第6話 思考毒!ヘンルーダの最悪の一日!?
頭が痛いし重いしなんかフラフラする。
「あつい……」
前髪が貼りついてべたべたする。ぞわぞわした不快感と鬱陶しさ。だけど体が怠くて掻き上げるのも面倒だ。これじゃまるで、本当に風邪だなぁ。ぼんやりする意識の片隅でそんなことを考えていたんだけど。そういえば、
あの時、兄貴が『苦痛に耐えられぬ時使うがいい』なんて冗談めかして渡してきた魂を経由して体に作用する種のドラッグアプリ。痛み止めか修復剤の類いだと思ってたんだけど。
「兄貴……まさか一服盛りやがったな?」
枕元に置いといた
「生殺し、ってやつか……」
はぁ、とため息にしては熱く濡れた息を吐いて、オレは頭を振る。視界は妙にキラキラと色づいているし、このぞわぞわ感も、快感だと気づいてしまったらもうダメだった。
「っ、ぅ……」
立ち上がっただけで、肌に擦れる布の感触で洩れる声を噛み殺す。兄貴、何考えてんだよ本当に。ムカつくしムラつく。最悪だ。
やっとの思いで昼飯を食って、兄貴が帰ってくるのを待つ。じりじりと理性が焼け落ちていく感覚にをひたすら耐えた。視界に映るものという物の輪郭が溶けて、虹色にきらきらするから鬱陶しくて目を閉じる。目を閉じたら閉じたで、瞼の裏側で渦巻く暗闇すらうぞうぞと形を変える気配がして、オレは本日何度目かにため息をついて机に突っ伏した。ひんやりと冷たい机が熱をもった肌に触れて変な意味じゃなく気持ちいい。
こうして、オレが時々悶えながら窓から射し込む夕日に目を焼かれていると、外から足音が聞こえてくる。とんとんと少し早足の規則正しいその足音は、間違いなく兄貴のものだ。飼い主を玄関で迎えるペットの気持ちになりながら、重たい体を引きずって玄関に向かう。
「ただいま、ルー」
ドアが開いた。満面の笑みを浮かべた兄貴が玄関の戸を背に立っている。正直、抑えが効かなくなるかと思った。というのも、今の俺にとっては腹が減ってる動物の前に餌をぶら下げられてるのに等しいので。
「あにき、つらい。しんどい。たすけて。くそ、さいあく。ばか」
抱きついて肩口に頭をぐりぐりと押しつけながらオレは悪態をつく。クソ兄貴許せねえとは思うのに体はこの熱の解放を優先するものだから、心と体がぐちゃぐちゃになって、涙まで出てきた。
「ははっ、犬みたいだな」
兄貴が鼻で笑ってオレを抱えると部屋に向かって歩き出す。揺れるたびに擦れる布地の感触と密着することで感じるいつもの兄貴の香水の匂い。たまらず、オレは自分の手の甲に噛みついて喘ぎ声を堪えた。兄貴の思い通りになるのは癪だ。
兄貴はベッドにオレを投げ込んで自分は部屋着に着替えると、ベッドの縁に腰かけた。
「それで、今どんな気分だ。ヘンルーダ」
「クソ兄貴今すぐ啼かせたいと思ってる」
ぼやけて焦点の定まらない目で睨みつけたら、顎を掴まれた。「その表情、そそる~」なんて言われたから手をはたき落とす。じ、とこちらを見つめてくる兄貴の目の奥にも欲が渦巻いてて、少しだけ優越感。
「クスリ盛ったこと、後悔させてやる」
「やれるもんならどうぞ。来いよ」
許しが出たから、首に腕を絡めて引き倒す。そのまま近づいて来る唇に噛みつくようにキスをして。毎度目ぇ閉じろっつってんのに閉じない兄貴の鮮やかなグリーンの目に映るオレの目もお揃いの色だ。旧い時代、鮮やかな緑色は毒からできてたって話があるけどあれは本当だと思う。吸い込まれそうな緑の瞳を覗き込んでいると、オレと兄貴の境目が朧になっていく感覚がするから。
キスの作法も、キスをしながら部屋着の内側を這わせる手がどこを擽ればいいのかも、脱がせるタイミングも、そこから先も。全部、全部兄貴が教えてくれたことだ。なんだかいいように調教された気はしないでもないけど。
でも、だから。そこから脱却したいと思うのは当然の帰結で。オレは兄貴に馬乗りになって首に手をかける。
「兄貴、だーい好き」
なんて耳元で甘く囁きながらぎりぎりと強く首を絞める。服越しに腰を押し付けて揺らしながら緩急をつけて首を絞めれば、手の中で熱のようにどくどくと兄貴の首が脈打つ感触を楽しめた。
「ずっとこうしてやりたかった。本当だぜ?オレは兄貴のことが大好きな弟だから。兄貴のこれからと終わりくらいは手の中に収めたいと思うんだ」
思考毒に侵されて熱に浮かされた唇からは譫言みたいな言葉が零れ落ちるばかりだ。もしかしたらそれは、睦言だったのかもしれないけど。
「ルー……」
兄貴の手が頬を滑る。輪郭をなぞるように撫でる手が冷たくて気持ち良かった。喉を潰されたまま掠れた声で、兄貴は囁く。
「なんだ。その程度か」
心底つまらなそうな、温度のない声。さっきまでの苦し気な表情はどこへやら。兄貴はオレをどかして、逆にオレの腰にまたがる。
「せっかくクスリまで盛ったのに、自分だけ気持ちよくなろうとするなんて良くないな、ルー。とってもよくない。だから、お兄ちゃんがもう少しだけ素直になれる力を貸してやろう」
頬に添えられた兄貴の手が額に滑る。低く、低く、聞いたことのない響きで兄貴が囁くのは、
それって犯罪じゃん、とか言う前に兄貴が手をどかし、ふっと微笑む。オレの中で何かが切れる音がして、視界が明滅した。
それからのことはあまり覚えていない。断片的な記憶は兄貴に振るう暴力と、暴力めいた凌辱が大半を占めていて。
「いやー、ケダモノみたいに腰振るお前もかわいかったよ。ルー。どうだった?マンネリ打破できた?」
「……最悪」
クスリも抜けた翌朝。オレはどうにも釈然としない気持ちのまま、全身痕まみれでひどいことになってる兄貴を見遣る。オレもこの感じじゃ筋肉痛になりそうだ。クソっ。
あ、感度増強された状態で食った昼飯はいつも以上に旨かったです。
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