第67話 逃走

 外に出たマリー達は、ドラゴンに見付からないように移動しようとする。しかし、そうもいかなくなった。

 先程まで、マリー達がいた民家をドラゴンが壊して進んできたのだ。


「そっちに隠れろ」


 アルは、ドラゴンからそこまで離れていない場所を指さす。コハク達は、すぐにそこまで移動した。


「こんな近くで、大丈夫なの?」

「今、大きく移動すれば、目立つ。何とかやり過ごすしかない」


 ドラゴンは、民家を徹底的に破壊しながら匂いを嗅いでいた。


(ちっ! マリーがこの調子じゃ、あの分解する光を当てる事など出来ないだろう。だが、あいつに見付かるのは時間の問題だ。どうするか……)


 アルは、内心の焦りを顔に出さないようにしていた。


「アル、こっちに通路があった」

「分かった。リンが先導してくれ。俺が最後についていく」


 アル達が、リンが見つけた通路を進んで行く。その間、ドラゴンは民家から移動はしなかった。民家を徹底的に破壊している。


「ここから、どうやって逃げる?」


 コハクは、少しだけ顔を強張らせながらそう訊いた。


「そうだな……取り敢えず、街から出る事が先決だろう。ドラゴンを避けて行くぞ」

「いや……避けて!」


 先に進んでいたリンが、ついてきていたコハクを飛びついて、強引にその場から退避させる。そして、さっきまで二人がいた場所を、大きな火球が取り過ぎていった。

 それと同時に、ドラゴンの咆哮が響き渡る。


「気付かれたか! 走れ!!」


 一匹のドラゴンの咆哮により、他のドラゴン達もアル達に気が付く。


「まずい! 早く行け!! 『魔剣術・大津波おおつなみ』!!」


 アルが生み出した大量の水が大きな波となり、ドラゴン達を押し戻していく。だが、ドラゴンの質量から、大きく流される事はない。


「その場しのぎだ! 早く逃げるぞ!」


 アルの指示に従って、コハク達が走り出す。そんな中、リンが後ろに振り返り、弓を引き絞る。


「『魔弓術・大氷河だいひょうが』」


 リンが放った矢が、アルの大津波毎ドラゴンを凍り付かせる。


「これで、もう少しだけ稼げるはずだよ!」

「助かる! 行くぞ!」


 アル達は、街の入り口とは別の方向に走っていた。


「壁を破壊して脱出するぞ」

「分かった! 『貫通ペネトレーション台風タイフーン』!!」


 セレナが新技を使い、壁を大きく破壊した。飛距離と威力を向上させた暴嵐テンペストと違い、台風タイフーンは、攻撃範囲を拡大したものになっている。

 壁を破壊したアル達は、すぐに街から出て行く。


「父上達が、どこにいるか分かるか?」

「戦闘が行われているのは、向こうの方ですわ! でも、その間には、大量のドラゴンが……」

「合流は難しいか……俺達は急いで逃げるぞ。周辺の街に応援を要請する」


 アル達は、戦闘が行われている方に背を向けて、逃げだそうとした。しかし、その目の前に三頭のドラゴンが着陸する。


「あ……」

「ひっ……」


 マリーとリリーが、恐怖で固まる。


「くそっ!」


 即座に、アルが前に出る。


「『魔剣術・爆炎ばくえん』!」


 噛み付こうとしていたドラゴンの目の前で爆発が起き、一瞬だけ怯む。


「『魔弓術・氷波ひょうは』!」


 すかさず、リンが放った魔弓術で、さらに動きが止まる。


「『抜刀術・紫電一閃』」


 ドラゴンの足下に縮地で移動したコハクが抜刀術でドラゴンの首に大きな傷を与える。


「はい!!」


 大きく抉れた場所にリリーがすかさず、鞭を叩き込む。鞭が当たった場所に魔力波が生まれ、首の骨が折れた。コハクが作った傷口に、大量の魔力を注ぎ込んだ魔力波を打ち込んだので、直接骨に影響したのだ。だが、それでもまだドラゴンは生きている。


