6
翌朝、チャイムが三度ほど鳴って目が覚めた。私は罵りの呻きを洩らしながら身を起こした。自分でもわけのわからない言葉を呟きながら脚を床におろすと、なにか固いものを踏んだ。驚いて脚を引く。見ると、拳銃だった。銃床の下のほうに赤黒いものがこびりついている。幸い、弾丸ははいっていなかった。
またチャイムが鳴った。私は拳銃を枕元の台に置き、ドアのところまでいった。のぞき穴に目を押し当てる。松永が立っていた。サングラスをかけている。口元にあの微笑みはなかった。
鍵を開け、彼を迎え入れた。今日は全身が白かった。白いボルサリーノ、白いスーツとズボン、白い靴。シャツはアロハのような柄の変わったものだった。子供を詰められそうなアタッシ・ュケースを持っていた。
「おはようございます」気どった微笑を浮かべる。「ゆうべはよく眠れましたか」
「おかげさまで」
「それはよかった」
松永は部屋の中まで進み、皺だらけのベッドの上にアタッシュ・ケースを置いた。ロックを開け、気まぐれ気味に部屋を見回す。台の上の拳銃に気がつく。満足そうな声で、「お役に立ったようで」
「ああ」私はいった。頭を掻きながら、「蚊を潰すのにはちょうどよかった」
「そうですか」アタッシュ・ケースを開ける。中から〈杣屋日報〉の朝刊をだす。「よろしければ」
私は受けとり、第一面を見た。〈鶴見組・立岡討たれる!〉というひときわ大きな題字が目に入った。鶴見組の若き幹部を、牧村一味の鉄砲玉が討った、とのことだった。鉄砲玉は夕方に自首していた。そのほかに特に面白い記事はなかった。なるほど。私は思った。〈杣屋日報〉はこの手の記事で売れているわけだ。
松永のアタッシュ・ケースには、銃と弾丸の箱が詰まっていた。私は煙草を咥えながら鼻を鳴らした。
「あんた、実は武器商人なのか」
松永は薄気味が悪いほど白い歯を見せた。「まさか。その一面の記事は私が書いたものですよ」
「いい文章だ。冗長じゃない」
「お褒めにあずかり光栄です」さて、と呟き、手で銃を示した。「とりあえず、揃えられるものは揃えてみました」ひとつ掴み、私に差しだす。「これなんてどうです? スミス&ウェッソンM29。広辞苑だって木っ端微塵にできますよ」
大砲のような、厳ついリヴォルヴァーだった。
「俺は刑事でもクリント・イーストウッドでもない。もうちっと軽いのはないか」
「そうですか」大砲をしまうと、また別なものを掴んで出す。「ならこれを。コルト・シングル・アクション・アーミー、ピース・メーカーです」
これは先ほどのものよりすこし長かったが、見た目はシンプルだった。
私は片頬を吊って、「どうしても俺を西部劇の主人公にしたいようだな」
「西部劇はお嫌いで?」
「いや、バイブルだ」紫煙を吐き、拳銃を指す。「そいつをもらおう。自動拳銃は持ってきてるか」
「もちろん」松永は微笑んで、ピース・メーカーをベッドに置き、また別のものを取りだした。小さな──まさに拳銃といった大きさだった──ものだった。「少々年代物ですが──このワルサーPPKは最新のものより扱いやすいと思います」
私はワルサーを手に取ると、色々といじったり、部屋の角に向かって構えたりした。取り回しはよかった。家に持ち帰りたかったが、東京はいちおう法律が機能している。
「うん、これにしよう」私は口角を歪めた。松永のほうを向き、「弾と、あとホルスターはあるか」
松永はそれぞれの実包五十発入りの箱と、ピース・メーカー用のホルスターを出した。
「あと、
「すいません、プルトニウムが品切れしてまして」松永はにっと歯を見せた。
私たちはレストランに向かった。中央あたりの席をとった。朝食はビュッフェ形式だった。私は皿にスクランブル・エッグとベーコン、サラダを盛りつけ、パンを三つとった。松永はサラダとパンだけを盛り、私のぶんのコーヒーも運んできた。もう一往復して牛乳と味噌汁を持ってくると、彼は自前の英字新聞を読んでいた。
席につくと、松永は新聞を見たまま声をかけてきた。
「今日は、どうされるおつもりで」
私は牛乳をひと息に飲み干し、こたえた。「とりあえず、〈リヴィエール〉を中心に、町を歩いてみるつもりだ」
「そうですか」コーヒーをすすって、「マスターによろしく伝えてください」
その後、愚にもつかない会話をしながら朝食をとった。
朝食が済むと、私は部屋に戻り、財布と煙草、マッチ、スキットル、録音機を懐に詰めた。ホルスターに小さいほうのリヴォルヴァーを入れ、予備の弾丸二セットを持ち、松永の車に乗って町にでた。
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