第3話 FDの宿営地3
FDの宿営地3
このお化け屋敷とされる廃校で、逆さとなって天井に立つ飛龍院 美槍――。それを為した魔法使いの意図をよみとり、彼女を救おうと、偶々ここに居合わせた行々木は、なぞ解きを始めた。
「ボクは勘違いしていた。君が『家に帰りたい』といったとき、それは生理現象があるためだろう。家に帰って、逆さで粗相をしても問題ないようにしたい、ということだと思った。
でも、その考え自体が間違えていた」
「どういうこと?」
「君は一ヶ月も家に帰っていなかったのだろう? それなら、尚のこと『家に帰りたい』なんていうはず、ないじゃないか」
飛龍院も、ちょっと驚いたようだけれど、改めて意識したらしく、小さく頷く。自分の意識の変化に戸惑っているようでもあった。
「魔法使いは、君を家に帰るよう促すために、魔法をかけたんだ」
そうであるなら、彼女が家に帰りたいという気になっても当然だろう。ただし、その説明では納得しない。問題が解決していない。何しろ、現状の飛龍院はそれができなくなっているのだから。
「それで、どうして私はひっくり返っているの? 天井に立っているの? これじゃあ、家に帰ることなんてできない。遠回りどころか、帰れなくしているとしか思えないじゃない」
そう、彼女の喫緊にして最大の問題は、天井しか立つ場所がないことだ。地上に足をおけないことだ。
「それがお仕置きなのか、教訓を与えようとしたのか、それはボクにも分からない。でも、君が逆さになっているのは、何らかの象徴、もしくは魔法使いも予期していなかった副作用……ってところか」
「副作用?」
「君は失くしたんだ」
「何を?」
「意地、だよ」
「…………意地?」
「意固地と言い換えてもいいかもしれない。家に帰りたくない、という意地。反発する家族への意地。そうした意固地になっていた、君の気持ちを失った。だから、家に帰ろうとした。帰りたくなった。でも、それと同時に大地を失った。立つべき地を失くした。位置を見失った」
「でもそれっておかしくない? 逆さになる必要、ないじゃん」
これは有栖が尋ねる。
「逆さ、ということに引っかかり過ぎていたんだ。逆さになること自体が問題なのではなくて、ふらふらと浮遊するのではなく、地を失った君が、体を安定させるために定めた場所が、それ以外で唯一の立てそうな場所として、選択的に天井を択んだ、ということなんだよ。
君が当初、この事態を『反重力、という奴』だと疑っていたように、そう思いこむことによって、君自身がそれを正当化していたんだ」
しばらく、飛龍院が沈思黙考する。それは自分の置かれた状況と、今の話との整合をとるかのようであった。
「元々、仏教の世界でいうところの〝意地〟は、人間の五感の次にある、第六感とでも呼ぶべきものだ。
今ではそれを頑なな心、という意味でつかうけれど、〝意〟は考える心、〝地〟はその源。無限に湧きでてくる気づき、という言葉。君はその〝地〟を封じられたことで、気づきすらも失っていた。自分が天井に寝ていただけで、反重力だと決めつけてしまった。右目を失っているのに、頓着しなかった。
これはあくまでボクの推測。でもそれを補完したのが、カバンをとりもどしたときの、君の変化だ」
「…………?」
「君はすべてを失ったわけじゃない。ケータイはもっていた。だから、有栖にも連絡をとれた。それはきっと、魔法使いがそうするよう仕向けていた。誰かに助けを求めなさい。アナタの信頼する相手に連絡をとって、迎えにきてもらいなさい。そういう示唆だったのさ。
そして、やってきた相手は、君とは親しい間柄だろうから、君のカバンをみつけ、それを君にとどけてくれるだろう。それを取りもどす……、地についていたものを手にすることで、〝意〟に〝地〟がついて、意地をとりもどす。そうなるよう最初からセットされていた。
そうして意固地が消え、意気地をとりもどす。君は家に帰ろうとする。そこまでが魔法使いの描いたシナリオだ」
彼女がみせた気持ちの変化、揺れ、態度の変遷をみると、そう考えざるを得ない。カバンをとりもどしたとき、ふつうなら中身を確認するはずだ。何しろ、それも魔法使いに奪われていた。失くしていた。
でも、彼女はそうしなかった。それをせずとも、すべて整っていると確信し、元気をとりもどした。
きっと彼女は何も盗まれていないことを、無意識のうちに知っていた。カバンを手にすると自分をとりもどすことを悟っていた。
