第66話 合流

 街に戻って来たマリー達は、近くの家に隠れる。ソフィに抱えられたマリーは、まだ放心状態だった。


「マリー!! 大丈夫か!?」

「う、うん……」


 マリーは、かなり気が動転していた。目の前で助けようとしていた住人の皆が踏み潰されたのだから、無理もない。


「マリー!! アルさん!! リンさん!!」

「大丈夫ですの!?」


 コハクとリリーが、マリー達が入った家に飛び込んできた。マリー達が戻って来たのを見つけて駆けつけてきたのだ。放心状態のマリーの元にリリーが駆け寄って、手を握っている。どんな言葉を掛ければいいのか分からないために、手を握るしか出来なかった。


「ここにいたのか」

「うん。ドラゴンを見つけて、すぐにリリーと隠れたの。私達じゃ太刀打ち出来ないだろうから。それに、あのドラゴン達、全然街の中には入ってこないし」

「それは、本当なのか?」

「私も見ていましたけど、街の中には、一頭も降りて来ませんでした。一瞥もせず、真っ直ぐ街の外に目掛けて飛んでいましたの」

「なるほどな……狙いは、人というわけか。だから、より人が多い方へと向かっている。それも捕食するために……」


 アルは、コハクとリリーからの報告と自分が見たものからそう結論づけた。


「それが、一番に考えられることだね。これから、どうするつもりだい?」

「どうもなにも、俺達に出来る事はない。この災厄が、過ぎ去ってくれるのを待つだけだ」


 アルの言っている事は、今、戦っている騎士団を見捨てるといっているのと同じ事だ。一見冷たい判断に思えるが、自分達が行っても何も出来ないと分かっているからこその言葉だった。


「……」


 コハク達も同じように思っていたので、アルに対して何も言えない。マリーにいたっては、実際に自分の無力さを痛感したので、顔を俯かせる。


「セレナ達は、どこにいるんだ?」

「まだ見付かってないんだ。私達もドラゴンが現れたから、街全体を確認したわけじゃないんだけど」

「なら、街の中だけでも探した方が良いな。俺が行くから、マリーを頼めるか?」

「分かった。無理はしないように」

「ああ、分かってる」


 アルは、マリーをコハク達に任せてセレナ、アイリ、を探しに駆けだした。


 入り口にリンが立ち、外の様子を確認している。コハクとリリーは、ソフィに抱えられているマリーの傍にいた。リリーが手を繋いでくれているからか、先程よりもマリーの様子は楽になっているようには見えていた。


────────────────────────


 マリー達と別れたアルは、街中を駆け回り、セレナとアイリを探していた。今も空を飛んでいるドラゴンに見付からないように定期的に、民家の影などに入っているので、あまり進めてはいない。ここで見付かって、降りてこられるよりはマシだが、さすがのアルも焦れったくなっていた。


「くそ、どこにいる? コハク達と同じように、民家に入っているのか?」


 そう思ったアルは、時折、民家の中も確認しているのだが、二人の姿は無い。


「違うエリアの可能性が高くなったな。向こうに行ってみるか」


 アルは、進路を変更して、別のエリアに向けて駆け出す。その途中で、


「アルくん!」


 民家の傍から、アルを呼ぶ声が聞こえた。


「セレナか!?」


 アルが、声が聞こえた方に向かうと、セレナが顔を出していた。アルは、素早くセレナに近づく。


「アイリは一緒にいるか?」

「うん。中にいるよ」

「そうか。取り敢えず、中で話そう」

「うん」


 セレナの先導で民家の中に入る。中には、アイリが青い顔をしていたが、アルの姿を見て安心した様に息を吐いた。


「ここに避難していたんだな。街の入り口の方に、マリー達もいる。そっちに移動しよう?」

「外に出ても、大丈夫なの?」


 セレナは、ドラゴンの姿を思い出して、少し青い顔をしていた。セレナ達は、ドラゴン達の姿を見て、すぐに民家に隠れていた。


「民家の傍を移動すれば、空からでは、発見されにくいはずだ。実際、ここまで襲われなかったからな。仮に、奴らが襲い掛かってきたら、俺を置いて、街の入り口を目指せば良い」

「そんな事、出来るはずない!」


 自分を犠牲にしろというアルに、アイリが眉間を寄せて怒る。


「……マリー達と一緒に、街の住人を避難させるために、ドラゴンと戦った」


 アルが語り始めた内容に、セレナ達は息を呑む。


「結果、俺達の目の前で、住人の皆は亡くなった。マリーの魔法で、ドラゴンを倒せることは分かったが、そこまで乱発出来ないものだから、逃げに徹したというのに、その結果になった」


 アルは、簡潔にあったことを話した。セレナ達は、瞠目して何も話せなくなっている。


「分かるだろう? ドラゴンと戦うのは、現実的じゃなかったんだ。だからこそ、ドラゴンが降りてきたときには、誰かが足止めしないといけない。この中で適任は、俺だけだ。わかったら、行くぞ。一箇所に固まっている方が、お互い助け合って、生存確率も高くなる」

「分かった……でも、絶対に見捨てないから」

「はぁ……好きにしろ。絶対に離れるなよ」


 アルはそう言って、外に出る。その後をセレナ達が追う。なるべく空から見えない場所を通っているが、上空には、未だにドラゴンが飛び交っている。


「時々空からドラゴンが地上に落ちて行ってるけど、あれはどういうことなの?」


 アイリの視線の先で、飛んでいたドラゴンが地上に墜落していった。


「あれは、カーリー殿が戦闘しているんだ。上空で戦う事で、ドラゴンの気を引いている。だが、一人で引きつけられる量は限られている。地上に生きて降りてくるドラゴンは、運良く抜けられている個体だ」

