第59話 舞踏会に舞う夜の葉 - 07 -


 オーケストラがゆっくりと音楽を奏で始める。

 会場の天井に設置されていた魔法装置から、色とりどりの無数の花びらが吹き出された。花びらは風に泳ぐかのように舞い、会場を美しく彩る。


 オリアナはハインツ先生にリードされながら、ワルツのステップを踏んでいた。


「ハインツ先生、むちゃくちゃ格好いいですね」

「ガキはこれだから。俺は髭剃らなくても、髪まとめなくても格好いいの」


 しかも、かなりダンスも上手かった。


 在学中はさぞモテただろう。いやもしかしたら、教師生活の中でも支障が起きるほどに、モテてしまっているのかもしれない。

 だからこそ、女生徒の気を引かないためにも、普段あんなによれよれで過ごしているという可能性も出てきた。


「そうかもですね。認識を改めました。まあ、最高にかっこいいのはヴィンセントですけど」


 オリアナがこともなげに言うと、ハインツ先生は日頃は口ひげに隠れていた口元を、にっとつり上げて笑った。凶暴なほどに、ニヒルな笑みが似合う。


 ターンの隙間に、横目でヴィンセント達を盗み見る。

 女生徒はうっとりとヴィンセントを見つめて然るべきなのに、そわそわとこちらばかりを気にしている。


(ぶっちゃけ気持ちはわからんが――わかる)


 どっちだ。と自分で突っ込みたくなるが、どちらも本音だ。


 目の前にあれだけ格好いいヴィンセントがいて、他の男を気に出来るなんて心底理解出来ないのだが、突然現れたこのハンサムな教師が気になるのは、甚だ悔しいが理解出来た。


「あーあ。明日、職員室でからかわれるんだろうなあ。子どものお茶会にでしゃばったってな」

「でも私は嬉しかったです。まさか先生が参加してくれるなんて、思っても無かったから」

「脅されたんだよ。タンザインに尻込みした男子が誰もペアになってくれねえから、一年の背中に剣を突きつけてペアにするぞって」

「なんてこった……私の落ち度です。すみません。感謝します」

 その可能性は考えていなかった。結局自分はどこまでも詰めが甘い。人に散々フォローをしてもらって、ようやく企画が成り立ったことを自覚する。


「まあ毎年、準備は手伝わされても、一口も料理を食えなかったからな。今年はありがたくいただくとするわ」

「食べる暇があると思ってるんですか? この後も山ほどダンス踊らないといけないと思いますよ」

「ゲッ、年寄りは労れ」


 頼りがいのあるリードで踊りながら談笑をしていたオリアナは、声を潜めてハインツ先生に尋ねた。


「――ねえ、ハインツ先生。せっかくなんで、個人的なこと聞いていいですか?」


「あん?」


 ワルツは、内緒話にもってこいのダンスだ。

 ずっと機会を持てずに出来なかった質問も、出来そうなほど。


 何しろ会場では、二人一組となったペアが常にくるくると踊り続けている。更に大きな音で楽団が音楽を奏でていた。

 よほど注意して盗み聞こうとしないかぎり、会話が聞こえることは無い。


「――魔法薬学に精通されたハインツ先生なら、こっそり人を殺す時、どんな方法を選びますか?」


「……おい」


 ハインツ先生の瞳に怒気が混じる。怒らせてしまったかと、オリアナはたじろいだ。学生が教師にする質問としては、ゼロ点どころか、マイナスだ。けれどオリアナは負けなかった。


「ごめんなさい、物騒な話題で。読んでた小説でそう言うシーンが出てきて」

「……ああ、なるほどな。あんま、ませたもん読むんじゃねえぞ」

「はい。以後気をつけます」


 ハインツは納得した振りをしてくれているが、抱いているオリアナの身が強張っていることには気付いているだろう。オリアナは固唾を呑んで見守る。


「俺なら、そうだな。どうするかな――まぁ、生徒はもちろん、他の魔法使いにも、あんまり知られて無いような方法をとるかもな」


「例えば?」


「それを言っちゃおしまいだろ?」


 食えない笑顔でハインツ先生が笑う。その通りである。


「そんな話より、エルシャ。いいのか? タンザインを妬かせるような機会、そうそう無いぞ」


「へ?」


 どうにかもう少しだけでも答えを引き出せないか考えていたオリアナは、首を傾げた。


「男ってのは、年を気にするからな。今頃、タンザインは俺が気になりまくってるに違いない」


 オリアナはバッとヴィンセントを見た。だが、ヴィンセント達がどこにいるのかわからなかった。


「さっきまで後ろにいたんだがな――今は右の方だ。緑のドレスの、後ろ」


 ハインツ先生が耳元に顔を寄せ囁く。オリアナが見えやすいように、ハインツ先生がリードして体を回転してくれた。

 ヴィンセントはこちらを気にした様子も無く、悠然とした顔で女生徒と踊っている。


「……えええ? 結構離れてるし、私の場所もわかってないみたいですけど?」

「ははっ」

 ハインツ先生が楽しそうに笑う。


「今日の俺はな、エルシャ」

「はい」

「生徒に、一生に一度の思い出を作るために、ここに来ているらしい」


 へえ? とオリアナが頷こうとした時、ステップを間違った気配は無かったのに、ぐっとハインツに抱き寄せられた。


 それと同時に、オーケストラが奏でていた曲が止む。一曲目が終わったのだ。


 抱き合うように止まっている二人に、周囲の視線が突き刺さっているのを感じる。


「生徒思いの先生に感謝しろよ。プレゼントだ」


 ハインツ先生が、至近距離で囁き、体を離した。


「はあ……? い?」


(ダンスが一生に一度のプレゼント?)


 オリアナがぽかんとしていると、突然強い力で腕を引かれた。驚いてバランスを崩したオリアナだったが、すぐに大きな手のひらが背にあてられ、事なきを得た。


 顔を見なくてもわかる。

 ふわりと香る、シダーウッド。


「パートナーをお連れしましたよ。ハインツ先生」


「おう。サンキュー」


 オリアナから素早く離れたハインツ先生は、ヴィンセントが連れてきた女生徒の手を取った。ヴィンセントはオリアナをエスコートし、その場から離れる。


「……ヴィンセント」

「なんだ」


 曲が終わって、ほぼ同時にヴィンセントはやってきた。ハインツ先生の言うとおり、オリアナがどこにいるのか完璧に把握していたのだろう。

 女生徒をエスコートして来れば、それだけ遅くなる。ということは、確実にまっすぐこちらに向かってきたはずだ。


「手が痛くって」

「っ、すまない」


 ヴィンセントは慌ててオリアナの手首を離した。肘まである手袋をしているため見えないが、もしかしたら痕が付いているかもしれない。


 こんな風にヴィンセントが触れてきたのは、もちろん初めてだ。


(……もしかしたら、これが一生に一度の、思い出? いやいやでも、えええ、いやいや、えええ? ほんと??)


 オリアナは、ヴィンセントとハインツ先生の背を交互に見る。


 そして、ばつの悪そうなヴィンセントの横顔を見て、へらりと笑った。



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