第11話 決戦!VSアスト!!

 目を覚ます。静かな朝だった。兄貴はもう出発したのか、いつものぱたぱたと軽快な足音も聞こえない。オレは布団からのそのそと這い出てサイドテーブルの上の発動体ガジェットを掴み、少し魔力を流す。時刻は朝7時を少し過ぎたころ。ありふれた朝だった。いつもと違うのは……今日は大会の決勝戦ってことだ。

「よしっ」

 小さな声で気合を入れて、オレは荷物の用意を始める。とはいえ、持っていくものはそんなに多くない。用意はすぐに終わって、いつも通り朝食のトーストを頬張る。魔道管受像機テレビジョンではどのチャンネルでも今日の大会について大々的に報じている。兄弟同士の対決、注目ですね。なんてアナウンサーが会場から伝えている。そうだ、オレはこの大会で優勝して兄貴を越える。いつまでも兄貴の陰で守られるだけのガキじゃないってわからせてやるんだ。トーストの耳を呑み込み、家を出た。

 会場に向かう道はやたら混んでいて、オレはフードを目深に被って進む。選手室につく頃にはすっかり人混みに揉まれて疲れ切っていた。持ってきた水筒の中のお茶で喉を潤し、部屋に備え付けの没入棺コフィンに手をかける。開始までの10分間は、いつも通り舞台定義文フィールド・コマンドを編んで過ごした。時間を知らせる通知が来る。いつも通り、発動体ガジェットをスキャンして没入ダイブ・インしたオレが白く眩む闇から目を開くとほぼ同時。根源ゲヘナの渦を挟んだ向こう側に青いサーコートの騎士の映身アバターが降り立つ。兄貴だ。

「嬉しいよ。ヘンルーダ。お前がここまで来たことを俺も誇りに思う」

 兄貴の映身アバターは泣き出しそうに顔を歪めて笑う。なんでそんな顔してるんだよ。世界の秘密が関わってるのか? 何にせよ、兄貴にそんな顔をさせてるものがあることが許せなくて、オレは舌を鳴らす。

「オレを見ろよ、兄貴。オレは兄貴のこと、大好きだから――だから本気で潰すよ」

「ああ、おいで。徹底的に叩き潰して立場をわからせてやるよ……発動コール、朽ちざる銀の鍵の庭」

 兄貴の最初に選んだ舞台定義文フィールド・コマンドは朽ちざる銀の鍵の庭。それ単体なら刃でできた銀の花の咲き誇る箱庭に精神世界シェオル・フィールドを塗り替える。ため息が洩れるほど美しいフィールドだ。生命を執拗に排除した潔癖な箱庭。そこにオレが手を加えるなら。

発動コール!『うぞろ夕闇時計塔』!」

 時すらも止まっているかのような銀色の箱庭に夕陽が射し込み、銀の花に反射して長い影が伸びる。『桜花絶唱』はまだ切らない。近接堅牢型パラディン様式スタイルの兄貴の防御力を削りきる自信がなければ『花嵐は空舞う星、星の光は全て刃』を撃っても同じ発動語コマンドが返ってきて良くて相打ち、おそらく普通に撃ち負けるからだ。

発動コール、『我は世界を断つ者。抱きしめる腕は持たねども』」

 兄貴が発動語コマンド発動コールし、腕を刃へと変形させる。オレの方へと踏み込み、刃を振り上げる兄貴の映身アバターを前に。オレは。

発動コール!『我は鞘、臓腑貫き生え出でよ刃』!」

 初撃をかいくぐり、近くなった距離を詰めるようにぞぐぞぐと刃が伸びる。浅い。まだ届かない。

発動コール!『吹き荒れろ血嵐、爆ぜよ我が刃』!」

 届かない距離は、詰めるまでだ。この距離で刃を爆発させればオレはもちろん、兄貴も無傷では避けられないと踏む。兄貴は呆れたように息をついて一歩、オレの方へと距離を詰めた。

発動コール。『残影の疾風、首断ちの颶風』。己の傷を無駄に増やすような戦い方は良くないぞ、ヘンルーダ」

 振るわれた腕は攻撃ではなく、防御のため。振るわれた剣圧による颶風が爆発を押し返す。頬を掠める僅かな刃の他は勢いを殺してオレの方に向かう。『残影の疾風、首断ちの颶風』を防御に使うなんてあんまりだ。聞いたことがない。なんでもありかよクソ兄貴。位置取りが悪い。このままじゃ頭から根源ゲヘナに突っ込んで定義崩壊ブレイクだ。そんな無様は晒せない。

発動コール!『我が身は薔薇、其の血を啜る赤茨』!」

 腕の代わりに伸ばした茨が兄貴の腕を絡めとり、ギリギリで体を引き寄せる。本気の兄貴と戦うのがこんなにキツいとは思わなかった。たまに付き合ってくれていた練習は本当にじゃれていただけなのだと思い知らされて、オレは舌打ちする。舐めやがって。

