第9話 届かぬ想い!アストVSカナヴィ!!

 オレ達は順調に本戦を突破して、ついに準決勝まで勝ち上がってきた。流石に本戦準決勝までくると観客も多くなるもので、オレは参加者だから関係者席を貰えたけど一般なら現地の席を取るのも難しいだろう。人でごった返す会場は周りに屋台も出ていて、さながらお祭りだ。

 オレが今日ここに来ているのには理由がある。今日の準決勝は兄貴とカナヴィにいちゃんの対決だからだ。オレは既に勝ち上がりが決定してるから、二人のうち勝った方がオレと戦うことになる。治安維持部隊ミトゥナ隊同士の、しかもアイドル的存在の二人の因縁の対決は大きな話題になるからか、去年の件を気にしてるのか、人がひしめく会場を掻き分けて、オレは指定された番号の没入棺コフィンに辿りつく。まだ試合開始まで時間はあるけど、流石に関係者は既に没入ダイブ・インしてる人もそこそこいるのか、周りの没入棺コフィンは蓋が閉まっているものもある。

 オレも早めに没入ダイブ・インしておこうかな。発動体ガジェットを翳して認証を済ませ、没入棺コフィンの蓋を閉じる。精神世界シェオル・フィールドにトリップするときの魂が根源ゲヘナの渦に引き寄せられる感覚は、根源ゲヘナからの距離が離れてるからいつもより軽めだ。

 今回は決闘シェオルじゃなくて観戦だから、オレは黒鎧の騎士じゃなくて白い僧服の青年の映身アバター没入ダイブ・インしている。観客達と決闘者ダイバーを隔てる結界の最前に位置取って、他の観客と押し合いながら試合開始を待っていると、今日の決闘者ダイバーである二人がほぼ同時に没入ダイブ・インしてくる。

 青地に白い蔓草模様のサーコートを着た黒髪の騎士と、赤い振袖を羽織った金髪の貴婦人の映身アバターだ。前者が兄貴で、後者がカナヴィにいちゃんなのは去年の実況で見て知っている。観客席との間の結界にカウントの表示が浮かぶ。3、2,1、決闘開始ダイブ・インだ。

 開始とほぼ同時、真っ白な精神世界シェオル・フィールドが一面の花畑に変化していく。カナヴィにいちゃんの舞台定義文フィールド・コマンド『狂い咲け百花』だろう。そして、花びらが静止して空が七色に煌くってことは兄貴の返しは『無窮水晶宮』かな。去年から変わってなければ、カナヴィ兄ちゃんの様式スタイル高速砕魂型ウォッシャーだ。基本近づかなければ戦いにならない近接堅牢型パラディンの兄貴は相当相性が悪い。なんて考えてたら、空中で制止した花びらが剣に形を変えてカナヴィにいちゃんに迫る。オレも使ってる『花嵐は空舞う星、星の光は全て刃』だ。この発動語コマンドはそもそも松柏のインヴァルネラブルアスト、兄貴の代名詞だったりする。

 対するカナヴィ兄ちゃんは『妙なる調べ、戦場に響く凱歌』で盾を手にして受け止める。流石に兄貴の代名詞になるような発動語コマンドは対策されているようだ。カナヴィにいちゃんは続けて『揺れる妖花は写し鏡、愛する者は何処』を発動コール。更に重ねて『其の目に映すはルナ、此処は砕心の揺籠』まで発動コール――奥義ラストワードだ。高速型の名に恥じない展開速度から畳みかけて《奥義発動》まで持ってくあたり、カナヴィにいちゃんも砕心シャター・ハートの称号は伊達じゃないんだろう。

「はは、焦ってるのか? カナヴィ。カワイイな」

「はっ、お前が遅漏なだけだろ、アスト。お前にも弟くんにも勝つのは俺だ」

 二人の会話は客席には聞こえていない。オレは盗聴用の魔道をあらかじめ二人にしこんどいたから聞こえてるけど。兄貴はどちらかといえば早めなんだけど、そんなことカナヴィ兄ちゃんは知らないから、オレはちょっとだけ優越感。というか、兄貴は今モロに精神攻撃を受けているはずなのに態度が変わらな過ぎて怖い。足元の花を踏み躙りながらカナヴィにいちゃんに近づき、発動語コマンド発動コールする。兄貴のメインウェポン『我は世界を断つ者、抱きしめる腕は持たねども』だ。観客が湧きたつのが聞こえる。思考の速度で右腕を付け根から剣に換装した兄貴がカナヴィにいちゃんに迫り。神速の一閃が貴婦人の髪を数束はらりと散らした。発動コール順は兄貴が先。無詠唱で『残影の疾風、首断ちの颶風』を発動コール、瞬間移動してみせる。思考トリガーでも『残影の疾風、首断ちの颶風』を見てから反応してたらあの距離では間に合わないからおそらくカナヴィにいちゃんは来ることを読んだうえで思考加速の『心幽か、空蝉の秘法』あたりを無詠唱で使って回避に移ったのだろう。