「カーリー先生が、一人で!?」

「ああ、カーリー殿だから、出来ることだがな」


 慎重に移動していった結果、ドラゴンに見付かるという事もなく、目的地であるマリー達がいる民家に辿り着いた。


「皆!」

「セレナ、アイリ」


 セレナ達をコハクが出迎える。そして、セレナ達も来た事で、マリーも少し落ち着いていた。アルは、そんなマリー達を見てから、リンに近づく。


「状況はどうだ?」

「ここの付近は、相変わらずだね。敵は近くにはいないけど、遠くの方で騎士団が戦っている。父上達も、そこにいると思うよ」

「そうか。どうにか父上達が、討伐出来るといいんだがな」


 戦場では、グラスフリートとライネル率いる騎士団がドラゴンと戦っている。さすがの騎士団もドラゴンの群れが相手となると、一筋縄ではいかない。犠牲を払いながらも、健闘しているようだ。


「マリーは、大丈夫そうか?」

「精神的に消耗してるね。コハクさんとリリーさんが、一緒にいてくれるからか、少しずつ回復している感じはある。ソフィさんが抱えて走れるだろうから、ここから逃げ出すくらいは出来ると思う」

「そうか」


 二人は、マリー達に聞こえないように小さな声で話していた。


「それで、これからどうするの? 騎士団とカーリー先生がどうにかしてくれるのを、ここで待ってるの?」


 皆の無事も確認し終えたところで、セレナが、アルとリンに問いかけた。こういうときの経験値でいえば、二人が飛び抜けているはずだからだ。


「概ねは、そうだな。ただ騎士団が、どうにか出来ればだけどな」

「騎士団でも勝てないんですの?」

「本来の構成じゃないからな。よく戦えている方だ。だからこそ、隙を見て逃げ出す事も考えないといけない」

「騎士団を、お父さん達を見捨てるの?」

「最悪の場合にはな。俺達が考えるべきは、ドラゴンにどう勝つかじゃない。この場から、どうやって生き延びるかだ。今の俺達が救援に向かっても、足手まといでしかない。さっきも言ったが、俺達がドラゴンと戦うのは、現実的じゃない」


 アルは、覚悟を決めた顔でそう言った。皆もアルが覚悟を決めていることを察して、それ以上は言えなかった。


「取り敢えず、ここで様子見を……」


 アルが、その続きを口にしようとしたその時、街の入り口の方から大きな音がした。リンが、扉の隙間から確認する。


「ドラゴンが降りてきた」

「街の中なら、安全とはいかないか! 全員戦闘準備! 場合によっては、一戦交えることになる! マリー、戦えるか?」

「う、うん……」


 死の危険が迫っているのに、マリーの返事は歯切れが悪かった。


「マリー、しっかりしろ! ここで呆けていたら死ぬだけだぞ!」

「わ、分かってる! 大丈夫だから……」


 そう返事をするマリーの眼には、恐怖がありありと浮かんでいた。それを見て、アルは、今のマリーに戦闘は無理だと判断する。


「分かった。戦闘を避けよう。奴が通り過ぎるまで、ここで待機だ」

「私は……!!」

「無理だ。今のマリーに背中を預けることは出来ない。後ろで、ソフィと大人しくしていてくれ」

「……」


 アルの四の五の言わせない目に、マリーは反論出来なかった。そして、二人の尋常じゃない雰囲気に、周りの皆は何も口を挟めなかった。


「ソフィは、マリーを抱えておけ」

『かしこまりました』

「リンは、ドラゴンの動きを見ていてくれ」

「分かった」

「コハクは、裏口の様子を確認だ」

「うん」

「アイリとリリーは、マリーの傍で待機」

「分かった」

「分かりましたわ」

「セレナは、俺と来い」

「了解」


 アルは、皆に指示を出してから、民家の二階に向かう。その後を、セレナがついていく。


「ねぇ、マリーは良いの?」

「今のマリーは、恐怖に支配されている。ドラゴンとの戦闘になれば、身体が動かなくなる可能性が高い。それなら戦闘をせずに逃げる方法を探る方が良い」

「そういうこと。急に突き放すから驚いちゃった」

「マリーを見捨てることなんて出来ないからな。それより、窓の近くに行って、外を確認しろ。ただし、あまり姿をさらさないようにな」

「分かった」


 アルとセレナは、二階から、街中の状況を確認した。


「ドラゴンが、何匹か降りてきてるよ」

「正確な数は分かるか?」

「こっち側で確認出来るのは……四匹」

「こっちは、三匹だ。逃げ場は少なそうだな。降りるぞ」


 アル達が、降りてくるのと、コハクが戻ってくるのは、ほぼ同時だった。


「どうだった?」

「裏の方に、ドラゴンらしき影はないよ」

「二階から確認したが、すぐ近くにいるのは、あの一匹だけのようだ」

「そのドラゴンだけど、入り口から動こうとしない……いや、動き始めた。こっちに向かってる!」

「裏口に行くぞ。ソフィ、マリーを放すな」


 ソフィは頷きながら、マリーをしっかりと抱える。

 最初にコハク、セレナ、リンが出て行き、その後にマリーを抱えたソフィ、アイリ、リリーが続いて行く。アルは、入り口の方を見ておき、全員がいなくなったタイミングで外に出た。

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