第63話 人形作り

 翌日。昨日と同じ快晴となっていた。そんな中、部屋でゆっくりと寝ているマリー達の元にカーリーがやってくる。抱きしめ合って寝ている二人を見て、小さく笑うカーリーだったが、すぐに普段の顔付きに戻る。


「マリー! 姫さん! 起きな!」

「む……うん……おはよう。お母さん」

「おはようございますわ……」

「おはよう。朝だよ。さっさと着替えて顔を洗いな。良いね。着替えてから来るんだよ!」

「うい」


 カーリーが、ここまで念を入れる理由は、リリーとマリーの服がかなり乱れていたからだ。部屋に洗面所が付いている訳じゃないので、マリー達は、一度部屋の外に出ないといけない。すると、アルやリンと鉢合わせる可能性もあるので、しっかりと着替えた方が良いのだ。

 カーリーに言われた通り、しっかりと服を着替えたマリーとリリーは、洗面所で顔を洗って歯を磨き、リビングにやってきた。

 リビングには、既に他の全員が来ていた。マリーは、迷わずアルの隣に座る。


「おはよう、アルくん」

「ああ、おはよう。よく眠れたようだな」

「うん。リリーに作業は駄目って言われちゃって」

「相変わらず、どっちが姉だか分からないな」

「失礼な。私が、正真正銘姉ですけど」


 そんなやり取りの間に、コハクやセレナ達が料理を配膳していく。そして、皆が揃ったところで、朝ご飯を食べ始める。


「ところで、今日は何をするんだい?」

「う~ん……特に何も考えてなかった」

「なら、釣りでもしてきたらどうだい?」

「釣り? 道具あるの?」

「いくつかあるのを見つけたさね」

「それじゃあ、そうしようかな」


 今日のマリー達の予定は釣りとなった。朝食を食べ終えたマリー達は、洗い物を済ませて、釣り竿を持ち、湖へと向かった。


「うわぁ……これお母さんが強化してるよ」

「これ、セレナの家の物だよね?」

「そうだけど、カーリー先生に強化して貰えたなら、普通に喜ぶと思う」

「まぁ、だろうな」


 人数分の釣り竿はなく、二つだけなので、皆で、交代交代で釣り竿を使っていく事になる。最初はマリーとコハクが投げ入れる。すると、すぐに食いつき、大きめの魚が釣れる。


「さすがは、港街の出身だな」

「まぁね。伊達に漁師の娘じゃないよ」

「それじゃあ、はい」

「ああ」


 魚を箱に入れたマリー達が、アルとリンに釣り竿を渡す。アルとリンは、餌を付けて、すぐに釣り竿を振った。


「コハクさんが漁師さんの娘さんだとは聞きましたけど、その繋がりで、マリーさんも釣りをしていたんですの?」

「ううん。あまり関係ないよ。素材採りで、キャンプする時とかに、釣りした事があるくらいだよ」

「へぇ~、マリーって、意外と色々な事しているよね?」

「まぁね。お母さんが色々とさせてくれたから」


 そんな話をしている間に、アルとリンも魚を釣る。


「おお……凄い大きいの釣ったね」

「ああ、思ったよりも大物が多いようだな」

「僕もここまで大きいのは、初めてだよ。この湖には、良い栄養があるのかもしれないね」


 アルとリンが釣った魚は、マリーとコハクが釣った魚よりも大きなものだった。マリー達のも小さくはないのだが、アル達のものに比べると小さくなる。


「では、次は、セレナ達だな」

「まっかせて! 釣り竿の持ち主なんだから、おっきいの釣る!」

「頑張る」


 セレナとアイリが釣り竿を振った。待ち時間に、マリーは、魔法陣の見直しをしていた。


「こんなところでまで、魔道具か?」

「いつでもどこでも魔道具だよ」

「本当に、根っこまでカーリー殿の娘だな」

「当たり前じゃん」


 アルの言葉に、マリーは朗らかに笑った。それと同時に、セレナとアイリが魚を釣る。アル達よりも大きいものは釣れなかったが、マリー達と同じくらいの魚は釣れた。


「負けた!」

「あ、セレナよりも大きい」

「アイリにも負けた!」


 魚の大きさで負けたセレナは、ショックを受けていた。

 続いては、リリーとマリーの番だ。人数が奇数なので、組み合わせは、毎回変わってくる。餌が虫なので、リリーが付けられずに困っていると、マリーが手早く付けていた。