「『超重力ブラックホール』」


 一頭に大きなダメージを与えたとはいえ、まだ二頭残っている。その二頭をアイリが足止めする。


「『剣舞ソードダンス十重奏デクテット』『剣唄ソードソング交響曲シンフォニー』!」


 アイリのおかげで、ドラゴン達の動きが鈍った瞬間を狙って、マリーが交響曲を撃ち込む。もう一体は、アルとコハクで、完全に首を断っていた。


「はぁ……はぁ……」


 魔力を大量に失ったからという理由だけでなく、マリーの呼吸は荒くなっていた。ドラゴンとの戦闘は、先程の住人達の死を思い出させる。それは、マリーにとって、トラウマに近いものになっていた。


『主様』

「大丈夫……」


 マリーは、ソフィに寄りかかりながら返事をする。ソフィは、そんなマリーを抱き上げて、いつでも動けるように準備した。


「全員無事か?」

「怪我なし。でも、マリーさんの虎の子を使ったから、次は勝てるか分からないよ」

「ああ、分かっている。マリー、よくやってくれた」

「うん……」


 マリーは、青い顔をしながら返事をする。精神的な消耗に加えて、魔力の消耗が激しすぎた。


(マリーを甘く見ていたと思ったが、今の一撃で一杯一杯か。やはり、戦闘は避けるべきだな)


 マリーの状態から、アルはそう判断する。


「森の中に入り、上空から身を隠すぞ」


 アルが、皆にそう指示をするのと同時に、轟音を出しながら、三頭のドラゴンが降りてきた。今度のドラゴンは、様子見などせずに、直ぐさま襲い掛かってきた。


「避けろ!!」


 アルが声を飛ばしたが、それよりも早く、ドラゴンの攻撃が迫る。アルとリンは、コハク達の前に立ち、なんとか攻撃を防ごうとしていた。ソフィは、マリーの盾となるべく、ドラゴンの攻撃に背を向けて、マリーを抱きしめる。

 絶体絶命のその時、ドラゴンの耳に蹄が地を蹴る音が聞こえてきた。


「『神域サンクチュアリィ』!」


 アル達を光のドームが覆う。ドラゴンの攻撃は、光のドームに寄って阻まれた。


「これは……」

「間に合った! ネルロ!」

「分かってるわよ! 『操血ブラッティコントロール』!!」


 アル達が逃げようとしていた方向から、カレナとネルロが馬に乗って走ってきた。そして、馬の上からネルロが、赤い液体が入っている蓋の開いた瓶と赤い結晶を投げた。空中で赤い結晶に赤い液体が触れると、勢いよく動き出し、ドラゴンに突き刺さる。そして、そのまま体内に入っていった。

