第5話 1回戦!VS魔女ポーラステロ!!

 そして迎えた大会初日。オレは眠い目を擦って1回戦の会場に向かっていた。首都の地下に張り巡らされた地下魔列車を乗り継いで、会場の最寄り駅に到着する。兄貴は別の場所で同時に行われる試合の警備に配属されてるから今回は応援無しだ、と思ったんだけど。手を振りながら走ってくる姿が一つ。見慣れた茶髪のその人は。

「よっすー。弟くん元気~? あんまり眠れなかったって感じの顔だけど緊張してたのかな?」

 今日は治安維持部隊ミトゥナ隊の制服に身を包んでびしっとキメてるカナヴィにいちゃんがニコニコしながらオレを眺めた。なんだよ、その『弟くんも案外かわいいとこあるじゃん?』みたいな生暖かい視線。

「アストから今日の配属先変わってくれって急に頼まれたのはこういうことだったんだ。あいつやっぱブラコン~」

 いや、断ったのかよ。とはいえ、オレも文句言える立場じゃないし。というかカナヴィにいちゃんにも兄貴にも応援に来てほしくないといえば来てほしくない。オレも結構複雑なのだ。そんなこと言えばまた『思春期だな~』とか言われること請け合いだから、オレは黙って横を通り抜ける。

「頑張ってな~」

 ひらひらと手を振るカナヴィにいちゃんを背に、オレは会場に足を踏み入れる。とはいえ、待ってるのは熱狂のスタジアムとかではない。予選第1回戦なんてそんなものだし、そもそも魔道式精神遊離決闘シェオルは旧時代のスポーツのように観客も選手も生身で実際の会場に赴くわけではない。既に座標が固定された状態で並ぶ観客用の没入棺ダイブ・コフィンも空いているものばかりだ。オレは蓋が開いたままの観客用の没入棺ダイブ・コフィンが並ぶ会場を通り抜けて、選手室の扉を潜る。

 選手室はシンプルで、最低限の机と椅子、連絡用のモニターとロッカーの他は選手用の没入棺ダイブ・コフィンがあるだけだ。会場入りの指定時間的に、壁一枚隔てた向こう側には既に今日の対戦相手がいるんだろう。多分。今日の対戦相手は魔女メイガスポーラステロ。実際に女かは知らないが、前回大会の予選を突破しているそれなりの強豪だ。

 没入ダイブ・インまでの暇な時間、手慰みに発動体ガジェットから舞台定義文フィールド・コマンドをいじっているとモニターに準備を促す表示が灯る。上着を脱いで没入棺ダイブ・コフィンに腰かける。自動で蓋が閉じ、内側に明かりが灯る。右手側のスペースに発動体ガジェットをスキャンして認証すれば、没入ダイブ・イン完了だ。

 魂が根源ゲヘナに引き寄せられる一瞬の浮遊感に目を閉じて、開けば。真っ白な精神世界シェオル・フィールドが目の前いっぱいに広がっている。中心に渦巻く根源ゲヘナを挟んだ向こう側に黒いローブを纏ったたおやかな女性が降り立つのが見えた。あれが魔女メイガス、ポーラステロかぁ。なんて感慨にふける間もなくカウントが始まる。3,2,1,ダイブ・イン!!表示を見た瞬間には体は動いて、デッキから舞台定義文フィールド・コマンド発動コールしようとする。相手の方が一瞬早かった。弦楽器のような美しい響きの声が高らかに舞台定義文フィールド・コマンドを唄い上げる。

「『佇むものなし無名都市』」

 精神世界シェオル・フィールドが昏い石造りの都市へと塗り替わっていく。『桜花絶唱』で塗り替えるのは難しいフィールドだ。オレの発動コールを待たず、ポーラステロは続けて発動語コマンド発動コールする。