そして彼女は、意固地だった部分が消え、家に帰ることを受け入れている。まさに魔法使いのシナリオ通りに……。
「じゃあ、どうすれば元通りになる、というの?」
「恐らくだけれど、もう元にもどれるはずだよ。意気地をとりもどしたら、地に立つこともできるようになったはずだ。後は、君の気持ちに整理がつくかどうか。それ次第だと思う。
家族との関係ばかりでなく、自分の気持ちに折り合いをつけられたら、自分が本来立つべき地平をとりもどすだろう」
飛龍院はしばらく自問自答するよう、顎に手をあて、伏し目がちになる。
伏し目……といっても、行々木や有栖にとっては逆の、天井をみつめる形になるけれど、それが節目となった。
しばらくすると、ゆっくり、ふわりと浮いて、天井を離れたかと思うと、そのまま降下して地面へと降り立った。
そう、この話はオチがついてはいけなかった。彼女がオチたら、宇宙まで行ってしまうのだから……。なので、サゲをつけた。オチも、サゲも一般的に同じ意味であるけれど、彼女に対してはちがった。サゲがついたら、地面に立つことができるようになったのだ。
「もどった……」
そこに感動はなく、安堵がただよう。
地面に立った飛龍院は、すらりとして背も高いけれど、正対してみるとさらにそのつり上がった目が特徴的で、鋭利な切っ先が、まるでこちらを切り刻もうとするかのようだ。しかも、そこに感謝の色はなく、むしろ敵意すら感じさせる眼光で、左目の隻眼で睨んでくる。
「右目は……?」
行々木の問いかけに、有栖が覗きこんでから、すぐに首を横にふった。
「ダメだね。もどっていない」
でも、飛龍院はまったく動じる様子もなかった。「大丈夫よ。地に立てるようなったら、後は自分でやる」
そういったけれど、このときの彼女はそれが如何に大変なことか? まだ気づいていない。でも、今は最大の懸案を克服したことで、安心感が先にたっているのかもしれなかった。
行々木には、もう一つ確認すべきことがあった。
「有栖はどうしてボクに声をかけた?」
有栖は悪びれる様子もなく「美槍様から連絡をもらったとき、魔法使いに詳しい奴がいるって話を思い出してね。こいつは、巻きこまない手はないっしょ? 巻きとって、絡めとって、美槍様の美貌にほだされて、馬車馬のように解決させようと画策したってわけ」
どうやら、馬の骨になったのは飛龍院ではなく、馬車馬のように働かされた挙句、枯れ尾花になった行々木の方だったようだ。
「それで、予備校に忍びこんだのか?」
「あれ? 何で忍びこんだって分かるの?」
「桜リアム学園は、もっとレベルが高いはずだからね。ま、大体予想通りさ。詳しいかどうかは別にして、魔法使いを追いかけていることは、一部に知られたことだし、変人扱いもうけてきたからね。
今回は、専門家扱いをされたんだから、文句をいう筋合いもない、か……」
「さすが変人! 勿論、対価無しでいいっしょ?」
「誉めてないよ……。ここに魔法使いがいた、君と関わっていたと分かったことを、今回の報酬としておくよ」
タダ働きでない、とアピールすることで、彼女たちに変な気をつかわせないつもりだったが……。
「なら、これで後腐れなく別れられるわね」
飛龍院はそういって、腐すよりもひどい物言いで、行々木を腐らせる。ただ、それで怯むような彼ではない。
「まだ君の右目をとりもどしていない。それに、魔法使いと会った記憶だって、とりもどせていないだろ。それぐらい、魔法使いを追うのは難しいことなんだ」
そういって、行々木はスマホをさしだす。
「無理強いするつもりはないけれど、専門家の助言が欲しくなったら、いつでも連絡をくれ」
ただし、飛龍院は一瞥しただけで、自分のケータイをだす様子もない。一番恥ずかしい放置に、行々木もそっとスマホをしまった。
「私は誰の手も借りない。今回の件は一応借りとしておいてもいい。でも、自分の目は自分でとりもどす。記憶も……」
どうやら「孤高」というのは、その通りのようだ。やはり「ただの」女子高生とは思えなかった。
「君は、まだ魔法使いに目をつけられている。目を外されている。それだけは間違いない。また魔法使いに遭遇するかもしれないんだ」
「次に会ったら、今度こそ蹴散らすのみ」
飛龍院は決然とそう言った。
「魔法使いが誰かも分かっていないのに? 気づいたときには、魔法にかかっているというのに? 今でもまだ、魔法使いに関する記憶はもどっていないのに? それはムリな話だ。