 その間に、馬に乗ったカレナ達が、アル達のところまで移動してきた。


「皆さん! 大丈夫!? 怪我は!?」


 馬から下りたカレナは、すぐにマリー達が負傷していないか確認する。


「大丈夫です。まだ負傷はしていません。ところで、何故、先生がここに?」

「休暇を満喫していたんだけど、遠くの方にドラゴンが見えたから、近くの街に救援要請して、こっちに向かったの。そうしたら、遠目に皆さんが見えたから、急いで来たの」


 カレナは、少し焦っているのか、一気に説明をしていった。全員の事を見回して、途中ソフィを見て、目を丸くしていたが、すぐに我に返る。


「早く、ここから離れるわよ」

「ですが、まだドラゴンが……」


 ドラゴンがいては、ここから逃げるのは難しい。そのため、アルが苦々しげに顔を歪める。


「それは大丈夫」


 ネルロは、指を指揮棒のように動かす。すると、一頭のドラゴンが苦しみだした。


「いったい何を!?」

「さっき、あいつの体内潜らせた血を操っているのよ。最近、良い使い道を思いついた魔法なんだけど、特殊な触媒が必要になるから、本当は使いたくはないのよね」


 苦しんでいたドラゴンから大量の血が噴き出し、隣にいたドラゴンに襲い掛かり、また体内に侵入。そして、そのドラゴンを食い破ると、もう一頭のドラゴンにも襲い掛かった。


「触媒の効果で、私の血液と同じように相手の血液を変換して取り込むのよ。その結果、相手の血液量によって、どんどん大きくなるのが特徴ね。さぁ、早く逃げるわよ」

「ん? マリーさん大丈夫ですか?」

「は、はい……」


 マリーの様子がおかしいことに気が付いたカレナは、ソフィに抱えられたマリーの眼を覗き込む。カレナの事を知らないソフィは、一瞬マリーを遠ざけようとしたが、マリーが手振りで大丈夫と合図をしたので、そのままカレナにされるがままにした。


「マリーは、大魔法を二回使ったから消耗しているんです」


 アルの説明は本当の事だが、実際には少し違う。マリーの様子がおかしい理由は、ドラゴンへの恐怖心故だ。目の前で殺された住人達の事がフラッシュバックするので、一瞬の判断が遅れるのだ。


「……そうですか。あなたは、マリーさんの護衛ですか?」

『はい』

「分かりました。しばらくマリーさんの戦闘への参加を禁止します。しっかりと抱えていてください」

『かしこまりました』


 カレナは、初めて見るソフィに少し戸惑いつつも、マリーの事を任せた。マリーが大人しく抱えられている事とアル達が何も言わない事から、ソフィを信用して良いと判断したのだ。この間に、もう一体のドラゴンも血を抜かれて倒れた。

 神域の外には、ドラゴン三頭分の血液が浮遊している。


「では、私が先導しますので、皆さんは、近くの街に避難を……」


 カレナがそう言った瞬間、周りを何十頭ものドラゴンが取り囲んだ。孤立していると思われたからか、ドラゴン達は、ジッとマリー達を見ている。


「そういうわけにもいかないらしいですね」


 先程まで笑顔だったカレナが、いきなりスッと真顔になった。


「皆さんにも戦って頂く事になりそうです。大丈夫ですか?」

「俺とリンは、大丈夫です」

「わ、私も!」

「私も大丈夫!」


 戦えるのは、アル、リン、コハク、セレナ。戦う意志を持てないのは、アイリ、リリー、マリーの三人だった。三人は、ドラゴンへの恐怖が、勝ってしまっている。


「神域を座標指定から人物指定に切り替えます。全員分に分ける関係上、先程までよりも耐久度がありません。いつでも反撃出来るようにしておいてください」

「分かりました」


 この会話の間に、大きくなった血液が、次々にドラゴンを干からびさせていた。


「ネルロさんの魔法だけでも、勝てるんじゃないんですか?」


 セレナは、ネルロの魔法の勢いを見て、それだけ十分なんじゃないかと感じていた。実際、次々にドラゴンが倒れているので、そう感じても仕方なかった。


「無理よ。そろそろ使えなくなるから」


 ネルロが、そう言った瞬間ドラゴンを倒していた血が勢いをなくしていき、地面に大きな血溜まりが出来上がった。操血の効果が切れたのだ。かなり強い魔法だが、操作出来る時間が限られていた。


「触媒は?」

「後一つだけよ。こんな事になるとは思っていなかったからね」

「それじゃあ、神域を切り替えるタイミングでお願い!」

「分かったわ!」


 ネルロは、神域が消えた瞬間に触媒と瓶を投げて、新たな血の塊を生み出す。そして、さっきよりも密集したドラゴンを次々に殺していった。その間に、カレナがマリー達、それぞれに神域を張っていく。

 カレナとネルロという、頼もしい戦力は増えた。だが、ドラゴンの急襲には、終わりが見えない。まだまだ逃げ切るというのは難しい。

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