第7話 死闘!黄金巨壁ミダース!!

 それからオレは順調に勝って、勝って、勝ち続けて。ついに予選最終戦、6回戦まで勝ち上がった。予選最後の対戦相手は黄金巨壁アブソリュートミダース。オレが苦手とする重装型の相手だ。兄貴に泣きつけば対策の一つや二つ、簡単に教えてもらえそうだけどオレはオレのプライドにかけてそんなことはできない。『約束』もあるしな。そういうわけでオレはこの3日間、重装型対策を考えに考えたうえで大会会場に向かっている。

 でも、まあ。大会中の様式スタイルの変更は禁止だけど発動語コマンドの構成変更は自由だから、変更してくることも考えられる。研究はほとんど意味がない。もうなるようになれって感じだ。でも今回の会場は予選最終戦ということもあってかなり広い。し、そこそこ人も入っている。下手な試合をして恥をかくわけにはいかない。

 会場に入って一息つけば、あと5分で試合開始だ。心臓が高鳴る。これが、晴れ舞台かぁ。この大会中に、オレが兄貴の弟だってことは所謂公然の秘密になっていたので、アンダーグラウンドの賭けでは注目枠って感じだったし、兄貴との『約束』のためにもこの一戦は絶対に落とせない。そんな想いを抱えつつ没入ダイブ・インする。

 魂が根源ゲヘナの渦に引き寄せられるいつもの浮遊感。目の眩むような白い闇を越えて、精神世界シェオル・フィールドにオレは降り立つ。対するは金髪の美丈夫だ。あれが、黄金巨壁アブソリュートミダースか。フィールドの外には観客の映身アバターがひしめいているのが見える。晴れ舞台だ。オレの。みんな兄貴じゃなくオレを見てる。絶対に、勝つ。

発動コール!『うぞろ夕闇時計塔』」

 舞台定義文フィールド・コマンド発動はオレだけ。影の長く伸びる夕闇が精神世界シェオル・フィールドを覆っていく。フィールドの端に時計塔が聳え立ち、石畳めいた広場が足元に展開される。どうやらミダースの方はオレの出方を伺う構えらしい。それなら、最速でキメてブレイクさせやる。

発動コール!『影は万物巡り、悪意は其を覗く』」

 発動コールすると同時、長く伸びた影がミダースの影に触れる。前に使った『影は万物巡り、根源は其を覗く』は公式大会では禁呪だから、少し改変して公式大会にも対応する形にしたものだ。その分ダメージも落ちたけど、重装型の守りを崩すのに、正面から殴るのは悪手だ。精神攻撃寄りの札を切って反応を見る必要がある。

発動コール。『我は絶対者、瑕疵なき魂』」

 悪意をぶつけられて崩れ始めていたミダースの映身アバターが高速で修復していく。重装型は重装型でも、重装不死型レヴァナントか。一番苦手な相手だ。回復力の高い重装不死型レヴァナントは他の重装型と違って、少なめのダメージと手数で圧し切ろうにも削り勝ちが狙えない。その代わり、防御力はそこまで高くないから物理で殴りぬくこともできるだろう。

発動コール。『枯渇世界、血啜れよ亡霊』」

 雷鳴のような低い声がフィールドをビリビリと揺らす。足元の影からじわじわと魔力が吸われていく感覚。攻防一体、吸収型の発動語コマンドか。ほんっとうに、相性が悪い。ならばオレが次に切るべき札は。一気に駆け抜けてミダースに近寄る。影から離れれば『枯渇世界、血啜れよ亡霊』の影響は受けないはずだ。

発動コール!『我は鞘、臓腑貫き生え出でよ刃』」

 ちょっと遠い分いつもより長く、臓腑を貫いて刃が伸びる。いくらオレが高速範囲型コンジャラーといえど、自傷ダメージが入るタイプの発動語コマンドなら重装型相手でもダメージはそこそこ出るはずだ。とはいえ相手は重装不死型レヴァナント、生半可なダメージでは自傷ダメージ分不利になるから――次で決める。

