第5話 クビキリ・キリハ

   クビキリ・キリハ


 飛龍院 美槍――。彼女の通う桜リアム学園は、保育舎から大学舎までそろう一貫校として知られ、設備も充実しており、裕福な家庭の子女が通う学園として、世間でも認知されている。

 校舎も贅沢なつくりで、凝った設計をされており、一見すると学校の校舎とは見えない。オシャレなショッピングモール、もしくはレジャー施設と見まがうばかりで、校舎以外にも緑が多くて、噴水などもあって、まるで公園のようでもあり、散策するだけでも楽しいところとなっていた。

 彼女は高等舎の2年A組――。特進クラスなどはないものの、成績順でクラス別けされるここでは、A組というのはそれだけで学年でもトップクラスの成績をもつことを意味する。

 ただし成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗などという評価は、飛龍院にとって何の意味もない。そう形容されるのは疎ましくさえあった。


 飛龍院は保育舎のころから桜リアム学園に通うけれど、それこそ列を為すほど同性をふくめ、異性からの告白をうけてきた。

 当初、それを嬉しいと感じていたけれど、初等舎に上がるころには、それが飛龍院という家柄の影響であると気づき、興醒めしてしまった。飛龍院家は政治の世界にも隠然たる影響を与えてきた、とされており、そうした影響力を期待し、美槍にも近づく者が多いのだ。

 飛龍院はそうした構図に気づき、孤高となった。周りに誰も近づけず、頼らず、むしろ人を遠ざけるようになった。恋人はいらない、友達もいらない、利害得失で近づく相手など、蹴散らしてきた。


 そうしてついた異名が「完全無欠にして勧善懲悪、鉄壁にして、鉄腕で、鉄血の鉄人」である。

 善だろうと、悪だろうと、まったく興味はない。ただ自らの価値観、判断基準で孤高を貫いていたら、そう呼ばれていた。

 特に感慨もないし、他人の評価なんてまったく気にならないし、呼びたい人がそう呼ぶのを咎めるつもりもない。ただごく稀に、正義の味方と勘違いして接近する人がいる点だけが、煩わしかった。


 飛龍院はあの逆さ事件――。お化け屋敷ともされる廃校で、逆さまになった事件と遭遇して以来、右目を覆うほどの眼帯をしている。

 魔法使いに二つの魔法をかけられていた。立つ場所を失ってしまう魔法と、右目を失う魔法と。そのうち前者についてはある人物の助けを借りて、解消できたけれど、右目はもどっていない。右目を開けると、そこにはブラックホールのような昏く、深い闇が広がる。眼帯をするのは周りの人が不快に思うだろうから。ただ、眼帯をすると、変に周りの注目を集めてしまうのが勘弁だった。

 ただ、彼女にとって、少しぐらいの不便、不自由さがあったとしても、特に気にしてはいない。それでも、いつか自らの手で右目をとりもどしたい、と考えていた。


「飛龍院さん」

 放課後、帰ろうとしていた飛龍院はそう声をかけられた。彼女に声をかける者なんて今ではほとんどいないので、その声を聴いただけで、相手を察する。ふり返ると、そこにはメガネをかけた、色白で、細身の女性が立っている。

 飛龍院も細身で、色白で、長い黒髪を有するけれど、彼女の容姿もそれとよく似ていた。ただし、飛龍院がどちらかといえば、活動的なのに色白という日に焼けにくい体質によってそうなっているのとちがい、相手は勉学の徒という形で、不健康な色の白さである。

 長い黒髪も、スポーツをほとんどしていないことにより、短髪にしなかったことからそうなっている。そして唯一の大きな違いは、相手が縁なしのメガネをかけていることだった。


「何? 北神戸生徒会長」

 北神戸 桐葉――。この桜リアム学園、高等舎の生徒会長であり、彼女と飛龍院とは同じ、高校2年生である。彼女は手先が忙しく、メガネの位置を直したり、手をこすり合わせたり、毛先を気にしてみせたり、何か動いていないと気が済まない性質らしい。口さがない者は、そうした彼女の行動をみて『銀バエ』と呼ぶ。銀バエは壁などに止まると、忙しく前足で顔などをこするからだ。

「生徒会長の件、考えてくれたかしら? 5月の生徒会長選挙に出て……」

 以前から、そういって誘いをかけてくるのだが、飛龍院は言下に

「私は生徒会長にふさわしくないわ」

 そう冷たく否定する。自分自身、周りに気を配るタイプでも、まとめていくタイプとも考えていない。またこうしたことも、自分の家柄からそうした役割を期待されているのでは? と勘繰ってしまい、乗り気になれないことも影響する。まして虚栄心もなかった。


