第10話 決戦前夜!世界の秘密!?
兄貴とカナヴィにいちゃんの戦いから一週間近く経った。明日、いよいよオレと兄貴の決勝戦だ。だというのに。オレはどこかもやもやしたものを抱えたまま、兄貴を避け続けていた。理由はいくつかある。あの戦いの後、
タイミングよく、ただいまと声がする。兄貴がカナヴィにいちゃんのお見舞いから帰ってきたんだろう。玄関に向かって、兄貴を出迎える。
「おかえり。カナヴィにいちゃん、どうだった?」
問えば、疲れた顔をした兄貴が少し驚いたように目を見開いた後、首を横に振った。オレに言い聞かせるようにゆっくりと目を合わせて、口を開く。
「今日も面会謝絶。錯乱が酷いって。魂と肉体の結びつきが弱くなってるらしい。
絞り出すようにそんな報告を済ませてから、俺のせいだな……と兄貴は懺悔するように呟いた。そんなことない、兄貴はただ
「兄貴は……カナヴィにいちゃんが酷いことになってる理由に、何か心当たりがあるのか?」
辛うじて、声は震えなかった。兄貴を裁きたいわけじゃないのに、思っていたよりもずっと尖った声が出てひゅっと息を呑む。静かに顔を上げた兄貴は、口元に薄く困ったような笑みを湛えてどこまでも透明な眼差しでオレを見ていた。
「ないよ。だから困ってるんだろ」
久しぶりに、兄貴のことを怖いと感じた。なんで笑ってんだよ、とか茶化すような言葉すら出てこない。確実に言えるのは、兄貴は絶対に何か知っているということと、そのことをオレに話すつもりはないということだ。この話はおしまいだという有無を言わせない表情に、それでもオレは食ってかかる。
「兄貴は、隠し事が下手だな。オレにも知る権利はある。なあ、兄貴。なんでカナヴィにいちゃんは退院できないんだ? 兄貴は、
最初の二つの疑問には兄貴は表情を変えなかった。続く最後の疑問には片眉をぴくりと動かして、静かに笑みを深める。呆れたように腕を広げて肩を竦め、そのまま伸ばした腕でオレを抱きしめる。
「よくできました。と言いたいとこだが、ルー。お前いったいどこでそんな話を仕入れてきたんだ?」
いつも以上に穏やかな、凪いだ風みたいな声が耳元で囁く。吐息が耳にかかってゾワゾワと背筋に快楽が駆け抜けていった。
「ん……誘惑してうやむやにする気だろ。オレの質問にちゃんと答えろよ」
兄貴を引きはがして距離を取る。こういう、飴でうやむやにしてこようとするとこ、ほんとうに嫌いだ。ガキ扱いされてる気分になるから。兄貴は困ったように笑って首を傾げ、指折り数える。
「そうだなぁ。お前ももうガキじゃないし、知りたいと思うなら教えてやってもいいのかもしれないな……一つめは、カナヴィはどうして退院できないのか、だっけ?それは簡単だ。放っておくと死ぬから」
兄貴は表情一つ変えないまま、そう言ってのける。カナヴィにいちゃんが死ぬ? どうして。確かに、カナヴィにいちゃんのことはちょっと苦手だったけど、死ななきゃいけないことはしてないだろ。
「さっきも言ったとおり、カナヴィは今肉体と魂が引き合う力が弱くなってるんだ。肉体を維持できないくらいにな。だから生命維持を外せば肉体を維持できなくなって、死ぬ。それだけ」
長時間の
「次は、
兄貴は試すようにオレを見る。そもそも、行方不明者の数は公開されてたっけ?手元の
「調べても出てこないぜ。検閲情報だからな……答えは、0.5%。この国では毎年、200人に1人が行方不明になってるんだ」
そんなわけないだろ。だってそんなに多いのにニュースにもなってないじゃん。そう答えようとしたオレを鼻で笑って、兄貴は目を伏せた。
「検閲情報だって言ったろ。これが俺達ミトゥナ隊の隠してる事実の一端だ。もっとも、ただ人数を隠すだけじゃここまで大規模な検閲はできなかった。これはさっきのカナヴィの件にも関わってくるんだけどな、行方不明になった人間の9割は消えるんだ。文字通り、跡形もなく。まるでこの世に初めから存在しなかったみたいにな」
兄貴はオレの反応を楽しむように笑みを湛えて見返す。担がれてるとしか思えないが、その語り口には、どこか真実味を帯びた生々しさがあった。カナヴィにいちゃんも消える? そんな……宥めるようにオレの頬を撫でて兄貴は頷く。
「ヘンルーダ、お前が悲しむことじゃないよ。あいつに関しては制約を破ったことも関係してるから。とはいえ、あいつが消えると修正が多くなりすぎるから、しわ寄せを少なくするためにもミトゥナ隊があいつを消させないよ」
そういう物なのか。オレにはよくわからない。もっとも、カナヴィにいちゃんが死なないならそれでいいとは言い切れないことは確かだ。
「最後、
兄貴は初めてセックスした後、父さんと母さんには内緒な。と伝えたあの時と同じ表情で、世界の秘密をオレに伝えて片目を瞑った。兄貴はずるい。そんな顔されたら何も言えなくなってしまう。兄貴は何か言いたいのに言葉が出てこなくて唸ることしかできないオレの頭をがしがしと少し乱暴に撫でた。
「ああ、そうだ。ヘンルーダ。お前、今でも俺に勝つつもりはあるか?」
兄貴は急に真剣な目をしてオレに問う。オレは頷いて、頭に乗せた兄貴の手を振り払った。
「当然だろ。兄貴に勝ってオレが最強だって証明する。兄貴にも、他の奴にも、もうただの七光りのガキ扱いさせねえ」
オレの返答に兄貴は満足したように頷く。一瞬だけ目を伏せて、顔を上げた兄貴の目には
「……そっか。じゃあ俺も負けてられないな」
兄貴はふっと笑ってオレの頭に手を伸ばした。いつものガキ扱いとは少し違ったその表情と動作の意味をオレが知ることになるのは、何もかもが、もうどうしようもなくなってからのことだった。
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