第10話 夏の面影 - 05 -


 薬草学の本を、五冊。本棚の並びに従って、抜いていく。


 図書室は、二度目の人生を過ごすオリアナにとって、行き慣れた場所となっていた。

 一度目の人生では、レポートの締め切りに追われた時くらいしか入ったことがない場所だった。しかし、目的を持って過ごす今のオリアナには、大層ありがたい場所だ。


 二度目の人生を過ごし始めてすぐ、オリアナは父に頼んで様々な本を買って貰った。読書は苦手だったが、ヴィンセントのためと思えば苦にならなかった。


 だが、買って貰おうとする本が物騒すぎると、却下されることも多かった。父は向上心と自立心が高いオリアナを歓迎したが、歓迎できない分野もある。


 そう――特に、毒や他殺に関する本などは。


(まあ……仕方無いよね。突然七歳の娘が、”毒殺全集~星の数ほどの殺戮~”なんて本を欲しがったら、誰だって心配するわ……)


 オリアナは父に取り寄せてもらうことをすぐに諦めた。どうせ、ラーゲン魔法学校の図書室にあるだろうと思っていたのだ。


 実際、ラーゲン魔法学校の図書室に、その本はあった。流通している本ならなんでもあるというのが、ラーゲン魔法学校図書室の売りの一つでもある。


 もちろん物騒な本なので、貸し出しに特別な許可がいる。オリアナは何度目かの特別許可を司書に頼んだ。いつものことだと、過去最速のスピードで許可が下りた。


 持ち出しは禁止されている。図書室のテーブルで本を開き、文字を目で追う。


 毒殺に関する薬草は、簡単に手に入るものはほとんど無い。この学校の中だけで言えば、自生するはずの野草でも、強い毒性を持つものは全て魔法薬学のハインツ先生が移植後、管理している。


 毒の材料と特徴に、次々と目を通していく。


 ヴィンセントの死に関わっていそうな毒は、この七年間でいくつか見つかった。基本的に、この世界に存在する毒の多くが、死ぬほどの効果を発揮するとなれば、必ず一見してわかる特徴が体に表れる。


 だが、ヴィンセントの死は、眠るような死だ。


 安らかに眠るような死を授ける毒なんて、オリアナが調べる限り、ほとんど存在しなかった。


 更に、いくつか見られた希少な毒は、そのどれもが、一介の生徒には手が出せない材料が使われている。


(こんな材料を手に入れられそうなのは、大人……それも、地位がある者か、薬に関わる者じゃないと、多分難しい)


 貴重な薬草や、希少な魔法生物に関する材料は、金を払えば手に入る物では無い。それなりのルートと、確かなツテが無ければ難しい。


 毒薬や、要注意人物を――手記に残すのはためらわれたため――足りない脳みそで必死に記憶している。オリアナが、ヴィンセントの死に関して、嗅ぎ回っていると誰かにばれてしまうことを恐れていた。


 見たことも、想像も付かないヴィンセントを殺した人間が、オリアナは心底恐ろしく、憎かった。


(この毒も、こっちの毒も違う……。殺された方法よりも、殺した人物を探る方が、いいんだろうか)


 二度目の人生の七年間と、入学してからの四年間で、オリアナは調べられるだけのことは調べていた。


 エルシャ家には人望も信頼も無いが金だけはあるため、最近流行の探偵を、街で雇うことだって出来る。

 父には、度が過ぎないストーカー行為だと告げている。公爵家の嫡男に恋慕する不毛な娘の過激な愛情に若干引きつつも、自ら危険を冒されるよりはマシと、父は自由にさせてくれていた。


 雇った探偵によれば、ヴィンセントの周りには、彼に恨みを抱いている数人の名前があがった。


 だがその誰もが、魔法学校の学生では無い。


 外に出る分には許可証一つで送り出してくれるが、魔法学校の中に外部の人間が入るのは、相応の手続きが必要だ。

 卒業生や学生の親族でさえ、自由に出入りする事は許されない。


 探偵から告げられた人物らが、面倒な面会申請の手続きを済ませ、ヴィンセントに接触してきた記憶は無い。


 窓の外から、雨音が聞こえてきた。

 真剣に考え事をしていたため、いつ降り出したのかもわからなかった。窓の向こうの雲は厚く、空は灰色だ。ぼんやりと、窓の向こうを眺める。


 ふと、視界の端に見慣れた後ろ姿があった。


(ヴィンセントだ)


 オリアナとは近くない、けれどさほど遠くないテーブルに、ヴィンセントが座って本を読んでいた。本を読んでいる時も、背筋は曲がることが無い。ヴィンセントは人前で、頬付けを付くことも、背もたれにもたれかかることも無かった。


 ヴィンセントは、オリアナにきっと気付いていないだろう。この人生ではオリアナばかりが、ヴィンセントを追いかけていた。


 ヴィンセントが死んだあの春の日は、舞踏会が終わって数日後のことだった。二日後だったか、四日後だったか、五日後だったか――きちんと覚えられていないのが悔しかった。


(でも、雷が鳴っていた)


 それだけは、確実に覚えている。


 その日が来るまで、一時だって気を抜くことは出来ない。


 オリアナは再び本に視線を戻した。


(絶対に……もう二度と、ヴィンセントを殺させやしない)





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