発動コール!」

発動コール

 声はほぼ同時。この分だと発動順は発動語コマンドごとの発動スピードによって変わってくるだろう。それなら、高速範囲型の俺に分がある。

「『吹き荒れろ血嵐、爆ぜよ我が刃』」

「『戦場に響く凱歌、不朽の黄金巨壁』」

 黄金巨壁はミダースの称号、ということは称号に紐づいた奥義ラストワードの発動がくる。ここで奥義ラストワードを切ってきたか。でも。僅かな差で血嵐が壁の内側に入り込み、爆発する。本来はオレも爆風で吹っ飛ぶはずなんだけど、ミダースの展開した壁によってむしろ爆発の勢いは削がれている。そして、壁で刃が遮られるということは、あの壁の内側は乱反射する刃で酷いことになってるはずだ。

「やるな……だが」

 血嵐が止む。ズタズタに裂けた映身アバターのミダースが不敵に笑い、オレを指さす。奥義ラストワードってことはただの防御系発動語コマンドではないはずだ。だいたいそんな無策で奥義ラストワードを発動するわけがない。身構えたオレの体に、不意に痛みが――あくまで魂が感じた錯覚の痛みが、走る。

「これは、まさか……」

「そうとも。傷は返させてもらったよ」

 ミダースの笑い声が響く。ダメージ総量的には自傷ダメージを受けてる分こちらが不利か。判定勝ちに持ち込むのも厳しいだろう。それなら。こちらも奥義ラストワードを切るまでだ。ミダースがまだ一つも舞台定義文フィールド・コマンドを切ってないことが気になるけど、まずはフィールドを整える。

発動コール!『桜花絶唱』」

 自分の発動した舞台定義文フィールド・コマンド同士は干渉せず上書きされるから、世界は夕闇の赤紫から夜の帳の深い紺へと塗り替わる。星が瞬き、桜の花びらが舞った。しんしんと降り積もる花びらと静寂、オレの心象世界。観客の喧噪も遠く、ミダースは小さく感嘆の溜息を洩らす。

「ほう、うつくしいな」

「だろ。でも、まだこれからだ。とびっきりの一撃をくれてやるよ」

 オレは不敵に笑って、一歩下がる。さあこれから発動語コマンド発動コールするぞってタイミングでミダースが指を鳴らした。ぱちん、と小気味良い音が響いて、空が翳る。星の光を遮るように、雨が降り出した。桜の花を落すように雨足がどんどん強くなっていく。冷たい雨が肌を濡らし、足元には桜の花びらの浮いた水たまりができる。動作を条件にした舞台定義文フィールド・コマンド発動コールか。オレの発動語コマンドを『花嵐は空舞う星、星の光は全て刃』と読んでの行動だろう。だけど、むしろ。好都合だ。

発動コール!『妖花は散れども、水鏡に映るは常緑樹』」

 オレを中心に、水面に落ちた桜の花びらが舞い上がる。くるりと反転する花びらは緑の葉になり。風が吹く。揺れる水たまりに映る背後の大樹に生い茂るのは青々とした葉。舞い上がった葉が再び水たまりに落ちる頃には、オレの映身アバターの鎧についた傷はつるりと消えていた。

 無論、奥義ラストワードの効果はオレの傷を埋めるだけではない。ミダースが膝をつく。オレの奥義ラストワードはフィールドによって効果が変わる変則型だが、今回のフィールドの構成素なら発生する効果は簡単。吸精だ。オレの傷を塞ぐための魔力はミダースから奪ったものになる。

「ふ、君の方が一枚上手だったということか……降参するよ。見事だった」

 ミダースが自嘲気味に笑い、両手を上げる。魔力切れを待たず、投了を申し出たということだ。「YOU WIN!!」の表示を無視して、オレはミダースの方に寄っていく。

「そっちこそ。奥義の切り方とか、すっごくカッコ良かった。正直、次は勝てそうにないや」

「それは光栄だ。本戦も頑張れよ、少年」

 オレとミダースは握手を交わし、接続を解除する。魂が体に引き寄せられる嫌な浮遊感、もうすっかりなれたそれに身を任せて、オレは現実の没入棺コフィンの中で目を開けた。

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