第201話夜明けの奇襲
277日目
朝、サンダーウルフのエルチが報告に戻ってきます。
どうやら報告によると内部に侵入して偵察しているハンゾウが情報を聞き出したそうで、ソパニチア王国軍の出発日は明日の朝との事でした、そして進軍については、月山部長の予想通り、道の分岐で軍を2つに分けての進軍との事です。
やれやれ、ほんと月山部長の指摘があってよかったよな。
さて、両方の道を進軍しても、川があるから渡河が必要になるけど、こっちの橋は燃やしたけど、もう一方の道にかかる橋は健在だから、とりあえず燃やしておこう。
とはいえまずは軍議だな。
軍議の場に足を運ぶと各指揮官と月山部長に土田が揃っています。
「一応、先程報告がありソパニチア王国軍の動きが分かりました」
そう言うと一同が雑談を止めて一斉にこちらを向きます。
「報告では進軍開始は明日の朝、行軍は月山部長の予想通り、道の分岐で軍を分けての進軍だそうです」
「そうか、それで武内君、敵軍の兵数はどういう風に分けるんだ?」
そう言って月山部長が地図の上の駒を動かしながら質問をしてきます。
「こちらには3万、もう一つの道には3万5千とのことです。 それとキャールは5千で落とせると見積もっているようで、3万はキャール攻略に参加せず自分達を挟撃する予定のようです」
「そうか、ではこちらの情報は向こうに筒抜けと言った感じかな」
「そうですね、恐らくキャールに多くの間者が潜伏してるんでしょうね、商人達の行き来はありましたから、ある意味情報を垂れ流し状態だったと言うべきでしょうか」
「だとしたら作戦を根本から組みなおさないと全滅だぞ? 何か策でもあるのか?」
「そうですね、とりあえず、もう一方の道もこの川を渡らないといけませんので、川にかかる橋を燃やします。 あとはどうやって敵を叩くかですが、こうなったら各個撃破するしかないと思います」
「各個撃破か、確かに兵力を分散した敵には有効だろうが、それでも敵軍の兵力が上回っているんだぞ? 片方を撃破出来てももう片方を撃破するほどの余力があるかどうかが問題だが」
「そうですね、なので奇襲も含めて作戦を考えました」
そう言って地図の駒を動かしながら説明を始めます。
まず、砦から動き出した敵兵はその日の夕方頃には道が分岐する地点に到着すると思います。
なので恐らくそこで野営して翌朝からそれぞれ2つに分けた軍が移動を開始すると思いますが、その翌朝朝駆けに迂回してキャール方面に向かう敵軍を叩きます。
流石に行軍開始2日目の朝に襲われるとは思ってないでしょうから、奇襲は成功確率が高いでしょう。
敵軍が敗走したら若干の追撃をして追加被害を与えた後、味方の軍を纏めて夜のうちに転移魔法で移動し敵軍の後方から襲撃します。
後方には兵站を担う荷駄などがあるでしょうからそれを焼き払いながら攻めかかれば敵も混乱するでしょうし、万が一夜襲で被害を与えられなくても物資が無くなるので行軍を継続する事が困難になります。
そうする事で打ち漏らしても、再度仕切りなおして決戦を挑めば後は兵の質と士気が結果に繋がると思われます。
「最終的には奇襲とガチの戦闘か、被害が相当出そうだな」
そう言って土田が渋い顔をしていますが、兵力が少ない自軍が軍を2つに分けるのは完全に悪手なのも理解しているのでしょう、渋々と言った感じで作戦を承諾します。
さて、明日、明後日はこの場所で英気を養って3日後の早朝から忙しくなるな。
278日目、279日目
敵を待ち伏せる為に構築した陣地で英気を養った部隊ですが、明日の早朝に奇襲を仕掛けそこから連戦になる事が兵士達に伝達されている為か、夕方頃から兵士達も緊張した顔つきになり、いつでも移動できるように部隊ごとに固まって臨戦態勢をいつでも取れる感じです。
予定としては日付が替わった頃に順次移動を開始し、ゴブリン軍団が先陣を切って突入し、それを合図に全軍が攻めかかる予定です。
転移魔法で偵察をしてきましたが、予定通りソパニチア王国軍は軍を2つに分けて進軍をし、夕方には野営の支度をしていましたが、こちらの動きは分かってないので警戒も厳重では無く、むしろかなり緩いといった感じです。
まあ移動速度も遅いから大軍だからなのか士気の緩みからなのか、これなら行けそうかな…。
280日目
日付が替わった頃、キャールを目指す部隊が野営している近辺に転移魔法でゲートを開き部隊の移動を開始します。
とは言え森や林も少なく、街道の周辺は草が生い茂るだけの場所なので、慎重を期して敵軍から500メートル程離れた地点でかつ多少の高低差があり敵から見えにくい場所に部隊を移動させていきます。