「ヘンルーダ、鬱陶しいからこれ、離してくれないか」

 腕に巻き付いた茨を持ち上げて兄貴が苦笑いする。せっかく掴まえたチャンスを逃すわけにはいかない。

「絶対に嫌だね」

「まったく、聞き分けのない奴だな。いつもはあんなにいい子なのに。決闘シェオルのことになるとお前はいつもそうだ。発動コール――『刃鳴火花、清めの焔』」

 茨を伝って炎がオレに迫る。なんなら茨そのものがオレの映身アバターの一部だから、少ないとはいえ確実に魂を削られている。これ以上燃やされたらこっちが不利だ。オレは腕を一振りして茨を引っ込める。長引けばジリ貧だ。畳みかけるしかない。

「ガキ扱いすんじゃねえ!発動コール!『桜花絶唱』」

 オレは二つ目の舞台定義文フィールド・コマンド発動コールする。兄貴がほう、と小さく息を吐いた。夕闇から満天の星空へと空の色が塗り替わり、銀色の刃桜の木が背後にそびえる。高速範囲型コンジャラー展開速度を活かし、兄貴が発動コールする前にオレは畳みかけるように次の発動語コマンド発動コールする。

「オレは兄貴を超える!もう比較されるのはうんざりなんだよ!発動コール!『花嵐は空舞う星、星の光は全て刃』!」

 星の光が、刃桜の花びらが、足元の銀の花畑が、刃へと姿を変えて兄貴へと殺到する。

「ヘンルーダ、前に教えただろう。その発動語コマンドはこう使うんだ――発動コール、『花嵐は空舞う星、星の光は全て刃』ってね」

 同じ発動語コマンド発動コールしたはずなのに、起きたことは全然違った。オレの『花嵐は空舞う星、星の光は全て刃』が密度の低い面攻撃の刃なら、兄貴のそれは極限まで収束された高密度の刃だ。魔道の根幹は認識と想像、同じ発動語コマンドでも起きることが違うのはわかってても、ここまで制御に魔力を回してくるのは意外だった。焦りが、決定的なミスを起こした。

「っ、発動コール!『影は万物巡り、悪意は其を覗く』」

 準決勝のおかげで兄貴に精神攻撃系の発動語コマンドが何故か効きにくいこと、兄貴のデッキに『返しの凶つ風、人を呪わば穴二つ』が入っていることを知ってたのに。決定打に急いたオレの隙を、兄貴は見逃さなかった。

発動コール、『無窮水晶宮』」

 兄貴がにやりと悪辣に笑う。銀の箱庭から一転して水晶の煌く宮殿へと世界が塗り替わる。影が射し、兄貴を捉えているというのに。平然と兄貴は微笑んでオレを指さした。

「馬鹿だな、ルー。お前が俺を越えられるわけもないのに――発動コール、『返しの凶つ風、人を呪わば穴二つ』」

 影がオレを喰らうように伸びる。累積したダメージからして、多分、これをまともに喰らったらおしまいだ。敗けたくない、少なくともこんな……一矢報いることもできない敗け方は御免だ。

発動コール!『妖花は散れども、水鏡に映るは常盤木』!」

 反射物が多い水晶宮で通常の数倍にも増幅された吸精が発動する。崩れかけていた映身アバターに魔力が巡るのを感じて、オレは兄貴を見据える。これなら勝てるかもしれない。そんな一抹の期待……だけど、兄貴はそんなに甘い相手じゃなかった。

奥義ラストワードの切り所は85点だな。でもなあ、ルー。奥義ラストワードは後から発動する方が有利って、俺はいつも教えただろう? 発動。『月下咆哮、ンガイの森の松柏』」

 兄貴の奥義ラストワードは、オレも見たことがない。これが初めてだ。月下咆哮ってことは、おそらく精神攻撃系の発動語コマンドだろうと当たりをつけて、身構える。心臓に氷の針を通されるような不快感と、奇妙な浮遊感。視界が傾ぐ。負けたくない、こんなところで。その一心で体勢を立て直そうとした。

 ――そのとき、ふと根源ゲヘナの渦の方からナニカの視線を感じり。振りむいたオレは、根源ゲヘナからぎょろりと鮮やかな、そう、鮮やかな。――オレや兄貴によく似た明るい緑色の目が、覗くのを見た。その目に覗かれた途端に、オレの口からは言葉が滑り落ちる。

「ルー。お前、まさか。それはダメだ。戻ってきなさい、ヘンルーダ!」

 兄貴が叫ぶのにも構わず、オレは。

「――発動コール。『其は一にして全、門を越え魂に癒着するもの』」

 それがどんな意味を持つ発動語コマンドかもわからず、オレはただ湧き上がる想いのままに唱える。兄貴に、勝ちたい。意味はわからなくとも、授けられたそのその発動語コマンドは間違いなく、逆転の一手になるはずだったから。視界が、真っ白に爆ぜた。

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