第177話 番外編 / 条件のいい恋人 - 01 -
――これはまだ、舞踏会が開かれる、二ヶ月も前。
ダンッ――と音が鳴って、食堂のテーブルが揺れた。
テーブルと共に、食べていた食事の皿も揺れる。ミソラーメンのスープがピシャリと飛んで、テーブルにかかった。
ミソラーメンを口に頬張っていたデリクは、目線だけで前を見た。デリクが食事を取っていたテーブルに、生足が乗っている。
唖然として徐々に目線をあげていった。
恐る恐る見た先には、据わった目をした女子がテーブルの上に腰掛け、デリクを見下ろしている。
「デリク・ターキー君」
「ふぁい」
麺を頬張ったまま、デリクはなんとか返事をした。向かいに座っていた友人も、目をまん丸にしてデリクと、デリクに話しかけてきた女子を見ている。
女生徒は腿まで出るほどスカートが短いのも、全く気にしていないようだった。デリクはぷるんと魅力的な生足に視線を送らないように気をつけながら、女子の顔に視線を戻す。
女子はズイッとデリクに顔を寄せてきた。
デリクを睨むように真っ直ぐに見るまん丸のつり目が、ギラリと光る。
「処女と貫通済み、どっちが好き?」
デリクはブハッと、麺を吹き出した。
***
「舞踏会パートナーを必須条件にした、結婚前提の男女交際の申し込みに来てるんだけど、今なら処女でも貫通済みでもどっちでも好みの状態で引き渡せるから聞いておこうと思って」
座る場所をテーブルの上から椅子に移動して貰った女子、エッダ・ギレッセンの話を聞いて、デリクの頭は「?」で埋め尽くされた。
ラーゲン魔法学校で五年間特待クラスに在籍し、最終学年に監督生を任される程度には優秀だと自負していたが、今デリクは、エッダの言っている言葉の意味の八割がわからなかった。
(さばを読んだ。本当は九割わからない)
「ちょっと待ってね。整理させて欲しいんだけど――」
食事はテーブルの脇に寄せ、ひとまず中断することにした。一緒に食事を取っていた友人は席を外すかと思ったが、目を輝かせてこちらを見ている。完全なるでばがめだ。
「……告白されてると、思ってもいいのかな?」
あまりにも言われていることが突飛すぎて、自信がなさ過ぎるが、質問したデリクにエッダはこくりと頷いた。
「そう。成績よくって優しいって評判だし、マリーナちゃんもいい奴だって言ってたし、監督生だし顔もまあまあ好みだから、捕まえておきたくて」
マリーナ・ルロワの名前が出て来て戸惑う。彼女も五年間、デリクと同じ特待クラスの女子だ。第二クラスのエッダと交流があったとは知らなかった。
デリクは腕を組み「うーん」と唸る。
「えーと、僕は彼氏ってこと? それともキープ?」
「彼氏に決まってる! ゆくゆくは夫!」
小さくて線が細いエッダが、拳を握りしめて力説する。キラキラと輝く目が綺麗で、デリクは少し考えた後に頷いた。
「わかった。承ります」
「やったー!」
エッダが立ち上がると、両手を挙げて喜ぶ。同じ年だと言っていたから、かなり幼い感情表現の仕方をする子なようだ。だがその分素直でわかりやすい。女の子と初めて付き合うデリクには丁度いいかもしれない。
デリクはこう言ってはなんだが、成績以外は平凡中の平凡だ。身長も体重も顔面偏差値も、ラーゲン魔法学校で統計を取ったら、丁度真ん中の数値をたたき出すだろう。
女の子に強気に出られるほど自信が無いから、出来る限り優しく、当たり障り無く生きているだけの草食系だ。
この機会を逃したら、こんなに可愛い女の子に告白される機会など、無いに違いない。
「あと、さっきの二択だけど……どちらでもってことは、
こういった話題を女の子と、それもこんな衆目の前でしたことなどないデリクは、冷や冷やしながら尋ねた。エッダはあげた両腕を下ろすと、「うん」と何食わぬ顔で頷く。
(ということは、僕が非処女がいいっていったら、誰かとしてくるつもりだった……?)
嫉妬を覚えるほど、まだエッダに興味も好意も湧いていなかった。
ただ、自分が彼女にした女の子が、とんでもなく自分と価値観の遠い場所にいることに気付く。
「もう済ませてるなら口出しする気は無いけど、まだなら、他ではしないでほしい」
「わかった。処女の方が好みなのね。あとの条件は?」
割と勇気を出していったのに、あまりにも見当違いな返事をされ、デリクは少し戸惑った。デリクの戸惑いを見透かした友人が、向かいの席で息を殺して笑っている。
「……そうではなくて……。いや、うん。君のことまだよく知らないし、知っていくことが条件かな」
「えー??」
エッダが腑に落ちない、という顔をする。
「エッダちゃん、って呼ぶよ?」
「うん。エッダでもいいけど」
「呼び捨てはまだ僕には早いかな」
「じゃあ私もデリク君って呼ぶ」
「好きに呼んでいいよ。それで、エッダちゃんは、僕に恋をしてるわけじゃないんだよね?」
デリクの確認に、エッダは軽く頷いた。
「愛とか恋とか目に見えないから。わかんないんだよね。でも条件は目に見えるじゃん。デリク君はいい条件いっぱいだけど――私はまず、おっぱい小さいからさあ」
「はい?」
自分の胸を両手で押さえながら言うエッダに、デリクは目玉が落ちそうだった。テーブルの向こうの友人も、同じような顔をしてエッダを見ている。その視線の先に気付き、デリクはテーブルの下で友人の足を蹴った。
(こら、おっぱいを見るな)
先ほどまで名前も知らない他人だったのに、恋人になった瞬間から、エッダのことを「守らなければ」と思うのだから、恋人という響きは強い。
「おっぱい小さいから、条件が一個、私の方が悪いでしょ? だから何かで補おうと思って」
「いやいやいや、待って。僕は別に――その、身体的な個性について、善し悪しを言うつもりは無いよ」
「えー? うっそだー! 想像以上に真っ平らだよ?」
大きな声で言いながら、エッダが自分の胸を両手で上から下に撫でた。何の引っかかりもなく腹まで落ちた両手を見て、デリクは狼狽えた。
胸のサイズ云々よりも、女の子の体の凹凸を感じさせる動きに、あまりにも女子を感じてしまい、もの凄く動揺した。
「エッダちゃん、ちょっと席を移ろうか」
我慢出来ずに、デリクは立ち上がった。ふと周囲を見ると、かなりの注目を集めている。
「皿、下げといてやるよ」
にやにやと笑いながら言う友人に、デリクは頭を抱えて言った。
「さっきの、忘れてくれよ」
「ええー」
「忘れてくれ」
「わかったわかった」
自分と同じほどモテない友人は、さきほどのエッダの体つきを目に焼き付けたことだろう。
友人の返事を聞くと、デリクはエッダに「行こう」と言って、食堂から連れ出した。
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