流石に敵から見えないように移動をさせたから、横に長く伸びきった感じになったな…。
それにまだゴブリン軍団の移動が終わってないけど、もう移動させても隠れて敵に見つかりにくい場所も無いし、直接敵軍の目の前にゲートを開いてゴブリン軍団を突入させるしかないか。
もう少し進軍してくれれば左右が森に囲まれた場所があり、その先には橋を焼き落された川があるんで奇襲には最適だったのに、残念だな…。
そんな事を思いながら、朝方になるのを待ちます。
空が白みだした頃、ついに戦端が開かれます。
野営している敵軍の目の前にゲートを開き、ゴブリン軍団が突入します。
「うわぁ!!!」
「て、敵集!!!」
「モンスターが襲って来たぞ!!! 見張りは何をやってたんだ!!」
ゴブリン軍団が続々とゲートを通過し野営をしているソパニチア王国軍に襲い掛かると、兵が騒ぎ出し、そしてその喧噪が伝播していきます。
「かかれぇぇぇ!!!」
そんな指揮官の命令が飛ぶと、丘や窪地に隠れていたバイルエ王国兵と ドグレニム領兵が攻めかかります。
「うぉぉぉぉ!!」
「敵は寝起きだ! 一気に押しつぶせぇぇ!!」
戦場となったソパニチア王国軍の野営地は両軍が乱戦となり喧噪が辺りに響き渡ります。
全部隊の移動を終えたとこで、自分と月山部長、土田は小高い丘の上に登り戦況の推移を見守ります。
約2万対3万5千とはいえ寝込みをおそわれ指揮系統も機能していないソパニチア王国軍は混乱に陥っているようにみえますが、そんな中でもどの国にも優秀な指揮官は居るようで、兵士に対し冷静に指示を出して組織的に抵抗する部隊も出てきます。
「武内君、奇襲が成功したという割には敵軍の混乱が少なく組織的な抵抗をしているな」
「そうですね、奇襲を受けたので敵軍がもっと右往左往するものと思ってましたけど、指揮官が優秀なんですかね?」
そう月山部長と話していると敵軍の中からボッシュ!! ボッシュ! ボッシュ! っと何かを発射するような音と共に空高くに打ち上げられた光の玉が落下傘によって戦場をうっすらと明るくしながらゆっくりと降りてきます。
「あれは完全に日本人が考えた技術ですね、恐らく夜襲を受けた際暗闇で同士討ちを回避する為に回避された照明弾ですかね」
「そうだな、だが武内君、3発だけとは少なすぎないか? 数が少ないなら納得だが、本来ならもっと照明弾を放って戦場全体を照らさないとあまり意味がないと思うんだがな…」
そう言って何かを考え込む月山部長ですが、そうしているうち敵軍に変化が現れます。
部隊単位で乱戦を抜け砦の方に向かって退却を開始しているようです。
敵軍の後方に位置していた部隊はすんなり味方の攻撃をかわし退却をしていきますが、中軍、そして先頭に位置していた部隊は味方が徐々に包囲する形になります。
大体戦闘開始から1時間ほどは経ったでしょうか、徐々に撤退をはじめていたソパニチア王国軍が遂に壊走状態になります。
壊走するソパニチア王国軍に対し、追撃は主にバイルエ王国兵が追いすがり逃げる敵の背を槍で突き刺し、剣で斬り一人、また一人と討ち取っていきます。
追撃に加わらなかったゴブリン軍団とドグレニム領兵は集結をして被害状況の確認を始めていますが、どうやらバイルエ王国兵のうちほぼ半数以上の5000人近くが追撃に加わったようです。
「土田、通信魔道具を持って追撃に向かった兵を追って指揮を執ってくれる? 何かあったら即連絡をして」
「それは良いけど、どうしたんだ? このまま予定を無視して追撃をする危険でも危惧してるのか?」
「いや、なんか妙に引っかかるんだよね、戦場の死体の数が少なすぎる、奇襲を仕掛けて成功したにしては相手の被害が少なすぎる気がするんだよ」
「そうか? 結構な被害を与えたと思うぞ? まあ武内の言う通り追撃した部隊の指揮を執るが、深入りしすぎなければいいんだな?」
そう言って土田は通信魔道具を受け取ると馬を走らせて追撃したバイルエ王国兵を追いかけます。
「武内君、何か心配事でもあるのか? 確かに死体の数はそれほど多くは無いが、それでもかなりの被害を与えたように見えるが…」
そう自分に声をかけてくれる月山部長ですが、戦場だった場所を眺めながらなんと答えて良いのか分からず、軽くうなずいただけで、そのまま考え込みます。
もし奇襲が予測されていたら?
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