第62話 旅行初日終了!!
湖で水の掛け合いをした日の夜。
「はぁ、美味しかったぁ」
「カーリー先生は、料理も上手なんですね」
セレナとアイリは、食卓でお茶を飲んでゆっくりとしていた。マリー達は、洗い物やお風呂の準備をしている。セレナ達の別荘を借りているので、セレナとアイリには休んでもらっているのだった。
「素材を取りに行くときとかは、野営が多いからね。自分で作る事が多かったってのもあるさね。でも、一番の理由は、マリーが家に来たことかね」
「作る相手が出来たって事ですね」
「そうさね。二人も、そういう相手が出来れば、おのずと上達するものさね」
カーリーとセレナ、アイリは、そんな風に楽しく喋りながら、お茶を飲んでいた。
一方その頃、マリー達は……
「はい」
マリーが洗った皿をアルに渡して、アルが布巾で拭く事を繰り返している。
「意外と大変だな」
「アルくんは、家事の手伝いとかしたこと無いの?」
「そうだな。野外での訓練の時は、自分で作る事もあるが、基本的に、その場にあるものを利用するから、洗い物とかは出ないんだ」
言うまでもなく、アルの家は貴族の家系なので、家の雑事は、基本的にメイドや執事が担当している。自分で家事をするという事があるわけがなかった。
「普段は、マーガレットがやるからな」
「誰それ?」
「うちで働いているメイドだ。俺の世話係をしている」
「へぇ~、そうなんだ。やっぱり、貴族だとメイドとか多いの?」
「ん? ああ、どうだろうな。他の家を詳しく知っているわけでもないからな。どの家も同じかどうかは分からん。確か、リンのところはいたはずだけどな」
マリーとアルは、世間話をしながら淡々と洗い物をしていく。
コハク、リリー、リンの三人は風呂場を洗っていた。別荘のお風呂場は、人が五人入っても大丈夫なくらい広かった。
「ふぅ……疲れますわね」
「お疲れ様。後は洗い流すだけだね」
「それにしても、ここら辺の家は、基本的に温泉を引いてきているんだね」
リンは、風呂に溜まっているお湯を見て、そう言った。その温泉は、リンの別荘にも引いているので気付いたのだ。
「そうなんだ。どんな効能があるんだろう?」
「僕の家と同じだろうから、肩こりや冷え性に効くらしいよ」
「そうなんですの? 温泉なんて、久しぶりですわ」
「リリーは、お姫様なのに、温泉にあまり入らないの? 王城にありそうだけど」
コハクは、リリーが温泉に入るのが久しぶりと聞いて、首か傾げる。
「姫だからって、毎日温泉に入っているわけじゃないんですのよ。そもそも、城には、温泉なんてありませんもの」
「え~、そうなの? 何か意外」
「一応言っておくけど、僕たち貴族のお風呂も温泉じゃないよ」
「嘘!? そうなんだ。何かイメージと違うなぁ」
コハクの中のお姫様、貴族象は中々に独特だった。その事に、リリーもリンも苦笑いだった。
「どんなイメージなんですの……」
「まぁ、取り敢えず、洗い終えたし、僕たちも戻ろう」
コハク達は、揃ってセレナ達がいる食卓に戻ってきた。同時に、マリーとアルも戻ってくる。
「終わったよ、お母さん」
「そうかい。じゃあ、後は、順番に風呂に入って寝るだけさね。マリー達女子組から、入って来な」
「分かった。皆、行こ」
マリー達は、揃ってお風呂場に向かっていく。
「あんた達は、少し稽古でも付けてやるさね。ついておいで」
「「ありがとうございます」」
アルとリンは、一切の疑問を持たずにカーリーについて行く。
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「はぁ……気持ちいい……」
身体を洗い終えたマリーは、温泉の中で完全に蕩けていた。身体も脱力しており、隣にいるリリーの肩に頭を乗せている。
「何か外が騒がしいですけど、大丈夫なんですの?」
「大丈夫じゃない? お母さんの修行でも、アルくん達なら死ぬことはないと思うよ」
「死ぬことがあるんですの!?」
衝撃的な言葉に、リリーは驚いてしまう。死んでもおかしくないような苦しい修行をマリー達も耐え抜いたのかと思っていたからだ。そこに、身体を洗い終えたコハクがやってくる。
「それ、マリーの冗談だよ。さすがの師匠も、修行相手を殺すなんて事はしないよ。ちゃんとそこら辺は見極めてるから」
「お姉様!」
リリーは、横で蕩けているマリーに怒る。
「お母さんが、そんな酷い事するわけないじゃん。リリーが怖がりなんだよ」
「カーリー先生に怒られているお姉様を見ていたら、そうなってもおかしくないと思いますけど」
「まぁ、怒った時の師匠は、怖いからね。その気持ちは分かる」
コハクは、リリーの気持ちも理解出来なくはなかった。ただ、それは怒った時のカーリーの話であって、普段のカーリーの話ではない。
