最終回 窮極の門
真っ白な闇が視界を侵蝕していく。上下も左右もわからないその中で、オレは。オレに出会った。宇宙の闇の色をした黒髪を長く振り乱し、毒々しい緑の瞳を細め、少女と見まごうそのかんばせは絶望と疲労を湛えてもなお、狂気のように笑む。似てるのなんて色味くらいだが、其れは確かにオレの――おそらく最悪の末路の形をしていた。
「みつけた」
其れの発した声があまりに嬉しそうだったから。まるで永い旅を終えたような声だったから。オレはこの異常事態を一瞬忘れて、手を伸ばした。指先が其れに触れる。体が溶けて、一つになっていく感覚。オレと其れの境目がなくなっていく。兄貴とセックスするときだってここまで「一つになる」感覚を得られたことはない。オレは今この場所では、絶対で……万能だった。
目を開く。腕を一振りすれば、オレの
「ルー、それはお前が思ってるものじゃない。まだ間に合うからそんなもの捨てろ」
淡々と距離を詰め、諭すような言葉を吐く兄貴の余裕の理由も、今のオレにはわかっていた。視えるから。ルールの抜け穴、直接
「残念だったな、兄貴。それじゃオレは止まらないぜ? 試してみるか?」
「そりゃ、ただの裏
視界が晴れる。一瞬とはいえ
「発動――『一にして全、根源を越え窮極に至れり』」
オレの、勝ちだ。勝ちを確信した瞬間。兄貴がオレの腕を掴んだ。兄貴はオレを見る。笑っていた。何故? 兄貴にはもう打つ手はないはず。勝ったのはオレだ。だというのに、兄貴は心底おかしそうに笑って、唇を開いた。
「勝ち逃げはさせない。敗けたのはお前の方だ、ヘンルーダ」
はっ、お綺麗な勝ち方に拘ってんのは兄貴もじゃねえか。そんな憎まれ口を叩こうとして、異変。兄貴の唇から洩れるのは、
「ヘンルーダ、お前を軽蔑するよ」
兄貴は嗤って――そして、
魂の抜けた自分の体を見下ろすのは変な気分だった。魔道なんて通さなくても、体と接続する方法は魂が知っていたから、オレは体に戻って電気の落ちた薄暗い選手室から出ていく。会場はしんと静まり返って、人気がない。まるで今日は使われていない日のようだった。
「兄貴? みんな?」
思っていたより心細げな声が出た。返事はない。照明の落ちた静かな会場から出ようとしたオレの後ろから足音。振り返れば不審そうにオレを見る警備員の姿がそこにあった。
「キミ、どうしたんだい? こんなところで」
「あの、大会は? 兄貴はどうなったんですか?」
オレがそう問えば、警備員は溜息をつき、それからややあっておかしそうに笑った。
「キミ、大会関係者の身内かい?今日の決勝戦はここじゃなくて隣町の会場で今やってるはずだよ。場所を間違えたんだねえ」
そんなはずはない。オレは確かに決勝戦に向かってたはず。松柏のアスト対常盤木のヘンルーダ、みんな知ってるだろ? そう警備員に食ってかかると、警備員は不思議そうな顔をして首を傾げた。
「はて? そんな名前の選手いたかな?今回の決勝戦は――」
教えてくれた名前は、聞いたことがない選手のものだった。嘘だと思うならトーナメント表を確認してごらん?そう言われて
念のため、
オレは震える手で母さんに連絡する。コール3回で母さんの明るい声が聞こえてきた。
「もしもし? どうしたの、ヘンルーダ。久しぶりにあんたの方から連絡してくるなんて。ホームシックかしら?」
よかった、オレは忘れられてない。意を決して、母さんに問う。
「……あのさ、母さん。兄さんって今どうしてる?」
「はぁ?独り暮らしの人恋しさで幻覚でも見たの?あんた一人っ子でしょうが」
あんたもホームシックなんてかかるのねぇと母さんはけらけら笑って、たまには実家にも顔出しなさいよ、と言い含めて電話を切る。
「どうした、キミ。顔色悪いぞ?」
心配そうな警備員が家までついていくというのを固辞して、オレは家に向かう。兄貴と暮らした家。いつもの家の表札に、兄貴の名前がないことを確認した瞬間、オレは耐えきれず崩れ落ちたのだった。
それからのことはよく覚えていない。物置になっている兄貴の部屋を見て、いつも通りのオレの部屋を見て。ベッドに倒れ込むようにして昏々と眠る。それがオレの人としての最後の記憶だ。
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