「あ、ありがとうございますわ」

「どういたしまして。後は、ここを持って、このタイミングで放せば飛ぶから」

「は、はいですわ」


 マリーに教えてもらって、リリーが竿を振る。後は、魚が食いつくまで待つだけだ。


「見ている時には、あまり思いませんでしたけど、実際にやってみると、この待ち時間は焦れったいですわね」

「待つのも釣りだよ。すぐ釣れるかどうかは、その時次第。ゆっくり話でもしながら待てばいいの」

「なるほど」


 マリーとリリーが、他愛のない話に花を咲かせていると、リリーの釣り竿が大きくしなった。


「んんっ!? お、重いですわ……!」

「大丈夫! そんな無理に巻こうとしないで! 相手の勢いが衰えるまで、耐えて!」


 マリーは、リリーの腰を掴んで、落ちないように支える。二人の様子に気付いたアルもすぐに飛んできて、リリーと一緒に釣り竿を握る。


「これは……かなりの大物だな。マリー! しっかり支えておけ!」

「分かってる!」


 三人掛かりで何とかリリーの釣り竿に掛かった魚を釣り上げた。


「や、やりましたわ!!」


 今日一番の大物に、リリーは大はしゃぎで、マリーを抱きしめる。そこからは、誰が大物を釣り上げるかの勝負となった。セレナは張り切っていたが、結局リリーが最初に釣り上げた魚が一番の大物となった。


────────────────────────


 その日の夜。釣った魚を味わって、お風呂を済ませたマリーは、魔法陣の開発を行っていた。


「う~ん……これが、こっちに関わるから……いけるかな……?」

「出来ましたの?」

「うん。理論的には、これで作動するはず。ちょっと試してみよう」

「そんなすぐに試せるんですの?」

「そのための道具は持ってきてるからね」


 マリーは魔法鞄を持ってきて、中から首を取り出す。それを見た瞬間、リリーは一瞬ビクッと震えた。


「な、何ですの!?」

「ん? だって、知能付加魔法を開発した理由は、これだもん。自分で考えて動く人形を作る」


 マリーが開発していた魔法陣は、物に知能を植え付ける魔法だった。剣に付加している魔法も似たようなものだが、あちらはマリーが敵と指定した相手を認識して攻撃するというもの。知能とは呼びがたい。

 そして、首と言っても生首ではなく、金属で作り上げた人の首に似たものだ。機械らしさが滲み出ている。マリーは、その首の中から一つの球体を取り出した。


「でも、どうしてそんな物を作ろうと思ったんですの?」

「魔武闘大会があったでしょ? あの時、自分の戦う手段を増やそうと思って。剣を持てる仲間が前で戦ってくれたら、もっと剣も活かせるかなって。一対一の戦いだったけど、魔道具は使って良いってルールだったから」

「お姉様が作ろうとしているのは、人ではなく人型の魔道具ですものね。それなら、ルール違反にもなりませんの」

「そういう事。でも、この知能付加魔法の開発は、簡単じゃなくてさ。思念魔法を中心に組み立てればいけそうとは思ったけどね。一番重要な『考える』って行為を、どうやって魔法で作り出すか問題になってさ。一応、私の剣みたいに、認識は出来るけど、判断や判別が出来るようになって欲しいから」

「人形自身で考えて行動して欲しいという事ですのね」

「そういう事。だから、思念魔法だけじゃ駄目になってね。他にも色々と組み込んでいったんだ。構成しているのは、受信レシーブ送信セント認識レコグナイズ識別ディサン分析アナライズ感知プリセプション蓄積アキュミュレート。これで、ある程度は出来るはず」


 感知と受信で外部から取り込み、認識と判別と分析で考え、蓄積でそれを溜め、最後に送信で、外部へと出力する。特に認識、識別、分析は、何度も繰り返しするように調整している。


「ですが、それだけの魔法陣ですと、消費する魔力も大きいのでは?」

「うん。だから、魔力の貯蔵を出来る魔道具を作ったの。それと再生する魔法陣もね」

「消耗するのが、魔法陣ですわよね?」

「うん。魔力の貯蔵自体は、結構簡単に作れたんだけど、そっちの再生する魔法陣を作るのも難しかった。結局再生の魔法陣を別に付けて、他の魔法陣に組み合わせる事にしたし」

