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町へ出ると、数台のパトカーとすれ違った。
「あしたノストラダムスの大王が降ってくるのか」私はつぶやいた。「警察が仕事をしているぞ」
「いちおう連中も桜の代紋を背負ってますからね」松永はいった。「通報やら事件やらがあったら、動くには動きますよ」
車は新聞社隣の駐車場に停まった。松永は仕事があるとのことで、そこで別れた。川畔の道をのぼってゆく。川の水はある程度綺麗だった。小魚が流れに逆らっていた。草むらの陰には、鯰のような大きな魚もいた。川の両岸は商店街になっていて、小さな飲食店や呉服屋などが建ち並んでいる。〈リヴィエール〉の前の橋にさしかかった。左方に人だかりができていた。大きめの大衆食堂がある。その手前の駐車場には、パトカーが何台か停まっていた。私はそれらを尻目に橋を渡り、喫茶店の戸を押した。
店内には、店主のほかに人はいなかった。店主は私を見ると、渋柿のような顔をさらに渋くした。
「畜生、まだ帰ってやがらなかったか」
「気に入ったんでね、この町が」私はコーヒーを注文した。腰をおろし、マッチを擦って煙草を呑む。「それより、向こうの店、なにがあったんだね」
店主は豆挽きを回しながら、フンと息を吐いた。「殺しさ」
「誰がやられたんだ」
「あの店持ってる、上田っちゅう奴さ。けさ早くに、店の真ん中でくたばってるのを、店で働いてる女が見つけたんだとよ」
「誰が殺ったんだ」
「知るか」店主はつぶやいた。「ブン屋だろう。知りたきゃ手前で訊きに行けってんだ」
店主はコーヒーを置くと、煙草に火をつけ、椅子に腰かけてスポーツ新聞を開いた。挽きたてのコーヒーは旨かった。老人は熱心に一面のタイガースの記事を読んでいた。
「ゆうべのタイガースはどうだったって」私は訊ねた。
「九〇年代の再来だよ」店主はつぶやいた。声には好意があった。「若手は怪我して、ベテランは振るわず、助っ人は軒並みハズレときやがった。今シーズンは絶望だ。甲子園の優勝校のほうが強いんじゃねえかな」
「まったくだ」コーヒーをすする。「〇〇年代が懐かしいよ」
「あのころはドラゴンズも強かった。悪夢みてえに」店主は紫煙を吐いた。天井のシーリング・ファンを見つめて、つぶやいた。「そういや、上田はドラゴンズのファンだったな。〇六年はみんな村八にしたっけ」
私はコーヒーを飲み終えると、対岸の食堂に行った。野次馬をかきわけて入口のあたりまで進むと、立入禁止のテープと、駅前で野良犬を叩き殺していた警官が塞いでいた。店の中には警官が三人ほどいて、それぞれ煙草をふかしたりしていた。
私は入口の警官に声をかけた。「なにがあったんだ」
警官は露骨な、訝しげな目で私の爪先から頭まで見まわすと、物臭そうに口を開いた。
「ここのオーナーが殺られた」
「なんだって」と、私は驚いた表情をつくった。「上田のやつとは学生時代の友人だったんだ。どうやって殺されたんだ」
「銃弾を三発ぶち込まれてくたばったんだよ」警官は苺のような鼻を掻いた。「もういいだろ、わかったら下がりな」ひどく悪い歯並びを見せて、「ああ、香典なら俺が預かっといてやるぜ」
「いいや、遠慮しとくよ」
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