第65話 避難誘導

 避難誘導するための準備をしているマリーの元に、カーリーがやってくる。


「マリー、ソフィを連れていくつもりかい?」

「あっ、どうしよう。ソフィも連れて行った方が、避難の効率が上がると思うけど、怖がられちゃうかな?」

「そう思うけどね。マリーが決めな。正直、避難誘導だけで済むとは思えないさね。こういった自然災害が起こった時には、その周りにいる魔物達も避難し始める。そこに重なれば、襲われる可能性も否定しきれないよ」


 それを聞いて、マリーは、少し考える。この状況でどうするべきか。


『お連れ下さい。主様をお守りするのが、私の役目ですので』

「だそうだ。どうする、マリー?」

「うん。ソフィに、その意志があるのなら、連れて行く。その方が、沢山助けられる可能性もあるしね」

「なら、ソフィは、マリーから離れるんじゃないよ」

『かしこまりました』


 そうして、マリー達の準備が整う。そして、マリー達も馬車に乗り込んだ。


「それで、街の避難誘導って言うけど、どこに誘導するの?」


 自分達が、どう行動すれば良いかをマリーがカーリーに訊く。


「少し離れた所にある街までさね。そこまで、溶岩が流れた事はないからね。そこまでの誘導は、あっちがどうにかしてくれる。私達は、街から安全に避難が終わるように、噴石を防ぎつつ、逃げ遅れがいないか確認する事さね。マリーとソフィ、コハクとリリー、セレナとアイリ、それと坊ちゃん達で組んで事に当たりな」


