第4話 太陽と月!アスト&カナヴィ!!

「なんでだよ!? 兄貴、あんなに楽しそうに魔道式精神遊離決闘シェオルしてたじゃん!」

 いきなりヘラヘラ笑いながら大会棄権を言い出した兄貴を、当然オレは認められるはずもなくて。ずいっと顔を寄せて食ってかかる。オレがそもそも魔道式精神遊離決闘シェオルを始めたのだって、兄貴と一緒に戦いたいからだ。

「うーん、それなんだけど……飽きた、とか?」

 兄貴は困ったように笑って頬を掻く。とか、ってなんだよ。さも言ってみただけっぽい空気を醸し出しながら、それでも兄貴は頑なに大会には出ないと言い張る。絶対、絶対、何か理由があるはずなんだ。兄貴ほどの奴が魔道式精神遊離決闘シェオルから離れようとする理由が。治安維持部隊ミトゥナ隊の面々なら何か知ってるかな。正直、あまり切りたくない切り札ではある。でもこのまま兄貴が大会を棄権するのはもっと嫌だ。兄貴は最強の、英雄なんだから。

「カナヴィにいちゃんに連絡する。兄貴が答えないって言うなら他の人から聞くからいい」

 ぷいっとそっぽを向いて、兄貴の横をすり抜けて部屋へ向かった。

 正直、あまり切りたくない切り札ってのは、このカナヴィにいちゃんのことだ。秘密主義の強い治安維持部隊ミトゥナ隊の知り合いなんて普通あんまりいないから、兄貴の同期で何度かこの家にも遊びに来たカナヴィにいちゃんを頼るしかないんだけど、だけど。オレは実のところあの人のことが結構苦手だ。

 発動体ガジェットのアドレス帳を開いてタップ、コール3回で立体映像ホログラムが映り、手を振る青年が口を開いた。どうやら今日は非番らしい。

「よっ、誰かと思えば弟くんじゃん。さっきのことで俺に苦情でも言いに来たの? ごめんね~。アストにはこってり絞られた?」

 まったく悪びれた様子もなく捲し立てるカナヴィにいちゃんにため息を一つ。小さく頷いて大変だったんだけど、なんて恨み言を呟けば爆笑が返ってきた。オレと兄貴の関係は知らないはずだから、さっきまで兄貴の靴舐めてたって言ったらカナヴィにいちゃんはどんな顔するんだろうと思う。ちょっぴり、優越感。

「それで、今日の相談事は何かな~? あ、まって。当てるから……うーん、その顔は、アストのことでしょ。どう、当たってる?」

 あいつも弟くんに心配されるようじゃまだまだだなぁ……なんて訳知り顔で頷く姿に、兄貴のことなんて何にも知らないくせに、って呟きたくなる気持ちを堪えてオレは話を切り出す。

「単刀直入に聞くけど。カナヴィにいちゃん、兄貴が魔道式精神遊離決闘シェオルの大会を棄権する理由って知ってる?」

「あー、なるほどね。アストが棄権するなんて言い出した、と。一つあるとしたら去年の決勝の件かな……」

 カナヴィにいちゃんは言葉を濁して、オレを見遣る。去年の決勝は、兄貴とカナヴィにいちゃんが戦ったんだっけ。オレは、そうだ。たしか、前日に兄貴と大喧嘩して決勝を見に行かなかったんだ。去年の決勝、動画とか上がってないかな。あとで見ておこう。

「でも、あいつ昨日も散々俺に『ヘンルーダは今年エントリーするかなぁ』ってノロケてたから。多分一時的なものだと思うよ」

 オレの様子に思うところあったのか、カナヴィにいちゃんは下手な声真似つきのフォローを入れてくる。尚更不可解だ。兄貴は――オレから見た兄貴は、急に考えを変えるような男じゃない。オレのエントリーを気にしておきながら棄権を選ぶヒントは去年の決勝にある。それがわかっただけでも大収穫だ。

「うん、ありがと。カナヴィにいちゃん。オレ、兄貴を説得してみる」

「貸し一つってことで。あ、あと弟くん。最後に一つこれはミトゥナ隊としての俺から忠告。アストには勝とうとしない方がいい」

 カナヴィにいちゃんは抜け目なく貸しを一つ作って、意味深に目配せしてから手を振り通話を切った。やっぱ苦手だ、この人。立体映像ホログラムの消えた虚空にべーっと舌を出す。

