第48話 星の守護者 - 04 -


 なんとかデリクと共にレポートを提出し終えたオリアナは、一人で食堂に戻った。


 ミゲルの決闘がどうなったかも気になっていたのだ。

 先ほどヤナ達と別れた場所に向かっていると――食堂の横スペースから、大きなどよめきが聞こえた。


 そちらへ足を向けると、大勢の生徒が集まっている一角があった。


 オリアナは、すぐにピンと来た。

 試練があそこで行われているのだろう。


(やった! 間に合ったかも)


 足取り軽く、オリアナはそちらへ向かった。

 まだ終わっていなければいいなと思ったのは、単純に、戦っているところなど見たことが無いミゲルの勇姿を、ほんのちょっとでも見たかったからだ。


 しかし先ほどのどよめき以降、観客はほぼ何も声を発さなかった。水を打ったかのように静かだ。既に決着が付いてしまっているにしろ、これほど静かな試合は珍しい。


 人垣の隙間からひょこりと覗くと、野次馬達がオリアナに気付いた。皆一様に、微妙そうな顔をして、オリアナを見ている。


 横入りに対する不満かと思ったが、どうも違うようだ。集まっていた人たちは皆、オリアナを見て戸惑うように道を開く。


 ――何故か、嫌な予感が湧いてくる。


 導かれるままに、オリアナは人の波を抜けていった。ただの予感だというのに、心臓がドキンドキンと早鐘を打った。


 真ん中にいる二人を見て、オリアナは息を呑む。


「……ミゲル?」


 二人は戦いを終えた後のようだった。木剣を掴んでいるミゲルの腕は、力なく垂れ下がっている。


 戦いを終えているミゲルは、オリアナに気付くことも無く、呆然と目の前にしゃがみこむ男を見つめていた。



 しゃがんでいたのは、アズラクだ。



 それは、信じられない光景だった。


 ――あのアズラクが、挑戦者に対し従順に頭を垂れていたのだから。



「御見逸れした。私の負けだ」


 アズラクの口からこぼれた言葉が、一瞬オリアナには理解出来なかった。


 心に受けた衝撃を、咀嚼する時間など無かった。


 次にオリアナがしたことは、群衆のどこかにいるヤナを探すことだった。


 見渡せば、ヤナはすぐに見つかった。


 ヤナの周りには少しスペースが空いており、誰もが腫れ物を触るかのような――それでいて、興味津々な顔で彼女を見ていた。


 オリアナは走った。ヤナの隣に行き、彼女の肩を抱きしめようとして――やめた。


 彼女はあまりにも孤高に、その場に立っていた。


 アズラクがこちらを向いた。正確には、アズラクの目にはきっと、ヤナしか入っていなかった。


「死力を尽くしましたが、力及ばず……。ご下命であれば、この命――」


「よい」


 淡々とした応酬だった。


 アズラクの表情は、頭を垂れているせいでわからない。ただヤナの目は砂漠の夜のように冷ややかで、一切の感情を見せなかった。


「あいわかった。国に戻るか?」

「――お許し頂きますれば」


 より一層、アズラクが頭を下げる。地面についた膝に額が触れそうな程だった。


 これだけの人数が集まっていると言うのに、誰も、何一つ声を上げることが出来なかった。


 それは驚きからくるものでは無かった。


 この神聖な光景に、誰もが気圧されていたのだ。



「アズラク」


 アズラクをただ一心に見つめていたヤナが、低い声で名を呼んだ。


「はっ」


「――大義であった」


 まるでそれが、別れの言葉かのように。


 アズラクの返事を聞くこともなく、ヤナはくるりと踵を返した。ヤナの後ろに群がっていた生徒達が、こけそうになりながらも、はけていく。


 背筋を伸ばし、顎を上げ、いつものように毅然とした表情で、ヤナがその場から立ち去る。


 オリアナはヤナと、アズラクを見比べた。その後ろで呆然と立っているミゲルに視線をやると、彼はオリアナに気付いたようだった。


 オリアナは咄嗟にミゲルに声をかけた。


「行くから」

「わかった」


 短い言葉だったが、互いにそれで十分だった。


 オリアナはヤナを追いかけた。





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