「あっ、そういえばさ。この温泉って、どこから引いてきてるの?」
温泉を堪能していたマリーが、身体を洗って、湯船にやって来たセレナとアイリに訊く。
「えっと、火山の近くの源泉からだったかな?」
「確かそうだね。比較的涼しい地域だけど、もう少し北に行くと火山地帯になってるの。前に、一度だけ見に行ったことがあるけど、すごかったよ」
セレナとアイリがそう説明する。スノーヒルの北には、大規模の火山地帯が存在し、年に何度か小規模の噴火もしている。その周りでは、地熱により温められた地下水脈が大量に有り、何かしらのきっかけで地上に湧き出てくるのだ。
それを汲み取って、途中で水を出す魔道具を使い、丁度いい温度に調整してここまで来ている。
そんな温泉に皆で並んで浸かって、ゆったりと蕩けていた。
「たまには、こういうゆったりとした時間もいいよね」
「そうですわね。私達が入学してから、ほとんど毎月何かしらの事件がありましたもの」
「野外演習やジェノサイド・サーペントの襲撃、この前のサラマンダー脱走とかね」
「こういう何も無い日々が大事って分かるわ」
マリー、リリー、コハク、セレナは、湯船でゆったりと温泉を満喫している。
「でも、何も無くは無いよ? 皆、宿題のこと考えないようにしてるでしょ?」
そんな四人に、アイリがズバッと切り込む。アイリの言葉に、マリー達は、スッと目を逸らした。
「四人とも宿題終わってないんだね?」
「そういうアイリはどうなの?」
反撃とばかりにマリーがそう言った。
「あっ、マリー、それはアイリには効かないよ」
セレナは、悟ったような顔でそう言った。
「どういうこと?」
「私は、もらった宿題をもう終わらせました!」
アイリは、胸を張ってそう答える。セレナ以外の顔が、驚愕に染まる。
「あ、あの量を一週間で……」
「私は、まだ八割使か出来てませんわ……」
「マリーは、半分くらいだっけ?」
「言わないでいいよ!!」
コハクにからかわれたマリーは、またリリーの肩を枕にする。
「はぁ……部屋に戻ったら、作業しよっと」
「そこは宿題ではありませんの?」
「アイリの話を聞いて、私がやる気を出すとでも?」
「今なら、私が教えて差し上げられますわ」
それを聞いたマリーは、目を見開く。
「よし! やる気出た!」
リリーに教えてもらいながらなら、宿題もかなり進むと予想された。だから、こそ、マリーもやる気を出せたのだ。
「マリーって、本当に現金な人だよね」
「五歳からの付き合いなのに、何を今更」
マリー達は、わちゃわちゃと喋りながら、お風呂を楽しんだ。
────────────────────────
お風呂から出たマリー達は、寝間着に着替えて、リビングに出てきた。すると、ボロボロになったアル達が歩いてきた。
「アルくん達、大丈夫?」
そのぼろぼろさ加減に、マリーは、そう訊かずにはいられなかった
「ああ……今までで、一番辛い稽古だった……」
「僕たちの受けてきた稽古が、いかに生ぬるいものだったか、実感した気がするよ」
「いつまで、そのままでいるんだい! さっさと風呂に入って来な!」
カーリーが、アルとリンをお風呂場に追いやる。アル達は、お風呂の支度をして、浴場に向かった。
「激しい物音がしていたから、結構ちゃんとやってるんだなって思ってたけど、あんなになるまでやったの?」
「まぁ、いつもマリー達にやってる修行を三倍は辛くしたね。男なんだから、これくらいは耐えられるようにならないと駄目さね」
「三倍……よく耐えきったって感じだね」
コハクもアル達に、同情せざるを得ない。そのくらい厳しさを簡単に想像出来た。
「今日は遅いから、マリー達は、部屋に入ってな。遅くまで起きてるんじゃないよ」
「は~い」
マリー達は、寝室に向かった。コハク、セレナ、アイリは、一緒の部屋に入っていく。
「さてと、少しでも宿題進めとこ」
「あ、私もやろ」
コハクとセレナは、テーブルに宿題の紙を広げて、一緒に始める。アイリは、宿題を終えていて暇なので、セレナに寄りかかっていた。それでもセレナは、一切気に留めない。
「アイリって、家だとそんな感じなの?」
「ん? ああ、うん。暇だとくっついてくるよ。昔は、自己主張が本当に苦手だったから、こうやって遊ぼうっていう主張してきてたんだよ。今ではある程度声に出せるようになったけどね」
「だって、セレナの近くが一番安心するから」
アイリは、少し恥ずかしそうにしながらも、セレナから離れはしなかった。
「あっ、そこ違うよ」
ちらっとコハクの宿題を見たアイリがそう言った。コハクは、どこの事を言っているのか分からず、首を傾げる。
「えっ? どこ?」
「ここの計算式が間違ってる」
「あっ! 本当だ。全然気付かなかった。ありがとう」
「ううん。早く遊びたいし、分からなかったら、教えてあげるね」