 さて、問題の去年の決勝戦の動画は。発動体ガジェットで探し始めればすぐにヒットした。【第108回大会決勝】松柏のアストVS砕心のカナヴィ戦【ミトゥナ隊対決】、と書かれたそれを再生し始める。流石に国内大会の決勝戦だ、300万回も再生されているらしい。カナヴィにいちゃんの称号が『砕心』だなんて初めて知ったなぁと思いつつ、その動画を眺める。

 動画の前半は終始カナヴィにいちゃんのペースで進んでいた。砕心の称号に相応しい、精神攻撃系の発動語コマンドをメインにした性格の悪いデッキだ。しかし中盤、兄貴が発動コールした2つ目の舞台定義文フィールド・コマンドで状況は一変する。

 一瞬で画面がホワイトアウトして何も映らない時間が続いた。実況と審判ジャッジの困惑する声が数秒入ったあと、精神世界シェオル・フィールドに立っていたのは兄貴だけだった。膝をつくカナヴィにいちゃんが兄貴に何かを囁き、審判ジャッジが兄貴の勝利を告げる。明らかに異様な終わり方だった。当然、不正を疑う声やブーイングが精神世界シェオル・フィールドに響く。これ以上見ていられなくて、オレは動画を停止した。

「ヘンルーダ、そろそろご飯だからおいで」

 タイミングがいいのかわるいのか、兄貴の呼ぶ声が部屋の外からする。オレははぁいと返事をして発動体ガジェットを片手にリビングへと向かった。

「あのさ、兄貴」

 席について早々、オレは切り出す。妙に真剣な目をした兄貴がシチューを掬いかけたスプーンを置いてオレを見返す。返答を促すように兄貴はオレに手のひらを向けた。

「去年の決勝、あのとき何があったんだ?」

 単刀直入にそう聞けば、しばらくの沈黙のあと兄貴は軽蔑したか?と小さく問うた。オレは首を横に振って兄貴が答えてくれるのを待つ。

「いつかはバレると思ってたから別にいいけど、あの時起きたことに関しては俺には答えられない。また同じことが起きる可能性がある以上、俺はもう表の大会からは引退する。そうカナヴィと話し合ったんだけどな」

 カナヴィにいちゃんはそんな話してなかったぞ。非難を込めて睨めば兄貴は苦笑してまああいつは反対してたから、お前にそんな話するはずもないかと肩を竦める。

「お前にはちょっと嫌な話なるかもしれないけどさ、俺とカナヴィは治安維持部隊ミトゥナ隊では太陽と月とか呼ばれるような二大エースなんだ。今も。だからそれなりに制約も多いし……あいつだけはあの時起こったことの真実を知ってる」

 なんだよ、それ。眉間の皺を深めたオレを見て、兄貴はそういう顔するからお前には言えなかったんだよと苦笑しながら告げた。

「だってお前、結構あいつのこと嫌いだろ」

 図星だった。兄貴とカナヴィにいちゃんの間の同い年ゆえの気安さとか、オレには入り込めない空気とか、オレはそういうものが嫌いだ。渋い顔をするオレを見て兄貴は溜息をつく。

「とにかく、あの時のことについては俺に聞いてもあいつに聞いても無駄だし、俺はもう大会には出ない」

「オレが出るとしても?」

 兄貴は肩を竦めて、苦笑して、頭を掻いて、たっぷり2、3分は全身で『困ったなあ』を表現して、口を開いたり閉じたりしてから大きく溜息をついた。

「うーん、やっぱりそうなるよな……」

「そうなるも何も兄貴はこうなること、予想してただろ」

 お手上げです、って感じのポーズをとって兄貴はすっかり冷めてしまったシチューを掬う。わざとらしいその動作に舌打ちすると兄貴は首をひねってから頷いた。

「わかった。俺も棄権しないことにする。ただし、一つだけ条件がある。それは……」

 兄貴が囁いた条件にオレは目を見開く。

「いいよ。やってやろうじゃん」

 こうして、オレの国内大会出場が決まった。

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