、そのパターンもあったか……。かけられた魔法が、必ずしも不都合でなかったら、便利だったら……。有栖にとっては、空間を飛び越えて移動できる魔法がそうだったのだ。

 空間を飛び越える魔法――。それは確かに便利だろう。

 飛龍院は軽く肩をすくめた。

「私は、彼女に助けを求めたわけじゃない。すでに魔法にかかった、かかっていると知っている有栖に、私の事情を伝えて相談した。そこにアナタがやってきたから、手伝いをお願いしただけよ」

 ひどく頭が混乱しているけれど、整理してみる。

 飛龍院にとって、有栖が魔法使いの専門家のように見えた。魔法にかかり、それを駆使する彼女だからこそ、相談するため電話をした。しかし有栖は自分が無知であることに気づいて、自分の限界を知っていたから、予てからその噂を耳にしていた、魔法使いを追う男として、専門家であろう行々木を巻きこむことを画策した……というところか。


「もしかして、急にボクのいた予備校に現れたのも……?」

「そうだよ。いくら何でも、連絡をうけてすぐに、直ッちのいる予備校まで行くなんて、ふつうに無理っしょ。友達から『予備校にいる』っ聞いて、近くに移動して潜りこんだのだよ」

「瞬間移動の能力……」

「瞬間……というと、語弊も五平餅もあるんだけど……。偶々、今回は校舎内にいたから早かっただけだよ」

「それも、不都合の一つか?」

「遠くに飛びたいときは、相応の準備も必要なのだよ。飛んじゃうと早いけどね」


「魔法使いと会ったことは?」

「憶えてないよ」

「いつから?」

「それも曖昧なんだよねぇ。中学に入ったころは、すでに使えていたっぽいけど、そのころは、頭がぼーっとしてくると隣の部屋に移っているとか、その程度だったんだよね。

 今ではコントロールして、距離も稼げるようになったけれど、連続してはできないとか、私と身に着けているものぐらいしかジャンプできないとか……。色々と制約が多い魔法なのだよ」

「そのころ、何か悩みのようなものは?」

「憶えてない……っていうか、そんな大きなトラブルは抱えていないはず……なんだけどね」


「もしかして、薄のことも……」

「逆、逆! 学校をサボって公園に行ったら、出会ったのだよ。私、人を連れてジャンプはできないし、彼女が直ッちの妹なんて知らなかったし……」

 その通りかもしれない。フィクションでもあるまいし、偶々連れだしたのが行々木の妹……なんて、そんなことが確率的にみて起こるはずもない。彼女が狙って連れだしたのなら説明もつくけれど……。

「有栖は何を考えているか分からないし、悪党だけれど、魔法を変なことにつかったりはしないわ」

「それ、フォローになっていないよ。美槍様!」

「バレないよう、慎重だしね」

「それは……、こんな力がバレたら厄介じゃん。奇怪じゃん! 絶対、変な人扱いじゃん。カクレクマノミぐらい、隠れてもいないのにそう呼ばれちゃうじゃん! ということで、直ッちも『しッ!』だからね」

「魔法使いに関することなら、ボクの口は堅いよ。でも本当にいいのかい? 魔法を放置しておくと、大変な目に遭うことも……」

「構わない、構わない。もしジャンプしつづけるとお婆ちゃんになっちゃう、と言われてもつかいつづけるね」

 竜宮城と砂浜を往復しただけで、お爺ちゃんになった浦島太郎でもあるまいし、高速で移動するのなら、むしろ時間のすすみが遅くなり、若いままでいる方が正しい。玉手箱の中身が煙でなく鏡だったとしたら、遊び歩くうちに年老いてしまった自分に気づく、となるだろう。いずれにしろ後悔は先に立つことはない。そうなって、初めて問題の大きさに気づくものだ。

 魔法はまだ、どんな影響を与えるのか? 誰にも分かっていないのだ。特に『距離を稼げるようになった』というように、力が変化するなら、尚更それ以上の問題が起こることも想定しておくべき……、なんだけど……。


「アナタの妹も空間をジャンプしたというなら、彼女に色々聞いてみるといい」

 飛龍院がここに行々木を呼びだした理由……。彼女なりに、借りを返しておこうとしたのかもしれない。

「心配してくれてありがとう。でも、妹の薄はきっと別の、異なった魔法にかかっている。体が弱っていく魔法だ……。小さいころ、ボクと一緒にいたとき、魔法使いと会っている……はずなんだ。でも、誰もそれを憶えていないし、かけられた魔法も分からないまま、妹は弱っていく……」

 行々木の言葉に、飛龍院も「アナタが魔法使いを追うのって……?」

「そうだよ。ボクは妹を助けるために、魔法使いをみつけ、どんな魔法を妹にかけたのか? それを聞くために追いかけている」


「ただの変人や、ストーカーでなくて良かったわ。これで、こちらの誤解も解けた」

 飛龍院は「だって、魔法使いを追いかける、ただの変態ストーカー野郎に助けられた……なんて恥ずかしいからね」

「変態ストーカー野郎って……」

「アナタは魔法にかかった妹を助けたい。そして私たちは魔法にかかったまま。どうかしら、対魔法使い用に、私たちが共闘するっていうのは?」

 飛龍院の申し出に、行々木も目を丸くする「共闘?」

「簡単な話よ。情報を共有し、時がくれば、ともに魔法使いと戦う」

「完全無欠にして勧善懲悪、鉄壁にして、鉄腕で、鉄血の鉄人、飛龍院 美槍様が、誰かと協力ぅ~⁈」


「本気ッすか? マジッすか! 美槍様が、誰かと……」

 それは有栖にとって、口をあんぐりと開けたまま飛龍院を見つめるぐらい、意外なことだったらしい。

 ただ、彼女は真剣だった。

「この私の右目……。ただ失くしただけじゃないみたい。見えるのよ、時々……。未来や過去の出来事が……」

 彼女の中で、眼球だけが時間旅行をしている……。彼女が何をみたのか? それは分からないけれど、彼女は焦っているようであり、そこでみた出来事を変えたいのかもしれない。それは彼女にとって、決してよい世界ではなかったということだ。


 魔法使いを探す行々木、右目が時間を旅する飛龍院、空間を超えられる有栖、これからこの三人で、魔法使いを追うこととなった。それぞれが魔法との距離、付き合い方に悩みながら……。

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