「そんなことないわ。飛龍院さんならできる。それに、この学園の生徒会長は、他の高校の生徒会長さんと比べると、そこまで仕事がないから……」

 自虐的に北神戸はそう語る。「中等舎、大学舎の生徒会との調整があるから、それが少し大変だけれど、逆にいえばその分、高等舎の生徒会としての活動はそれほど多くないから……」

 同じ敷地にすべての学舎が入っていることもあって、勝手に高等舎だけで動くことができず、周りと調整しつつ、学園側とも交渉することになるそうだ。そうなると、余計に仕事も増えそうではあるけれど、元々、中等舎でも生徒会に携わっていた彼女にとっては、それも手間ではないという。

 ただ、手間とかそういうことで飛龍院も断っているわけではない。

「私、興味ないから」

 飛龍院が歩きだそうとすると、北神戸も「待って」と追いすがってくる。面倒くさそうに「私は……」とふり返った飛龍院は、思わず目を疑った。


 北神戸の、細い首がズレている……。絵的に、まるでそこが映像の切れ目でもあるように、はっきりと段差をもってズレていた。

 しかも、見る見るそのズレが大きくなり、そのまま頭ごとぽとりと、首から切り離されて落ちてしまったのだ。


 硬い頭蓋骨が入っているとは思えないほど、その頭はべちょっという感じで、床に落ちた。

「あぁ……、落ちちゃった」

 北神戸は慌てることもなく、首から黒い煙のようなものをただよわせ、落ちた頭を拾おうとする。ただ、恐らく体の方からは見えていないので、まるでメガネを落とした人のように、手探りで頭の位置をさぐる。やがて、左手にふれた耳の部分をつかんで、引っ張り上げる。

「痛い、痛い!」

 まるでコントのように、自分の頭を自分でもって痛がると、やっと右手を添えることで痛みから解放され、ホッとしたようだ。前をしっかり確認すると、両手でもち上げて、そのまま首に上から乗せた。それだけでくっついたらしく、首をふっても落ちることがなくなった。


「ごめんなさい。変なところを見せて」

 変、という言葉でくくっていいのか? 飛龍院にも分からないけれど、ただ不可思議なことが彼女の身の上で起こっていることだけは、間違いなさそうだった。

「今のって……?」

「あぁ、私、よく首が落ちるの」

 まるで「よくニキビができるの」と、同じ調子で言われても困るけれど、北神戸はさらにつづけた。

「コンタクトにしたんだけれど、そうすると首が落ちたとき、その衝撃で外れて、なくすのね。メガネだと、多少フレームが曲がるぐらいで、首が落ちても大丈夫だから戻しちゃった……」

「いやいや、そういう問題じゃなくて、首が切れても大丈夫なの?」

「血が出ているわけじゃないし、それに切れているわけじゃないの。呼吸はできているし、食べてもちゃんと飲みこめるし、お腹までとどく。ほら、デュラハンって化け物がいるでしょ。あんな感じね」


 少なくとも、デュラハンは首がつながったりしないし、先ほど落ちたときの柔らかそうな感触は何だったのか……?

「でも、周りから見られて、気持ち悪がられるんじゃ……」

 北神戸は少し考えてから「そうね。多分、ふつうの人がこれを見たら、卒倒するでしょうね」と応じた。

「だったら……」

「でも、あなたは大丈夫でしょう?」

「……え?」

「だって、あなたも会ったのでしょう? 魔法使いに」


「他の人と会っているときは、少しズレても気にして直すようにしているけれど、あなたのように魔法使いと会ったことのある人なら、これがどうしようもことだって分かるでしょ?」

 その通りだけれど、そう達観するまでには時間も必要なはず。

「いつから?」

「一年前。夏休みの前から……ね。家で勉強をしているとき、急にポロって……。私も最初は気が動転したけれど、色々と試して、理解して、慣れてくると、ちょっとした病気と同じかなって……」


 それは達観というより、現状をどう受け入れようかと悩んだ結果、そういうものだと諦観した、ということかもしれない。

「治したくないの?」

「これが魔法によるものなら、どうしようもないじゃない……」

 まだ右目をとりもどすことを諦めていない飛龍院とちがって、彼女はすでに諦めたのだ。それは一年近くもこんな状態がつづいていたら、諦めが強くなってしまうのも仕方ないのかもしれない。

 しかし魔法は解消できる。それを飛龍院は自ら体験した。魔法使いはただのイタズラや、悪ふざけでこんなことはしない。理由があって、何かの意図をもってそうしている限り、解消する手もあるはずだ。


