第7話 クロース・クローズド2
クロース・クローズド2
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
「止めてくれる? そういう聞き方、虫唾が走るんですけど……」
電話の向こうから、不快さ満載でそう返してくる。
「虫の居所が悪そうだけれど、今はちょっとその虫を抑えて、教えてくれよ。オマエの通う禰圉小学校で、イジメがあるのか?」
「小さいものは知らないけれど、大きなものはないね。結構、今の先生たちが厳しくて、目を光らせているからね」
「ボクの小学校時代と、大違いだな……」
「反面教師って奴でしょ。お兄ぃのいたころの大きなトラブルに懲りて、厳しくなるっていう……」
そう、電話の相手は、妹の行々木 救――。名字にコンプレックスをもつ両親が、それを多少なりとも緩和するよう、とんでもない名前をつけてしまった。ただし、その名前に負けず劣らず、人助けを趣味とする変わった小学生だ。
もし小学校でイジメなどのトラブルがあれば、彼女の耳に入らないはずがない。何しろ、彼女はよろずお悩み相談所、と化しているのだから。
「八向 賜って知っているか?」
「名前ぐらいは聞いたことがあるよ。お兄さんがサッカー上手いって、この辺りでは有名だからね」
「有名……なのか?」
「お兄ぃとちがって、いい意味で、有名だよ」
「間接的に、ボクが悪い意味で有名だと言っているように聞こえるぞ」
「間接的じゃなくて、関節だよ、骨だよ、直接そう言っているよ。話の芯はいつもそこだからね」
「そいつはどうもすみません……」
「ま、悪いことをしているわけじゃないから、退治はしないけれど、悪いことに手を貸していたら、ふつうに殺すからね」
「殺されるのは嫌だから、退治される前に、全裸でにげだすよ。胎児のように」
「やめてくれる? 変人ならまだしも、変態になったら目も当てられないから。もう陽の光も当たらないからね。悪い意味でスポットライトだけ当たるから」
「大丈夫だ。日陰者であるけれど、まだお天道様の下にでられないようなことは、したことがない」
「まだ……というのが危ないんだけど……。八向さんのことなんて聞いて、どうするつもり? 最近、学校にも来ていないって話だけど……」
顔見知りでもなく、名前を知っているぐらいなのに、学校に来ていないことまで憶えている。さすが救である。「もしかして、魔女がらみ?」
「今はまだ、何とも……。ただ、疑わしいということで、ボクのところに話が来た。学校で何らかのトラブルがなかったら、一先ずそちらの問題ではなかった、ということになる」
「分からないよ。学校ではそうかもしれないけれど、塾だったり、それこそお兄さん絡みのトラブルだったりしたら、私には分からないし……」
「ちょっと学校の友人に当たってみてくれないか?」
「人助けでしょうねぇ?」
「魔法使いの魔法だったら、それを解く。結果的に、人助けになるだろ?」
「ま、魔法使いがらみだったら、お兄ぃのことを信じるよ。OK,調べてみる」
そういって、電話は切れた。
行々木はすぐ、もう一本電話をかけた。それはハンメン教師、屋鳥である。屋鳥は以前、魔法にかけられていたところを行々木によって救われ、それ以来話をするようになった……否、行々木になついてくるようになった教師だ。身長が低く、また童顔にして巨乳、というある意味で奇跡のような体型をしているけれど、彼女はそれすらコンプレックスの元凶であり、そうした諸々のことにつけこまれ、魔法をかけられていたのだ。
「最近、すぐ帰っちゃって! もう、冷たいなぁ~」
「いやいや、帰宅部ですから、通常は学校に残りませんよ。相談したいことがあるなら予約してください。当日で結構ですので」
「事務的ぃ! 私と行々木クンとの仲は、そんなおざなりな連絡じゃあ、済まないんだぞ! なおざりは赦されないんだぞ」
周りに言いたいことも言えず、ストレスを溜めこみやすい人だけど、行々木にだけはこうして甘えたことを言ってくる。
ただ、今はそれに付き合っている暇はない。
「今日はちょっと、お願いしたいことがあって……。サッカー部の八向って、知っていますか?」
「彼なら、副担任だよ」
「彼の家庭事情とか、分かりますか?」
「何? 魔法使いがらみ?」
「あいつからの頼まれごとです」
「本人に聞いたら?」
「たった今、家から追いだされまして……。どうやら家庭環境に問題がありそうな気もするのですが、ボクはあいつの連絡先も知らなくて……」
