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 長田は署長室の安楽椅子にでっぷりとした身体をあずけて、葉巻をふかしていた。

 私の顔を見るなり、「どうだ、犯人はわかったか」

「あいにくシャーロック・ホームズではないんでね」帽子を脱ぎながら、「そっちこそ目星はついてるのか」

「つけようとおもえば、すぐにでもつけられる」

 私は中央に据えられたソファーに腰をおろした。「そりゃあいい。そこらのボンクラをしょっぴきゃ済む」煙草に火をつける。「そしたらあんたは上田未亡人の気をひける。まあ、なんて真摯な方なんでしょう、半日もたたずに夫を撃った犯人を捕まえてくださるなんて……そんで彼女はあんたの九艘めになる。未亡人百人抱きの大台に一歩前進ってわけだ」

「へらず口を」長田は眉間にしわを寄せた。肉団子のような顔がみるみる赤くなる。「貴様を犯人にでっちあげることもできるんだぞ」

「かまわないが、俺の得物は三十八口径のリヴォルヴァーだし、動機もない。なによりアリバイは確かだ」

「そんなものは関係ない」長田はいった。手が振れて、葉巻の灰がデスクの真ん中に落ちた。「貴様、警察をなめとるな?」

「いや、好んどらんが、なめてはいない」私は笑った。歯の間から紫煙が洩れる。「ただね、監察部の亀田くん、なんて言うか気になってね」

「何」

「監察課の亀田課長だよ、ここの管区のね。高校の同期でね。元気にしてるかな」

「ふん」長田は葉巻をくわえなおした。大きく紫煙を吐きだす。「今日のところは大目に見ておいてやる」葉巻を右手にはさみ、親指で団子鼻を掻く。「で、なにをしに来た? わざわざ無礼を働きにきただけではないだろうな」

「ああ、龍崎琴美について訊きにきた」私はいった。新しい煙草をくわえる。「ゆうべ、上田は閉店直前の銀行に駆けこんで、龍崎琴美宛の五十万円の小切手の支払いを保障している。そんで、銀行から五百メートルと離れていない食堂の厨房で、何者かにぶち殺された、ときた。そして今朝、龍崎琴美は件の小切手を銀行に振り込んだ──まあ、小切手云々に関してはそっちのほうがお詳しいだろうがね」紫煙を一服して、「ゆうべの事件には、どうもその龍崎って女が関わっているような気がしてならない。だから、渋々ここに来たってわけだ──彼女は何者なんだ?」

 署長は葉巻を振りながらこたえた。灰が書類のうえに落ちた。

「他人の弁を借りれば、夜の華、絶世の男たらし、高級風俗の女王……まあそんなところだ」

「彼女の身柄は?」

「まだだ。まずは牧村の連中と商工会をさぐるつもりだからな。監視を三人ほどつけている。私の命令があれば、すぐにでも拘束できる」

「なるほど」

「龍崎は、金払いさえよければ誰とでも寝る」茂木がいった。部屋の隅の壁にもたれかかっている。「何人か破産したやつを知っているよ」

「上田の五十万ってな大金もそういうわけか」紫煙を吐きながらいった。「しかし法外だな。ぼったくりか」

「いいや、それ相応だ」長田がいった。机に肘をつき、乗りだした。声をひそめ、「実を言うとな、私も何度かお世話になったことがあるのだ。大阪や東京でもあんな夢心地を味わったことはないな」背もたれに身をあずけ、葉巻を一服する。「まあ、警官の安月給じゃあ通いつづけることはできなかった。カネの切れ目はなんとやら、最近はもう行っていない。まあ儲けてる連中は良いつきあいをしてるよ」

「牧村や鶴見の幹部以上でないと長く保たない、ということか」私はいった。ぎりぎりまで吸った吸殻をおき、また新しいものに火をつけた。「上田はカタギの中じゃあかなり儲けてたわけだしな」マッチを灰皿に投げ、頭を掻く。「畜生、女ってやつはタチが悪い。俺は男女平等主義者のつもりだが──金玉がついてるかぎり──どうもこいつばかりは面倒だ」

「ともかく、龍崎が絡んでいそうなのはたしかだ」長田がいった。茂木のほうに目をむけ、「茂木、龍崎をここに連れてくるよう、監視の連中に連絡しろ」

「いや、それはちょっとやめときましょう」茂木がいった。部屋の中ほどまで進み、くわえていた煙草を灰皿に投げた。「上田は龍崎絡みとは別件で殺られた可能性があります。いま龍崎に話をうかがうってのは、少々勇み足な気がしますからね」

「茂木くんの言う通りだろうな、閣下」私はかさねた。「まず疑るべきは商工会まわりだろう。上田は牧村の密造酒を仕入れていた。それなりのお付きあいがあったってわけだ。いくらでっちあげが警察の十八番だとはいえ、ちったあ地道にやったほうがかしこいと思うぜ」

 長田は呻いた。葉巻をすり潰し、「好きにしろ」

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