「結局、再生の魔法陣のメンテナンスだけは必要になるという事ですのね」

「うん。でも、他の魔法陣のメンテナンスが要らないってだけで、結構楽になるしね」


 マリーの規格外な考えに、リリーも唖然としてしまう。馬車で、これらの魔法陣は見ているが、それでも改めて、マリーが自分とはかけ離れた存在だと実感してしまう。


「よし! 刻印完了」


 マリーは、刻印した首に魔力を流す。すると、首に付けた目がマリーとリリーを見る。


「ひっ!?」


 突然動き出した目に、リリーが驚く。


「ちゃんと、こっちを分かってるみたいだね」

「成功ですの?」

「ううん。まだ第一段階。ここから組み立てる」


 マリーは、魔法鞄から手や脚と言った金属で出来た部品を取り出す。身体に手足を接続していく。


「お、お手伝いしましょうか?」

「あ、じゃあ、腕を持ってくれる?」

「はい」


 リリーにも手伝って貰って、順調に組み立てていると、コハク達がやってきた。


「マリー……って何してんの?」


 人形を組み立てているマリー達を見て、コハクだけでなくセレナもアイリも唖然としていた。


「組み立て。どのくらい上手くいくか確かめないとだから」

「へぇ~、丁度いいから、私達も見学して良い?」

「良いよ」


 セレナの確認に、快く頷くマリー。そうこうしている内に、首以外の部位が繋がった。


「そういえば、マリーちゃん。この胸の穴は良いの?」


 マリーの作業を見ていたアイリは、人形の胸の部分に穴が空いている事に気付いた。


「うん。今は大丈夫。そこが動力源になる部分だから、最後に入れるんだ」

「へぇ~、それって、あの紙に書いてあったやつ?」

「そう。ここで首を繋げて」


 マリーが首を繋げると、さっきまで少し動いていた首が動かなくなる。首に流した魔力が身体にも流れた結果、全身を動かすには足りず、全ての機能が止まったのだ。

 マリーは、最後に動力源となる部品を取り出す。それは、球状で配線が伸びた部品だった。配線を接続して、部品を填める。


「……何か無骨な感じ」

「まだ試作品なんだから、仕方ないでしょ。そのうち可愛くするし」


 セレナの感想に、マリーは頬を膨らませる。


「えっ、女の子なの?」

「いや、性別はないけど」


 性別が決まっているのかと驚いたコハクだったが、機械人形なので、そもそも性別はなかった。


「それじゃあ、起動するね。何事もないと思うけど、皆、離れて」


 マリーにそう言われて、皆が離れる。それを確認してから、マリーは人形に魔力を流す。二分程魔力を流し続けると、ようやく身体が動き始める。横になっていた人形が、上体を起こす。それだけで、マリー以外は、身構えた。


「えっと、私が分かる? あなたの……主人なんだけど」


 マリーがそう訊くと、機械人形は口をパクパクと動かしてから、少しして頷く。


「聴覚と認識に問題なし、発声機構に不具合。手足は動く?」


 マリーはメモにペンを走らせながら、機械人形に訊く。マリーの目の前で、機械人形が指の関節から一つ一つ曲げ伸ばししていく。


「右腕問題なし。左腕指の関節と手首がぎこちない。足はどちらも指の可動がぎこちない。足首は問題なしで、左膝の動きも悪い。立ち上がれる?」


 そう言われて、機械人形は、ゆっくりと立ち上がる。関節の機構に不具合があるので、立ち上がりもぎこちなくなるが、二本の脚でしっかりと立っていた。


「平衡感覚は大丈夫そうかな。歩き辛いと思うけど、少し歩いてみてくれる?」


 機械人形は頷いて、一歩、二歩、三歩と歩き始める。やはり、ぎこちなさはあるが、転びそうになるという事はなかった。


「うん。大丈夫そう。取り敢えず、発声機構の修理からしよう。そこに座って、上を向いて」


 マリーは機械人形をベッドに座らせて、上を向かせる。そうすることで、首が露わになった。工具を使って、発声機構の細かい修理をしていく。細かい作業なので、作業用眼鏡で、視界を拡大して慎重に行う。