「う~ん……。まぁ、魔法使いの絡んだ行々木クンなら大丈夫でしょ。でも、内緒だからね❤」
部屋からでてきた八向 劫は、祭壇にむかって一心不乱に祈りをささげる母親と教祖の男に声をかけた。
「学校から、母親に来て欲しいって言われていたんだ」
「えぇ、何をしたの?」
「さぁ……。とにかく、母親だけで学校に来て欲しいって」
「じゃあ、賜のことをみていて。お願いね」
母親はそう言い残すと、教祖とともに出て行った。
その姿を見送って、マンションの廊下の奥から現れたのは、行々木だ。
「本当に大丈夫なのか?」
八向も不安そうだ。先ほど、屋鳥先生に連絡先を聞いて、マンションから出ていくこともなく、潜伏していたのだ。そして八向に連絡をとり、親を家から誘いだすよう頼んだのである。
「今ごろ、職員室では大変なことになっているかもしれないけれど、時間稼ぎはしてくれるだろう。とにかく、今は妹さんと話をしてみないことには、どうしようもないからな」
ふたたび部屋に入る。服の山を前にして、行々木は自ら服を脱ぎ始めた。
「おい、何をするんだ?」
「さっきの反応をみる限り、どうやら服をからめとられるみたいだからな。なら、最初から服なんてなくていいだろ」
そういうと、行々木はパンツ一丁になった。
「話をするため、中に入ってくる。これが魔法かどうか、判断するためには、それしかない」そういうと、行々木は服の山へとかき分けるように突入した。
予想していた通り、中は暑くて、息苦しくて、とにかく圧力がすごい。絡み合った布同士がこすれると静電気も発生するので、バチバチと体中が痛い。
これが拷問だったら、ある意味で全部盛りだ。ただし、匂いだけはいい。それは小学生とはいえ、女の子の服が多いのだから当然かもしれないけれど、何だかこの状況は、遠い昔に体験したことが有るような気もする。
何かに蹴躓く。小指に激痛が走ったからといって、すぐに屈みこむこともできないのが苦痛だ。服をかき分け、やっと小指に手がとどくぐらいに屈みこんだ。すると、そこにはベッドがあり、そこと床の直角になった部分のすき間には空気が流れこんでいる……。なるほど、服の奥まで酸素がとどくのは、元々部屋にあった家具が、こうしたすき間をいくつかつくっているためだろう。
まずは空気の確保とばかり、ベッドの傍らに横になって空気を吸った。小学生とはいえ、女の子の部屋に入って、パンツ一丁でハフハフする構図は、もう変態以外の何者でもない……。
しかし彼女、八向 賜はいない。彼女は服の中で自在に動けるのだろうか? それとも偶々、彼女のいる場所を外している? とにかく、六畳もない部屋で、服が積まれているだけなので、そうそう行き場もないはずだけれど……。
「聞こえるか?」
酸素を確保して、やっと喋ることができるようになり、そう声をだしてみた。
「…………誰?」
しばらくして、少女らしい声が聞こえてきた。ただ耳にとどくというより、覆いかぶさってくる服が揺れて、骨伝導してくるようだ。
「ボクは君のお兄さんの友人だ。君はどうしてこんなことを?」
「…………」
直接、質問をしても帰ってこないようだ。それは、いきなり『お兄さんの友人』が現れたとて、信用を得られるものではないだろう。
「ボクは、魔法使いを追っている者。いわば、専門家だ。君がもし、魔法使いと会った……、もしくは魔法使いによってこんなことになっているなら、相談に乗れる、と思うけど……」
「…………魔法使い?」
「そう、君は魔法使いに会ったんじゃないのか?」
「憶えていない」
「魔法使いと会っても、記憶を消されることが必定だ。君はこうなる前、見知らぬ人と話をした記憶は?」
「マンションの入り口で、話しかけられたことはなくもない」
「何を話したか、憶えているかい?」
「憶えていない」
魔法使いとの会話は、やはり憶えていないようだ。そこにヒントがあるかと思ったけれど、その部分は望み薄のようだった。
「君がこうして、服をまとっている理由は何かあるのかな?」
「…………」
顔がみえないだけに、また相手の雰囲気が伝わってこないために、沈黙されるとどうにも判断のしようがない。でも、会話はできているので、これを途切れさせるのはまずい、とすぐに話題を変える。
「君は今、どこにいるの?」
「近くにいなくもない」
それはそうだ。ここは六畳もない部屋。服で埋め尽くされて、アスレチックのようになっているけれど、近くにはいるはずなのだ。
「お腹は空かない?」
「空かない」
……あれ? ご飯は近くに置いておくと、無くなっている、といっていた。とりあえず食べている、という感じか?
