10
警察署は国道と県道が分かれるところにあった。小高い山を背にしていた。一見ほかの公共機関の例に洩れない、お定まりな四階建てコンクリート造りだった。が、二階以上のいたるところに、狭間のような穴があった。窓は機関砲の弾ですらはじきそうだった。堅牢な砦といった印象だった。裏手からは、連続して乾いた破裂音が響いている。
受付の中年男は予想通り渋った。金を握らせて、茂木の居場所を訊ねた。
「茂木さんなら、裏の射撃場にいますよ」中年男はうやうやしい口調でいった。
裏の射撃場は、山の斜面を切り崩して造ってあった。トタン屋根の射撃点から三十メートルほど離れたところに、木製の的が並んでいる。的は人型だった。小気味良く破裂音がした。人型の首が折れた。茂木によるものだった。ワルサーPPKだった。
「見事な腕をしてらっしゃるな」私は声をかけた。
茂木は空になった弾倉を抜くと、ゆっくりと振りかえった。嘲るような表情を浮かべ、吐息をついた。
「なんだおまえか」次の弾倉を装填する。「上田には会えたかい」
「いや、まだだ」
「そうか」構えて、大きな声をあげる。「よし、出せ!」
両端からクレー・ピジョンが打ちあがった。三つだった。茂木は流れるようにすべてを撃ち砕いた。私は口笛を吹き、拍手した。
「この町では犯人は空を飛ぶのか」
「ああ、飛ぶ」弾倉を抜き、遊底を引いて薬室から弾を出す。「特におまえみたく、飄々としたやつが飛ぼうとする。まあ、たいてい飛ぶ前に撃つが」
私は薄く笑った。「そのうち豚が空を飛ぶ時代がくるだろうが、そうか、飛ぶのか」
「どうして上田を見に行かないんだ」茂木は抑揚なくいった。
「あんたと一緒のほうが、話が早いだろうと思ってね」
「なるほど」弾倉に弾を補充しながら、「それより、どうだ、撃ってかないか」顔をあげる。「銃は貸すぞ」
「いや、結構」私はショルダー・ホルスターから拳銃を抜いた。「持ってる」
茂木はうなずき、手で隣を指した。私は射撃点に立ち、狙いを定めた。連続して引鉄を圧する。三発は外れて、切り崩した斜面に土埃をたてた。残りの三発は的に当たった。ちょうど正中線に沿って穴があいた。
「うん」茂木は眉をあげた。「いい腕だな」
「どうも」
茂木と検屍官の立ち会いのもと、遺体と面会した。肩と腹と膝に風穴が空いていた。内腿にも新しい疵があった。犯人はあまり腕がよくなかったらしい。失血死とのことだった。
「使われた凶器の種類は」私は訊ねた。
「口径9ミリ、施条は右回りです」検屍官の老人がいった。すこし興奮していた。探偵というものを見るのが初めてだったのだろう。「マカロフでしょうな」
「その爺さんの言う通りだ」茂木がいった。「ついさっき、現場で弾が見つかった」
「何発」
「八発だ。あちこちに刺さっていた。おまえの言う通り、下手糞の犯行だ」
私は唇を動かした。茂木は指を立てて制した。続ける。
「特定は不可能に近い。マカロフはこの町でもベストセラーだ。ここ一週間だけでも、十人はマカロフの世話になっている」
「そうか」私はつぶやいた。頭を掻く。「そうだ、監視カメラは」
「ない」茂木はいった。息をついて、「まったく、すばらしい町だろう、ここは? 最後の辺境、古き良き日本ってわけさ」
「ああ、いいところだよ」遺体に白い布を掛けなおす。茂木の方を向いて、「いまのところ、おまえさんの中では誰が怪しいんだ」
茂木はポケットに手をつっこんで、口角を歪めた。冷ややかな目を向けて、唇を動かさずにいった。
「おまえ」
私は笑った。「畜生、嫌な野郎だ」
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