ハッキリ言おう。ボクは、ボク自身でさえ、どうして魔法使いを追っているのか、分かっていない。自分の意志だと、そう何度もくり返しながら、それでも魔法使いに操られて、こんなことをしているのでは? そうした疑問に苛まれている。それぐらい、魔法使いと関わるのは難しく、怖いものなんだ。
さっき、謎解きをしてみせたのも、魔法使いならこうするだろう……ということを予想したからできたこと。逆に言えば、そういう形式ばったものに拘ってくれる間はボクでも対処できるが、魔法使いが行動原理を変えたら、変化をつけてきたら、どうすることもできない。
君はふつうの人間だろ? だったら、過信してはいけない。魔法使いをナメていると、痛い目どころか、もっと酷い目に遭うぞ」
先ほどより正対している分、もっとひりつくほどの緊張を感じる。それは、もうフライングヒューマノイドになることはないけれど、フライング・ドラゴンともされる飛龍院家の娘。完全無欠にして勧善懲悪、鉄壁にして、鉄腕で、鉄血の鉄人と称される少女の、真骨頂といえた。
彼女はポケットから五百円玉をとりだすと、それを親指ではじく。くるくると回転しながら上昇、下降してきたそれを手の甲で受け止めると、それをゆっくりと確認する。何の運試しか? ふたたび顔を上げた飛龍院は、行々木のことを目の端でとらえつつ尋ねた。
「魔法使いは実在するのよね?」
「それは間違いない……と思う。というより、ボクも追いかけているだけで、会ったことがないから、断言はできない。でも、さっきまで自分でも体験していただろ。あんなことができるのは、魔法使いしかいない。とにかく、物理法則を超えた作用を相手に与えることができる何者か、がいることだけは事実だ」
「怪異……ではないのね?」
「ボクにも魔法使いが人型をしているのか? 獣なのか? 神か? 悪魔か? それとも怪異なのか……。はっきりと答えをもっているわけじゃない。強いていうなら、人間と同じ文化、知識を有し、人間のような判断を下す。街にいても、誰と会っても不審がられることも、意外とも感じられない。そういう相手が、魔法使いだと思って間違いない」
飛龍院は、手にしている五百円玉をピンとはじく。今度は、それが行々木のところまで飛んできて、彼もキャッチした。
「連絡先、教えておくわ」
飛龍院がスマホをさしだしているのに気づいて、行々木もいそいそと連絡先を交換した。それは同じ年の、かなりの美少女の連絡先をゲットした、という以上に、彼にとっても意味のあることだった。
「へぇ~、珍しいね。美槍様が自分から連絡先を教えるなんて」
「自分からじゃない。先にコイツの方から連絡先を聞いてきたでしょ」
「照れない、照れない。美槍様もお年頃って奴で……」
有栖はそういって、自分が出会いを斡旋した、とばかりに含み笑いをしてみせる。飛龍院にとっては不快極まりなくとも、特に文句をいわないのは、二人の関係性が影響しているようで、そのとばっちりなのか、行々木が激しく睨まれたのは、言うまでもない。
廃校をでると、外はもう暗かった。ただし、お化け屋敷と呼ばれていることを意識したのか、周りに街灯も多く、かなり明るく感じられた。
「家に帰るんだよね?」改めて確認すると、飛龍院は頷く。
「別に、魔法使いに誘導されたからじゃない。そうじゃなかったとしても、一ヶ月ぐらいでもどろうと思っていただけよ」
それが強がりなのか、本当のことか、それを知るのは飛龍院のみでもあって。ただし、もし前者なら可愛いところもありそうだ。こんなこと、口を引き裂かれても本人には言えそうにないけれど……。
三人はその場で別れることにした。飛龍院と有栖も、友人というには距離があり、行々木などは友達ですらない。
三者三様――。それが偶々、ここに集まったのは魔法使いが関わったから。そんなことも実は、魔法使いによって誘導された結果だとしたら……。今はそれを考えないよう、三人はそこで別れることにしたのだ。
ただ、別れ際に、行々木の方から声をかけた。
「魔法使いを追っているボクより先に、君たちが魔法使いと会うかもしれない。だから、こう言っておくよ……」
行々木は一つ咳払いしてから、言った。
「魔法使いによろしく!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます