第164話 作戦H・L - 04 -


「いいか、各自配置を再度確認。ターキー氏が動き次第、作戦H・Lを開始する」


 校舎裏にしゃがみ込んだエッダが、何に感化されたのか帽子のつばをくいっと下げながら、歴戦の探偵さながらに言った。


 集まった面々は呆れた顔をしている――かと思えば割とノリノリで、エッダと同じようにしゃがんで作戦会議に参加している。渋い顔を作り、あーだこーだと肩を寄せる。


 昼休みに集まったのは、ハイデマリー、ルシアン、カイ、ヤナ、アズラクに加え、特待クラスのマリーナ・ルロワ嬢と、デリク・ターキー氏だった。


(特待クラスの男子監督生が、あのエッダを手懐けたって本当だったんだ……)


 目の前の光景がなんとなく信じられなくて、オリアナはまじまじとデリクを見た。デリクとオリアナに直接の付き合いは無いが、少し前からぽつぽつと、エッダとデリクが付き合い始めているという噂が耳に届いていた。


 エッダは暴れ馬と呼ばれる程、苛烈で真っ直ぐな女の子だ。男の子にはあまり興味が無く、ハイデマリーやコンスタンツェとつるんでばかりいたのに、いつの間にか彼氏が出来てきて心底驚いた。


 オリアナが見ていたことに気付いたのか、こちらを見たデリクは、オリアナに微笑んで頭を下げる。


(い、いい人だ……! この人、絶対にいい人だ……!!)


 こんな意味のわからないことに突然巻き込まれた挙げ句、愛想もいいなんて、なんて凄い人なんだと圧倒される。こんないい人がエッダの彼氏だなんて、そろそろこの星は滅亡してしまうのかもしれない。


 マリーナを見ると、マリーナも控えめな笑みを返してくれた。マリーナとは、あのルシアンに愛想を尽かさずに、未だ友人関係を続けてくれている女神の名である。


「あの、ターキーさん。ルロワさん。大丈夫ですか……? 私のせいなんですけど、エッダやルシアンが無理矢理巻き込んだんじゃ……」


 恐る恐る尋ねると、二人はきょとんとした後、笑って首を横に振る。


「エッダちゃんの頼みだし、僕で役に立つことなら」

「私は、面白そうなことをしていたから、我が儘言って仲間に入れて貰ったの」


「いい子達だ……すごい、いい子達だ……!」


 こんな光属性の生徒らを久々に見たオリアナは、まぶしくて目を細める。さすが特待クラスである。教養とは人を人たらしめるのだ。第二クラスの我々には持ち得ない特技である。


「ありがとう……どうぞ、どうぞ末永くエッダとルシアンをよろしく……!」

「お、おい、変なこと言ってんじゃねえよ!」

 涙を流さんばかりのオリアナに、ルシアンが慌てる。


「末永くだって。デリク君」

「末永くよろしく、エッダちゃん」

「そっちは仲良しかよ!」


 突っ込まずにはいられなかったルシアンがエッダとデリクにつっこむと、マリーナがじっとルシアンを見つめた。


「……私達は、まだ仲良しじゃない感じ、かな?」

「えっ……いや、それは、その」


 もじもじとしだしたルシアンの背中を、今にも蹴ろうとしているエッダをデリクが「どうどう」と止めた。この男、中々やるでは無いか。暴れ馬を制御しているデリクに、第二クラスの誰もが尊敬の眼差しを送る。


「デリク君がいい人なのは当然だよね。条件がいいから付き合ってるんだもん」

「こら?! エッダ?! ごめんなさい、うちの子馬が……!!」

 慌てたオリアナが、慌ててデリクに謝ると、デリクは人のいい笑みを浮かべた。


「大丈夫だよ。本人から聞いてるから」

「え?!」

 こんな失礼なことを言っても尚付き合っているとは、一体二人はどういう付き合い方をしているのか。ぽかーんとするオリアナの隣で、ハイデマリーが「ごほん」と咳払いをした。どうやら、脱線しまくった話を本筋に戻すようだ。


「――作戦、もう一度伝えるから。ターキーさんとルロワさんが、教室でフェルベイラさんとタンザインさんを囲ってる女生徒の輪に侵入。ルロワさんは特待クラスの女生徒達の注意を引き、その間にターキーさんが不自然にならない理由でタンザインさんを教室から連れ出す。女生徒が追いかけてきたらカイとルシアンが第一陣で足止め。足止めが出来なかった場合、エッダと私、ハイデマリーが迎撃する」