「あっぶねえ。容赦ないなぁ、アスト。お前の手の内は誰より一番俺がよく知ってるとはいえ、これはちょっとひやっとしたよ」

「当然だろ、カナヴィ。お前が相手だからこそ本気でぶつかれるんだから」

 二人の間の睦言めいたやりとりは正直、ちょっと妬ける。兄貴のことを一番よく知ってるのはオレだ……なんて、オレの憤懣は二人には届かず兄貴は二つ目の舞台定義文フィールド・コマンド発動コールする。花が色褪せ、銀に染まる。『朽ちざる銀鍵の庭』か。ここで切ってくるには何かしらの理由があるんだろう。それは、すぐにわかった。『刃鳴火花、清めの焔』を発動したから。本来なら構成素に刃を含むのは『我は世界を断つ者、抱きしめる腕は持たねども』だけだが、『朽ちざる銀鍵の庭』でフィールド中の構成素に刃が定義されている。その状態で、『刃鳴火花、清めの焔』なんて使ったら――当然、大爆発が起きる。構成素が飽和状態じゃなきゃ、決闘者ダイバーと観客を隔てる結界がビリビリ揺れるほどの爆発なんてふつうは起きない。決闘シェオルのルールを知り尽くした治安維持部隊ミトゥナ隊だからこその発動語コマンドチョイスだ。爆風が巻き上げた土煙が落ち着き、そろそろ定義崩壊ブレイクが近そうな見た目のカナヴィにいちゃんと、バックファイアを受けてはいるがまだ余裕そうな兄貴が姿を現す。多分、兄貴は『咲き誇れ妖花、零れ落ちる雫すら捉え』で、自分とカナヴィにいちゃんの負った傷から洩れる魔力の何割かを吸収したのだろう。

「アスト、てめっ……市民の模範になるような決闘シェオルはどこいった! こんなの反則スレスレだぞ!」

「お綺麗なお題目より、観客が湧く試合運びの方が重要じゃないかなぁ。だからお前はいつまで経っても俺に勝てないんだよ、カナヴィ」

 兄貴の映身アバターは艶然と微笑んで手招く。なかなかに煽るなぁ。当然、カナヴィにいちゃんも黙ってられなくて兄貴から距離をとり、代名詞にもなってる『星堕とし、心砕けよ銀月』を発動コールする。きらきらと降り注ぐ銀の粉はその実、幻覚成分の猛毒だ。まともにくらえば勝負が決するはず、なんだけど。

「だめだぜカナヴィ。冷静さを失った奴から負けていくってずっと言われてるだろ」

 兄貴は不敵に笑って指を鳴らす。あの感じじゃ発動コールしたのは『返しの凶つ風、人を呪わば穴二つ』とかだろう。精神攻撃系の発動語コマンドに限定されるが、自分が受けたのと同じだけのダメージを相手に返す発動語コマンドだ。カナヴィにいちゃんの映身アバターがたたらを踏み、顔を上げ。笑い出す。

「……ふ、ははっ。あははははははっ! さっきからおかしいと思ってたんだ。なあ、アスト。お前、?」

「おかしなことを言うなぁ、カナヴィ。俺がダメージを受けてないように見えるのか?」

 兄貴の言葉に、カナヴィにいちゃんは心の底からおかしいというように顔を覆って笑い始める。観客席からでもわかる、異様な空気が辺りに漂っていた。カナヴィにいちゃんはひとしきり笑うと、悲し気に顔を歪め、残念だ。と呟く。それから、兄貴を指さして一言。

「アスト……お前さぁ、目が合ったんじゃないか?根源ゲヘナの向こうから覗くものに。あの、」

 続く言葉が紡がれるより前に、勝負は決した。兄貴の『爆ぜよ影、咎追え刃』が決まったから。兄貴は観客の方に手を振って応えている。たまたま聞いてしまったオレ以外の観客は何も知らずに兄貴に声援を送る。根源ゲヘナの向こうから覗くものってなんだ? 根源ゲヘナの向こうは観測不能領域じゃなかったのか? オレの疑問に答えてくれる人は誰もいないまま、退出時間が来てオレの魂は体に引き寄せられていく。根源ゲヘナの渦を凝視しても、何も答えは出そうになかった。

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