「魔法陣自体は、問題なさそうだから……」


 一分程弄ってから、マリーが離れると、


『ア……アア……』


 機械人形から声が聞こえ始めた。


『アリガトウゴザイマス。アルジサマ』


 言葉はしっかりと話せているのだが、抑揚などもなく、片言になってしまっていた。


「う~ん? おかしいな……もう少し普通に発声出来るはずなんだけど……」

「そもそも言葉を教えてないのに、ちゃんと喋れるの?」


 コハクの疑問に、マリーは一つの紙を渡した。


「言語の情報が入った魔法陣を刻印したチップを入れてあるんだ。そこから読み取って、言語を操れるようにしておいたの」

「はぁ~……本当にこの子専用の魔法陣って事?」

「ほとんどの魔法陣が専用の魔法陣だよ」

「じゃあ、その読み取りが上手くいっていないって事なの?」

「どうだろう? 多分、時間が経てば、どうにかなる……はず!」


 マリー達がそう言っていると、


『お待たせしました。言語の読み取り、正常に完了しました』


 機械人形から、そんな報告が来る。


「ほら」

「本当だ。やっぱり声が高いのは変わらずなんだ」

「いや、発声機構の調整でどんな声でも出せるけど、色々と連れ回しやすいから、このくらいの高さで女性のみためにしていこうかな。取り敢えず、知能付加魔法の魔法陣が上手くいったからよかった。後は、身体の調整をして、どこまで自分で判断出来るかの実験をしていこう。最終的には、戦えるようになってもらわないとだし」


 マリーは、改善点などをまとめていく。その間、コハク達が機械人形のことをジッと観察していた。


「ねぇ、マリー、この子の名前ってなんなの?」


 セレナからそう問われて、マリーはメモをしていた手を止める。


「全然考えてなかった。女性みたいな名前が良いよね……じゃあ、ソフィで」

『かしこまりました』


 マリーが名前を決めた事で、正式に機械人形の名前がソフィになった。


「ソフィちゃんの身体って、試作品なんだよね? そうしたら、身体を変えたらソフィちゃんじゃなくなっちゃうの?」

「ううん。知能付加魔法は、別パーツで付けているから、それを入れ替えれば、どんな身体でも、ソフィだよ」

「へぇ~……」


 ソフィの本体は、身体ではなく頭に入れられている球体となっている。それさえ無事であれば、身体を入れ替える事も可能なのだ。


「私、コハク。よろしくね」

「あ、私は、セレナだよ」

「私は、アイリ」

「私は、リリーですわ」


 名前も決まったところで、皆がソフィに自己紹介する。


『コハク様、セレナ様、アイリ様、リリー様。よろしくお願いします』


 ソフィは滑らかにお辞儀する。


「腰は上手くいっているみたい。そのまま手足の調整もしちゃおうか」

『お願いします』


 マリーがソフィの手足を弄って、調整していく。


「ソフィさんは、どこまで見えていますの?」

『視界という意味で言えば、百八十度見えています。ですが、視界に頼らない場所も見えております』

「つまり、どの角度でも見えているって事?」


 セレナは、瞬きをしながら確認する。


『はい。その通りです』


 目に頼った視界は、人と同じかそれよりも広いくらいだ。だが、感知の魔法陣によって、その視界よりも広い範囲を見る事が出来ている。実際には、ソフィに目は要らないという事だ。


「じゃあ、触った感触は?」

『柔らかい、硬いなどは分かりますが、熱い冷たいなどの温度は分かりにくいです』

「分かりやすくした方がよかった?」

『いえ、このままで構いません』

「うん。分かった」


 ソフィの身体は、段々と動きが滑らかになっていった。


「よし! じゃあ、一旦、動力を切るね。パーツ毎に皮膚代わりの魔ゴムを付けていくから」

『かしこまりました。では、またお目にかかる日まで』

「あ、うん。明日には、会えると思うけどね」


 マリーは、ソフィから動力を抜く。すると、自然と魔力が抜けていき、やがて動かなくなる。


「よし!! 早速魔ゴムで皮膚を作っていこうっと」

「遊びに来たつもりだったけど、今日はお邪魔そうだね」


 うきうきのマリーを見て、コハクはそう言った。それを聞いて、マリーは顔を上げる。


「ん? そうなの? じゃあ、遊ぶ?」

「でも、早くソフィを完成させたいんでしょ?」

「まあ、そうだけど……」

「私も完成したソフィを見てみたいし、遊ぶ時間はまだあるからね」

「私も同じ! さっきソフィを見て、ちょっと感動したし」

「うん。私も完成したソフィちゃんと会いたいな」


 コハク、セレナ、アイリは、ソフィに会いたいという気持ちが大きく、マリーの作業を止めたいとは思わなかった。


「そう? じゃあ、早く完成させるね。今日はごめんね」

「いや、寧ろ良い物を見せて貰ったよ。頑張って」


 そう言うと、コハク達は、自分達の部屋に戻っていった。残されたマリーとリリーは、ソフィの身体に向き合う。


「それじゃあ、一旦バラして、魔ゴムを付けようか」

「はいですわ」


 マリーとリリーは、ソフィをバラして魔ゴムを付けていく。とは言っても、リリーがやることは、マリーの作業がやりやすいように、腕を持ち上げたりする事だけだったが。

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