 ハイデマリーがキリリとした顔で言った。人の彼女だというのに、惚れ直してしまう。


「タンザインさんとフェルベイラさんには、事前に手紙で知らせてあるからある程度筋書き通り行くと思う。とはいえ相手側も気付けば妨害してくるだろうし、その場その場で臨機応変にお願い。最終的には、タンザインさんを目的地に連れてくるって目標を共有して」

「はい、兄貴!」

「せめて姉貴にしろ」


 ハイデマリーが顰めっ面で言う。離れた場所に座ったカイが、悪友を見るような視線で見つめていた。この二人は付き合い出しても、友人の前ではあまり距離感を変えない。


 三人で談話室で話していたあの夜、「任せとけ」とハイデマリーが言ったのは、どうやらこの作戦のことらしかった。あれからずっと、ヴィンセントとオリアナを引き合わせる作戦を考えてくれていたのだろう。


 ヴィンセントにどうしても会いたくなったオリアナは、何度か会いに行こうとしてみたが、例外無く失敗に終わった。全くヴィンセントに近寄れないことを目の当たりにし、本当に行動を制限されていたのだと再確認した。


 実際、こうして皆で集まることでさえ、すでに大変だった。


 この場にいないコンスタンツェは、オリアナの代わりに面会室にいる。オリアナの、影武者を頼んでいるのだ。

 何処に行くにもついてくる男子達が、校舎内で唯一勝手に入ってこられない場所――それは、面会室だった。


 面会の約束があるというオリアナに、男子らはぞろぞろと付いてきた。面会室の入り口で大勢の男子と別れ、一人面会室に入ったオリアナは、中で待っていた人物にひしりと抱きついた。


 無理を言って面会の申請をしてもらったのは、生まれた頃からオリアナの世話をしてくれている、エルシャ邸のメイド頭だ。

 メイド頭には手紙で簡単に事情を伝えていたため、手早く挨拶を交わすと、オリアナは窓を開けた。


 窓が開いた音を合図に、上の階にいたコンスタンツェがロープを伝って降りてくる。色恋に関心がありすぎていつもきゃらきゃらとしているように見えるコンスタンツェは、長身でいてしなやかな体と、力強い筋肉を持つ。幼少の頃から騎士の父親の指導方針で剣を習っているため、運動神経が抜群だった。


 美人で、長身で、巨乳のコンスタンツェが、女怪盗さながら窓から侵入する。

 面会室の外で聞き耳を立てている男子生徒達に不審に思われないよう、メイド頭とコンスタンツェは面会室で雑談をし始めてくれた。


 そしてオリアナは、コンスタンツェが吊っていたロープを伝い、一階に着地すると、こそこそと隠れながら、皆が待つ場所に向かったのだ。


「――ヤナとアズラクは?」


「ゴールの東棟の入り口でいちゃつく係。いちゃついてるこの二人を押しのけようとする猛者は、今のところラーゲンにはいない」


 ハイデマリーが力強く言うと、ヤナが頬を赤らめた。隣にいたアズラクが、赤らんだヤナの頬を手の甲で撫でる。


「ストップストップストップ。ナチュラルにいちゃつき出すの止めて」


 瞬時に立ちこめた甘い空気を、ハイデマリーが慌てて散らす。


「タンザインさんを連れて行くのは、東棟でいいんだよね?」


 ハイデマリーから場所の候補は無いかと聞かれた時、オリアナは色んな場所を思い出した。


 いつも皆で集まる談話室、植物温室、畑、校門前、男子寮の裏、四階の空き教室――この学校内には、至る所にヴィンセントとの思い出がある。


 そんな中、オリアナが決めたのは、東棟の隅っこにある小さな談話室だった。疲れたと、珍しく愚痴をこぼしたヴィンセントを膝枕した場所だ。あそこなら、人の通りも少ないし、少しの間なら二人きりになれる。


「うん。そこまで連れてきて貰えば、ヴィンセントならわかると思う」

「わかった。じゃあ、オリアナはヤナ達と先に行ってて。せっかく抜け出してこられたんだから、くれぐれも見つかんないようにね」


 作戦メンバーがオリアナを見て頷く。

 オリアナもしっかり頷いて、拳を握った。


「――ありがとう! 皆。どうぞよろしくお願いします!」




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