暇すぎるので、アイリは二人の宿題を見てあげる事にした。いつもは助けて貰っている側なので、こうして自分の得意分野で貢献したいと思っているのだ。
「本当? ありがとう」
「やった。コハク様々だね。私だけだったら、教えてくれないもん」
「そういうなら、セレナには教えてあげない」
「あ、嘘嘘! 教えてよ~!」
セレナは、アイリに抱きついて懇願する。
「仕方ないな。でも、全部は教えないからね?」
「分かってるって」
コハクとセレナは、アイリに教えてもらいながら、結構な早さで宿題を終わらせていく。
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マリーとリリーもコハク達同様宿題を進めていた。
「お姉様、こちら分かりますか?」
「ん? ああ、これはね」
マリーは、リリーが分からない部分を丁寧に教えていく。
「こういう事」
「なるほど……って、何か違いますわ!」
「へ? まさか、私のこれ宿題じゃなかった……?」
リリーの焦りようから、自分の持ってきたものが宿題ではなかった可能性を考えたマリーは、戦慄していた。
「そっちじゃないですわ! 本当は、私が教えるはずでしたのに、先程からお姉様に教えてもらってますわ!」
「まぁ、別に成績が悪いわけでもないし、ただ単にやる気がなかっただけなんだよねぇ。まぁ、リリーが一緒なら楽しいだろうから」
「まぁ……私、嬉しいですわ!」
感極まって、マリーを抱きしめるリリー。だが、唐突に顔にリリーの胸を押しつけられて、マリーは複雑な表情になっていた。
「リリー、宿題出来ない」
「はっ! 申し訳ありませんわ……」
マリーに迷惑を掛けてしまって、リリーが落ち込む。そんなリリーの頭を、マリーは優しく撫で始めた。
「別に、そこは気にしなくてもいいよ。いや、さすがに、作業中に抱きしめられるのは嫌だけど、落ち込まないで良いよって事。これで、リリーが嫌いになるとかはないから」
「お姉様!」
「さっさと、宿題終わらせよ。集中すれば、すぐでしょ」
「はい!」
マリー達は、コハク達以上の早さで宿題を終わらせていった。マリーに関しては、本当に、今まで終わらせてなかったのが不思議なくらい早く進み、一日で全てを終わらせた。
「お、お姉様……早すぎですわ……」
「別にレポートでもなければ、こんなものでしょ。う~ん……つっかれたぁ!!」
「お疲れ様ですわ。では、今日はおやすみしましょう」
「え~……作業したい~」
「これ以上遅くなりましたら、カーリー先生に怒られてしまいますわよ」
「うっ……それは嫌かも……じゃあ、寝るかぁ……」
「そうしましょう」
ベッドは二つあり、それぞれ一つずつ使えるのだが、リリーはマリーのベッドに入り込んでいた。
「そっち空いてるけど」
「お姉様と寝たいですの。駄目ですか?」
リリーは、上目遣いにマリーを見る。その目を受けたマリーは、大きくため息をつく。
「良いよ」
マリーが了承すると、リリーは顔を輝かせて、マリーに抱きついた。
「リリーって、最初に会った時から、本当に変わったよね」
「そうですか?」
「だって、ここまで甘えてこなかったじゃん」
「当たり前ですわ。ただの友人から姉妹になったんですもの。お兄様はいますが、仲が良いとは言えませんわ。あまり関わりを持っていませんの」
「ふ~ん……」
王族の話に、とことん興味がないマリーの返事は、少しだけ冷たいものに感じられた。
「あっ、ご、ごめんなさい……私……」
「ん? ああ、私の方こそ、ごめん。私は、リリー以外の王族に興味がないから、ちょっと返事が悪くなるけど、気にしないで。リリーの事は好きだから」
マリーは、友人として、妹としてリリーの事は好きだが、他の王族に関しては欠片も興味が湧かなかった。自分を捨てた恨みは、既にないのだが、自分達の欲望のためにリリーすらも巻き込むような事をしでかす王族を嫌っていた。だからこそ、欠片も興味が沸かないのだ。
先程まで申し訳なさそうな表情をしていたリリーだったが、マリーから好きという言葉を貰えて、だらしなく頬を緩めていた。
「私も大好きですわ」
リリーはそう言って、目一杯マリーを抱きしめる。丁度リリーの胸に顔を埋める形になってしまう。
「リリー……分かったから、ちょっと緩めて……」
「あ、ごめんなさいですわ」
そう言って、リリーは力を緩める。
「はぁ……その凶器はどうにかして欲しいかも」
「さすがに、身体の問題ですし……」
「まぁ、いいや。触る分には好きだし」
そう言って、マリーは軽くリリーに抱きつきながら寝る。枕は一つしかないが、普通の枕はリリーが使い、マリーはリリーの腕枕と胸で眠った。
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