 カーリーの指示に、全員が頷いた。この組み合わせは、遠距離攻撃が出来る者と近距離攻撃が主体の者で集められている。コハクとリリーに関しては、リリーが遠距離攻撃班だ。

 マリー達を乗せた馬車は、真っ直ぐ街まで走って行く。次に、マリー達が、馬車から降りた時、そこに広がっていたのは、地獄絵図に近いものだった。

 既に、火山から流れてきた溶岩の一部が街に流れ込んでおり、多くの家屋が燃えていた。それに加えて、人の叫び声のようなものも聞こえてくる。


「消火は、考えないでいいさね。どうせ溶岩が流れていれば、意味なんてない。それよりも、今も降ってきている噴石を砕いて、住民を守りな!」

「分かった!」


 マリー達は、先程決めた組み合わせに分かれて、駆け出した。


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 マリーとソフィは、街中を駆けていく。


「『短剣舞ダガーダンス十重奏デクテット』」


 マリーは、腰のポーチから短剣を呼び出し、飛んでくる噴石を砕いていった。


『主様。あちらの建物に人がいます』

「ありがとう! 火山が噴火しました! 溶岩が街に流れ込んでいます! どうか、早急に避難を! 街の外で騎士団が誘導しています!」


 マリーの呼び掛けに気付いて、建物から人が顔を出す。


「荷物の整理をしているんだ! 待ってくれ!」

「もうそこまで溶岩が来ています! 急いで下さい!」


 その家に噴石が飛んでくる。だが、マリーの周囲を飛んでいる短剣が、自動で噴石を認識して、すぐに破壊した。その様子を見てしまった住人は、あんぐりと口を開けていた。


「噴石も飛んでいます! 急いで!」

「あ、ああ!!」


 住人は、大きな荷物を持って、街の出口へと向かった。


「ソフィ、お手柄だよ!」

『ありがとうございます。他に、私がするべき事はありますか?』

「今は、人の感知だけで良いよ。噴石は、私が対処する」

『かしこまりました』


 マリーとソフィは、しっかりとそれぞれの作業を分担して、住人の避難誘導と噴石の破壊をしていった。


────────────────────────


 コハクとリリーも、マリー達同様に避難誘導と噴石の破壊を行う。


「『光弾ライトバレット』」


 リリーが飛んできた噴石を正確に破壊する。その間に、コハクが避難の遅れている人を誘導していった。


「ここら辺の人達は、大体避難を終えたみたい」

「それは、良かったですわ。では、先に向かいましょう」

「うん。魔力は大丈夫?」

「大丈夫ですわ!」


 コハクとリリーは、マリー達よりも遅いが、それでも順調に避難誘導を進めていった。


────────────────────────


 セレナとアイリも、順調に避難誘導していた。


「『闇渦ダークホール巨大ヒュージ』」


 アイリは、巨大な闇の渦を生み出し、飛んでくる噴石を削り取っていく。その間に、風を纏ったセレナが、噴石で倒壊した家屋から、住人を救出する。


「歩けますか?」

「ああ……ありがとう。助かったよ」

「街の出口で騎士団が避難誘導をしています。そちらに従って下さい」

「ああ」


 住人は、走って街の出口を目指していった。


「アイリ! ここら辺には、もういないみたい!」

「うん! じゃあ、先に進もう!」


 セレナ達も順調に避難誘導を進めていた。


────────────────────────


 アルとリンも同様に、避難誘導を進めている。


「この噴火は、いつまで続くと思う?」

「どうだろうな。そこまでは分からん。こちらへ! 街の出口で、騎士団が誘導しています! 急いで下さい!」


 リンへの返事をしながらも、アルは、避難誘導をしていた。同時に、リンも飛んでくる噴石を撃ち抜いて、破壊していく。


「ここまで噴火は続くものなのかい?」

「俺が知っているわけないだろう」


 そう言いつつ、アルも噴火の多さに違和感を抱いていた。だが、その答えは出ないまま、避難誘導を進めていく。


────────────────────────


 マリーとソフィが、避難誘導を続けていると、溶岩が流れ込んできている現場に到着した。赤熱した岩が流れているのが見えている。


「あっつ……」


 辺りの家屋はごうごうと燃えていた。本来は、街を囲う壁があった場所が無くなっており、その周辺の家屋も焼けてなくなっていた。


「確かに、これじゃあ、消火しても意味なさそうだね」

『この周囲に人は感知出来ません』

「うん。分かった。それじゃあ、一旦戻ろうか」

『かしこまりました』


 そうして、マリー達が一旦街の出口まで戻ろうとすると、丁度アルとリンが合流した。


「マリー、そっちの避難は終わったのか?」

「アルくん。うん、一応、避難は終わったよ。運良く怪我人とかはいなかったし」

「そうだったか。こっちは何人かいたが、住人が担いで運んでいっていたな」

「パワフルな人達だね」

「取り敢えず、私達は、街の出口まで戻るけど、アルくん達はどうする?」

「ああ、俺達も……」


 アルの声が途切れる。アル自身に何かがあったわけではない。アルの声を遮るように、どこかから咆哮が聞こえてきたからだ。


「何!?」

「……マリー!! 上だ!」


 アルに言われてマリーは、上を向く。大きな被膜の張った翼、全てを噛み砕きそうな牙、そして、四つ脚の大きな体躯。そこにいたのは、世界で一番凶暴と言われているドラゴン。その群れだった。

 それは、まっすぐ街の出口方面。マリー達が避難誘導した人達の方に向かっていた。


 ────────────────────────


 阿鼻叫喚。その言葉にふさわしい光景が、そこにあった。


「きゃあああああああああ!!」

「嫌だ……嫌だ……」

「助けっ……」

「ひっ! ひいいいいいいいい!!」


 大群となったドラゴンは、避難途中の住人達を襲っていた。マリー達が駆けつける頃には、住人の三分の一が殺された。


「皆が……」

「マリー! ぼーっとしてるな!! 殺されるぞ!!」


 アルが呼び掛けると同時に、ソフィがマリーを抱きかかえて、その場から大きく横に飛ぶ。その数瞬後、ドラゴンの顎が、マリーのいた場所を抉った。


「『魔弓術・氷波ひょうは』」


 追撃を掛けようとするドラゴンを、リンが凍らせて、一時的に動きを止める。だが、それも長続きしない。その数秒の間で、マリーを抱えたソフィが、アル達と合流する。


「まずいな……カーリー殿が大多数を引きつけてくれているとはいえ、それでも数が多すぎる」


 ドラゴンの群れが襲い掛かっているが、その大多数は、カーリーが囮となって引きつけていた。それだけでなく、次々にドラゴンを討っている。それでも、住人に被害が出る程の多さだったのだ。