 飛龍院は電話をかけた。

「……はい、行々木です」

 そう、魔法使いを追う男に……。

「ちょっと尋ねたいことがあるんだけど、今いいかしら?」

「君の右目のこと? それはまだ……」

「ちがうわ。首がぽろりと落ちて、べちゃってなる人がいて……」

「……べちゃ?」

 飛龍院が事情を説明すると、電話の向こうで行々木は「おかしいな……。桜リアム学園の生徒会長は、頻繁に交代する感じなのか? 例えば、リコールされて引きずり降ろされる、とか……?」

「そういった制度はあるみたいだけれど、少なくとも実施された例は、聞いた験しがないわね」

「本人が生徒会長をやりたくない、とか?」

「それはないと思うわ。中等舎のころから生徒会に関わり、高等舎でも生徒会長を務めるぐらいだから、本人的にはやりたいはずよ。無理やりやらされている、という話は聞いたことがない」

「でも、首を落とすなんて、それは生徒会長を下りたい……という意志の表れにも見える。最初は渋々……だったものが、一度やっているから、といってやらされた。もしくは周りの期待に応えるため……ということだって考えられる。でも、それなら逆か……。首を切られた方がせいせいするのだから、それが魔法によって表象するはずもない」

「首を切られることを恐れていたら、きっと私にも生徒会長を奨めたりしない。だって彼女はまだ2年。後一年はつづけられるのだから……」

「……ん? 生徒会長って、一年で交代するものじゃないの?」

「再選も可能よ。一貫校だし、入学してすぐで右も左も分からない……ということはないし、一年生から生徒会長になれるし、中等舎で生徒会をしていた北神戸さんは、特に支障もないでしょう。多分、五月に行われる生徒会長選挙も、立候補すればそのまま当選するはずよ」

「それでも、君に生徒会長となるよう要請しているのか?」

「そうよ」

 行々木は「ふ~ん……」と、釈然としないよう唸るばかりだった。


 翌日、飛龍院は生徒会室へとやってきた。そこには北神戸しかおらず、歓待してくれる。「生徒会長、引き受けてくれる気になった?」

「私より、北神戸さんの方がふさわしいでしょ」

「そんなことない。アナタなら……」

「私のこと、誰かに推薦された? 彼女に任すべきだって」

 北神戸は口をつぐんでしまった。どうやらビンゴだったらしい。

「私も勘違いしていたけれど、夏休み前だとしたら、今はまだ一年とするには少々足りない。まだ九ヶ月だからね。二学期制のこの学園では6月に中間試験が行われる。つまり勉強していた、という言葉からも、そのテスト期間にそれは初めて起きたのでしょう?」

 北神戸は遠くをみて、答えようとしない。飛龍院はつづけた。

「高等舎に上がって、アナタが勉強についていけず、悩んでいたころと符合する。2年生になって、B組に落ちたことで、私に譲れ、という圧力も強まった。きっとそれは、私の家柄が影響しているのでしょうね。

 アナタは生徒会長をつづけたいと思っているけれど、成績の問題もあり、自分の立場に悩んできた。

 生徒会長の首を切られるのではないか、と……。だから、自分から降りようと、私を推薦した」


「概ね、その通りよ。生徒会長って、成績が伴わないといけない。高等舎に来てから勉強についていくのが難しくなった私は、常に首を切られることに怯えていた。そうした影響だろうって、分かっていた。きっと魔法使いは、そんな私のことを嘲笑ってこんな魔法をかけたんだろうって……」

 北神戸は淋しそうにつぶやく。ただ、飛龍院はちがった。

「魔法使いは、いたずらや悪ふざけで魔法をかけることはない。恐らくそれを克服したとき、その魔法が解けるようにしたのよ。

 私が驚いたのは、アナタの頭が、まるでスライムのように地面に着地してみせたことだった。もしそのまま頭を打ち付けていたら、頭蓋骨骨折ものよ、それ。

 だから、こういうことなのよ。もっと柔軟に考えろ。四角四面に捉えるな、神経質になるなってね。アナタがその理屈に気づいて、実践できれば、自ずと魔法は消えると思うわ」

 それだけ告げると、飛龍院はくるりとふり返って「がんばってね、生徒会長」とだけ告げて、生徒会室をでていった。


「美槍様。生徒会室に、何の用だったんですか?」

 生徒会室をでてきて見つかったのは、有栖 零央名である。彼女は友達、というほど親しくないけれど、家柄のことをあまり気にせず、接してくるので付き合い易い相手でもあった。

「何でもないわ。生徒会長に、ちょっと用があってね」

「珍しい! 他人のことなんて、興味ももたなかったのに……」

 確かに、自分でもその変化に驚いていた。これが魔法使いに魔法をかけられた影響なのか? 生徒会長に手を貸した。そんな小さな変化さえ、これまでの自分には考えられなかったことだ。

 北神戸は首切りに悩んでいたけれど、飛龍院は今回の件に首をつっこんだことに、首をひねるばかりだった。

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