「『我は其の写し鏡、敬愛する者は何処』」

 聞えてきたのは賭け魔道式精神遊離決闘シェオルでもよく聞く発動語コマンド。げぇ、よりにもよって初戦から砕魂者ブレイカーかよ。なんて舌打ちしてる間にもポーラステロの映身アバターがゆらぎ、形を変えていく。オレの見知った姿に。これは、兄貴だ。

「うん、まあ俺になるよなぁ。ルーはお兄ちゃんが大好きだもんな」

 何も、ポーラステロが兄貴に変身したんじゃない。魂による干渉の結果、俺にだけそう見えてるだけだ。聞こえてくる声もポーラステロが喋ったことを俺がそういう風に認識してるだけ、ただそれだけなんだってわかってはいるんだけど。

「やりづれえ!!」

 叫んで無名都市を踏みしめて跳ぶ、そのまま発動語コマンド発動コール

発動コール!『我が身は薔薇、其の血を啜る赤茨』」

 伸ばした腕が赤い茨に変化してポーラステロの首に巻き付く。ぐ、と力を入れて引けば兄貴、じゃなかった。ポーラステロの体がフィールドの中心に佇む根源ゲヘナの渦に引き寄せられる。このまま根源ゲヘナに触れたことによる定義崩壊ブレイクを狙ってもいいんだけど。まさか首絞められてるときの表情まで再現されてるんだ。仄暗い興奮。オレの記憶の兄貴を写してるから当然ではあるんだけどね。なんて考えてると、藻掻くポーラステロが唇を開く。

発動コール『其の目を映すはルナ、此処は蠱毒の壺』」

 にぃ、と兄貴が。違う。兄貴じゃない。ポーラステロが悠然と微笑んだ。目と目が合う。いつもは鮮やかな緑の、オレとお揃いの瞳の色が今はルナの赤に染まっている。

「ヘンルーダ、お前が戦う必要は本当にあるのか?」

 やめろ、オレを暴くな。兄貴の顔で、兄貴の微笑みで、兄貴の声でオレを苛むな。幻聴だとわかっていても俺を蔑むその顔は兄貴がするものと同じで。違う。兄貴はオレを蔑んだりしない。時々怒られることはあっても、オレと兄貴は対等な、そう。対等な兄弟なんだから。――そうだっけ?

 記憶のつまった小さな箱をこじ開けて中身を引っ張り出されるような頭痛。思い出したのは、体を引き裂かれるような痛み。抑えつけられた脚が、縛られた腕が軋む感覚。兄貴は微笑んで、ずっとオレに何かを語り掛けてたっけ。あれ?

 

 不意に思い出した情報のせいか、定義崩壊を起こしかけてさらさらと崩れていく映身アバターに意識して魔力を回す。

「可哀想なヘンルーダ。俺に愛されてると思いたいんだな」

 うるさい。崩れかけた足で跳び上がって一転して憐れむような表情を浮かべる兄貴の傍に着地する。両手を広げる兄貴の……こいつ、兄貴じゃないんだっけ。じゃあ、殺していいや。精神干渉系の発動語コマンドの余波でぐらぐらと揺れて思考が定まらない。とにかく。オレは目の前の鬱陶しいこれを殺す必要があったから。

発動コール『我は鞘、臓腑貫き生え出でよ刃』」

 低く囁いて茨を引き、兄貴の偽物を抱きすくめる。オレの腹を貫いて生える刃が過たずポーラステロの映身アバターの心の臓を貫いた。ポーラステロの幻術が解けていく。

常盤木エバーグリーン、大したものね。私の発動語コマンドを打ち破るなんて……」

 感嘆の声を洩らし、ポーラステロは膝をつく。

 勝負は決した。

「YOU WIN!!」の表示を背に、オレは接続を解除する。魂が肉体に引き寄せられて戻る瞬間のあの嫌な浮遊感の後、目を開けたオレは。

「いってぇ!!」

 フィードバックの影響で感じる頭痛にしばらく悶えたあと、没入棺コフィンの蓋をこじ開けたのだった。

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