「どうすれば……」

「逃げるのが一番だ。だが、今の状況だと住人の避難が追いつかない」

「じゃあ、住人の皆さんを守りつつ後退って事だね」

「そうだな。離れるなよ?」

「うん!」


 マリー達は、襲われている住人達を助けるために駆け出した。


「『剣舞ソードダンス十重奏デクテット』!」


 住人に食らいつこうとしていたドラゴンに、マリーが出した十本の剣が襲い掛かる。大したダメージにはならないが、ドラゴンを押し返す事は出来た。

 その間に、ドラゴンの住人の間に、マリー達が割り込む。


「大丈夫ですか!? すぐに下がってください!」


 震えている住人達にマリーが声を掛ける。住人達は、何度も頷くと、マリー達の後ろに下がった。


「馬が殺られている。これだと避難に遅れが出るな」

「走って逃げるしかないって事だね。皆さん、走って逃げてください! 私達が援護します」

「は、はい!」


 住人は元気に返事をするが、すぐには動き出せなかった。恐怖による震えで、足が上手く動かなかったからだった。その間に、ドラゴンがマリー達に突っ込んでくる。


「早く逃げてください!」

「『魔剣術・水華すいか』!」

「『魔弓術・氷波ひょうは』」


 水の華に捕らえられ、足元を完全に凍らされたドラゴンは、一時的に動きを止める。

 そして、ようやく逃げ出すことを始めた住人達だったが、そこに、新たなドラゴンが一匹現れる。それを見たマリーは、すぐに剣を引き戻した。


「動きを一時的に止める! 『剣唄ソードソング奏鳴曲ソナタ』!」


 マリーの剣の内、七本が回転して魔法陣を描き出す。いつも通りに音が鳴り響くが、一つだけ違う事があった。いつもよりも大音量で響き渡り、こちらに突っ込んでくるドラゴンが一瞬怯む。


「『魔剣術・大氷海だいひょうかい』」

「『魔弓術・大氷河だいひょうが』」


 アルとリンが放った魔剣術と魔弓術が、ドラゴンの身体を凍り付かせる。しかし、それでも、ドラゴンを仕留めることは出来ていなかった。また動き出そうとする。


「『剣唄ソードソング交響曲シンフォニー』」


 虹色の光が、凍り付いていたドラゴンを飲み込み分解していった。マリーの交響曲は、命中した相手を分解させる効果があるので、例え頑丈なドラゴンと言えど、耐え切れはしなかった。


「マリーの魔法なら倒せるみたいだな」

「でも、魔力の消費が激しいから、後一発が限度だよ……」

「ああ、今の内に避難を済ませるぞ!」


 マリーとアルは、住人を誘導して、何とか戦場から撤退しようとする。しかし、それをドラゴンが許すわけも無かった。後ろから追ってきたドラゴンがブレスを吐く。


「『起動ブート』」


 マリーは、ドラゴンのブレスが届く直前に、結晶を何個も割って、結界を何重にも張る。


「伏せろ!」


 住人に向かって、アルがそう叫ぶ。それは、ドラゴンブレスによって、何重にも張った結界が、次々に破壊されていたからだ。


「まず……『剣唄ソードソング夜想曲ノクターン』!」


 マリーは、最後の結界後ろに、薄暗いフィールドを張る。そのフィールドに当たると、ドラゴンブレスの威力が削がれていき、なんとか防ぐ事が出来た。


「早く逃げ……!」


 マリーが逃げろと言おうとした瞬間、目の前にドラゴンが着地し、住人達を踏み潰した。


「え……?」

『主様!』


 ソフィが、呆けてしまったマリーを抱えて、その場から後退する。マリーがいた場所に、ドラゴンの腕が叩きつけられた。マリー達が避難させようとした住人は、全員ドラゴンに殺された。次のドラゴンの標的は、マリー達になってしまう。


「『魔剣術・大瀑布だいばくふ』!」

「『魔弓術・大氷河だいひょうが』!」


 ドラゴンに対して、大量の水が滝のように叩きつけられ、その水毎ドラゴンが凍り付く。


「一旦、街まで退くぞ! ソフィ! マリーを抱えて来い!」


 アルの指示により、リン達全力で戦場を駆けていく。ソフィも放心状態のマリーを抱えて、必死について行った。

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