「ここにいて、暑くない?」
「暑くない」
「息苦しさは?」
「息苦しくない」
何だろう……。ずっと気持ち悪さを感じているのは、疑問形と否定形でしか、会話が成立していないためだ。しかも大体、二、三フレーズしか返してこない。積極的に会話しよう、とは思っていないためか……。
「君はさっき、白マントの人たちに、溜まっている服を引き剥がされそうになったけれど、それは嫌?」
「……服を引き剥がされたくない」
「でも、これほどの服は重たくないかい?」
「重たくない」
暑くも、息苦しくも、重たくもないのだから、彼女にとってここは居心地がいいのだ。この方面から攻めても、状況は打破できそうにない。
「この大量の服は、何のため?」
「身を守るため」
否定形でも、疑問形でもない答えがやっとでてきた。しかも、それは身を隠すためではなく、身を守るため?
「守るって、何から?」
「…………」
そこは明確に答えたのだから、何か理由があったはずだ。自分の身を守らないといけない、何かが……。そこには思い当たるフシもある。
それは、部屋の隣であんな呪文のようなものを延々と唱えられたら、まともな精神構造でも壊れてしまう。やっている本人たちは気にならないし、むしろ正しいことをしている、と考えるのかもしれないが、周りの迷惑との兼ね合いを考えれば、まったく正しくないことなのだ。
魔法使いは、彼女が身を守ろうとするのに手を貸した? ただ、これまでのことを鑑みると、それは考えられないのだけれど……。
「このまま服に囲まれていても、問題を解決することはできないよ。もし、身を守る必要があるというなら、ボクの家に来てもいい。とりあえず逃げ道にはなるだろう。君は知っているかどうか知らないけれど、君の小学校にいる行々木 救は、ボクの妹なんだ」
名前をだしただけで、反応があった。明らかに救の名を聞いて、何かを感じたのが雰囲気でも分かった。
「さっきも彼女に連絡をとって、君のことを聞いたよ。もし君が退避先を考えているなら、救もいるから、うちにくればいい」
そのとき、全体にぐらぐらと揺れだしたのを感じた。パシッと頭上で衝撃が走ったのを感じて顔を上げると、光がみえた。服の山がはじけたのだ。
体を覆っている服をはねのけて起き上がると、目の前に少女が倒れているのが目に留まった。全裸で、ややふくよかな体はまだ小学生というのに、女性的な特徴を強くしめす。ただ、そのふくよかさは、まるで空気を入れて膨らませたようにぱんぱんに膨れ上がっており、決して健康的とはみえない。否……まるで死体が腐敗するときに膨れるような……。
慌てて駆け寄り、彼女の首に指をあて、口に耳を寄せると、かすかに呼吸する音が聞こえてきた。
よかった、生きている……。
「おい、賜⁈」
近づいてきた劫も、妹の変わり果てた姿に一瞬、戸惑ったようだけれど、とにかく今は全裸でいるのがマズイ、と思い直したのだろう。「手伝ってくれ」というので、二人で服を着せた。これまでの服はまったく入らず、先ほど奪った白マントがあったので、それを上から被せることにした。
「軽いな……」
体のサイズから想像するのとでは、思っている以上の軽さだ。その軽さのお陰で、作業は比較的楽だった。ただ、そのとき部屋に入ってきた足音にふり返ると、そこには先ほどの教祖が立っていた。もしかしたら、母親を学校まで送って、とんぼ返りしてきたのかもしれない。
しかし服の山が崩れ、しかも白マントにくるまれた少女がおり、しかもその隣にはパンツ一丁の行々木がいる、というイイワケもできない状況であった。
「何をやっているんだ!」
逆上した教祖が、目を吊り上げてこちらに近づいてくる。
「彼女と約束した。今は、彼女をつれて逃げろ!」
行々木がそう声をかけると、八向もすぐに悟って、白マントにつつんだ妹を抱えて走りだす。それを追いかけようとした教祖だったが、足元をネコが駆け抜けていったので、驚いて前のめりに倒れ、顔面を強打した。
あのネコは一体どこから……? 分からないけれど、今はそれどころではない。脱いであった服をひっつかむと、行々木も悶絶する教祖を尻目に、ネコにつづいてその部屋を飛びだしていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます