第60話 舞踏会に舞う夜の葉 - 08 -
沢山の人が踊る舞踏会の場内で、オリアナはヴィンセントと踊っていた。
ヴィンセントの体の動きに合わせて、オリアナのスカートがひらりひらりと揺れ動く。手袋越しに握り合う指先から、ヴィンセントのぬくもりを感じる。背に添えられた手の頼もしさに甘えて、強い遠心力でぐるぐると回ってみたくなるほど、オリアナは浮かれていた。
見つめ合い続ける意気地は無く、少し視線を合わせると、すぐに他に視線をやってを繰り返していた。
オリアナのデコルテは、ほんのりとピンクに染まっている。先ほど飲んだシャンパンのせいだけでないのは確かだ。
「また一緒に踊れるなんて、思わなかった」
夢見心地で呟くオリアナに、ヴィンセントは不快そうに眉を上げた。
「僕は、君と踊ったのは初めてだと思うけれど?」
「じゃあ私の方が得してるね。ヴィンセントと踊るのは、これが二度目だから」
笑って言えば、ヴィンセントも不機嫌そうな気配を消してくれた。どことなく、今の言い方は気に入ってもらえた気がして、オリアナは嬉しくて微笑んだ。
涙が滲みそうになる。
幸せな時間だった。
この日をもう一度過ごせたらと、どれほど長い間、夢見てきてただろうか。
「私、今日のこと、死んでも絶対に忘れない」
「君が言うと信憑性が高いな」
ヴィンセントの言葉に、オリアナは心から笑った。こんなに楽しいダンスを、一秒でも長く味わっていたかった。
***
ダンスを一曲踊ると、オリアナ達は会場の外に出た。
アマネセル国の社交では、配偶者でも婚約者でも無い二人は、二曲続けて踊ることは出来ない。
学生の舞踏会なので、それほど厳密な決まりがあるとは思えなかったが、オリアナ達はなんとなく気持ちに従って庭を歩いた。オリアナにとっては、ヴィンセントともう踊れないのなら、ホールに居続ける意味はない。
せっかくのパーティーで他の誰かと踊る時間がもったい無かったし、ヴィンセントが他の女生徒と踊るのを、もう見たく無かったからだ。
庭に出てしまえば、よほど熱心な崇拝者でも無い限り、追いかけてダンスに誘ってくることも無い。
ヴィンセントの腕に巻き付いて歩いていたオリアナは、足を止めた。ヴィンセントが止まったからだ。
ヴィンセントがオリアナの耳の横に手を伸ばす。
オリアナは目を見開いて、ヴィンセントを見つめた。
「……ついている」
オリアナの髪に触れたヴィンセントは、指で何かを摘まんだ。その指先に載っていたのは、会場で降った花びらだった。鮮やかな花吹雪の一欠片が、オリアナの髪に引っかかっていたのだ。
急に顔に手を伸ばされたように感じたオリアナは、ピタリと固まってしまっていた。唐突に、自分が何を期待していたのかに気づき、顔を真っ赤に染め上げる。
(キ、キスされるんだと思った。ハインツ先生があんなこと言うし、ダンスは素敵だったし、だって、前の人生では、確か今日ヴィンスと――ああああ)
「ああありがとう」
ほのかに入ったアルコールと、前の人生の記憶と、場の空気に当てられたらしい。ぎこちない笑みを返す。
火照った頬を少しでも冷まそうと、手袋越しに手の甲を頬に当てた。絹の手袋が、ひんやりとして気持ちがいい。
「……まだ痛むか?」
オリアナの手を目にしたヴィンセントが、申し訳なさそうな顔をしている。その視線は、オリアナの手首から外されない。
一瞬何のことかわからなかったが、すぐに思い至った。ハインツ先生とダンスが終わった直後に、強く掴んでしまったことを悔いているのだろう。
「ううん。もう全然痛くないよ」
「そうか……」
痛みを否定しても、ヴィンセントはあまり信じていないようだった。自分の行動を恥じているのだろう。高潔な人だから。
オリアナはそっと周りを見渡した。講堂の周りに出ているのはオリアナ達だけでは無い。そこかしこに人の気配を感じたが、銘銘人目を避けたがっているため、積極的に干渉してくることは無いに違いない。
だがオリアナは、ヴィンセントの手を取ると、もう少し人のいない場所に向かって歩いて行った。
ヴィンセントは何も言わずに、大人しく付いてくる。
「明かり、盗んでくれば良かったね」
「そうだな」
舞踏会の会場からこぼれる灯りと、月明かりだけが頼りだ。オリアナは人気が無く、ほんのりと明るい場所を見つけると、そこで足を止め、ヴィンセントと向き合った。
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