第59話 表彰式

「へぇ~、そんな事があったのね」


 ネルロは、カウンターに寄りかかりながらそう言う。


 魔武闘大会での事件の次の日。マリーは、ネルロの店でのバイトをしに来ていた。


「呑気に言いますけど、大変だったんですからね」


 マリーは、売り場の触媒の状態を確認しながら、眉を寄せる。


「まぁ、そうよね。サラマンダーと戦う学生なんて、そうそういないわよ。私の知る限り、サラマンダーと一対一で戦って勝てるのは、カーリーさんとカレナぐらいね」

「そうなんですか!?」


 マリーは、衝撃の事実に驚きを隠せない。カーリーはまだしもカレナも一人でサラマンダーに勝てるとは思わなかったのだ。


「さすがのカレナも苦戦したみたいだけどね」

「えっ、苦戦?」

「ええ。学生の頃、出会って戦ったみたいよ。その時は、私はいなかったから」

「えぇ~……先生って何者?」

「俗に言う天才ね。前にも言ったかもだけど、基本的に何でも出来るわ。運の絡むゲームだけは、本当にダメだけどね。前に賭け事に挑戦しようとしていたから、全力で止めたわ」


 カレナは、本当に運が無い。それを自分でも自覚しているのに、わざわざ賭け事などに挑戦しようとするから厄介なのだった。


「ネルロさんって、先生のライバルだったのに、仲いいですよね」

「そりゃあ、あれから二年も経てば、そういう意識も消えていくわよ」

「そういうものですか?」

「そういうものよ」


 マリーは、ネルロと話しながらも触媒の状態確認をしていった。


月蜥蜴つきとかげの干物の状態が悪くなってきてます。後、奪命水だつめいすいも少なくなってます。他のは、まだ大丈夫そうです」

「ありがとう。丁度いいから、そろそろ触媒を作る事もやってみましょうか?」

「良いんですか!?」

「ええ、仕事として必要なことだからね」


 マリーの眼がすごく輝き始める。触媒を調達する事はよくあるが、自作する事は少なかった。だから、作り方を教えてくれる事に心が躍っていた。


「じゃあ、今日は、店番をお願いね。触媒の補充をしちゃうから」

「分かりました」


 今日のバイトは、触媒の状態確認と店番だけで終わった。


 ────────────────────────


 バイトが終わり、家に帰ってきたマリーを迎えたのは、コハクだけではなかった。


「おかえり、マリー」

「ただいま、コハク。それに……」

「邪魔してるぞ」


 マリーの家にいたのは、アルだった。


「どうしてアルくんがいるの?」

「ああ、少し話があってな」

「?」


 心当たりのないマリーは、首を傾げつつ応接室に向けて歩いて行く。


「私は、お茶を用意してくるね」

「ありがとう」


 コハクは、食堂にお茶を淹れに向かった。その間に応接室の椅子に座る。


「それで話って何?」

「ああ、取り敢えず、これを返しておく」


 アルはテーブルの上に盗聴器を置く。


「うん。そういえば、使い心地はどうだった?」

「ああ、言われていた通りの距離で、きちんと聞こえていたぞ。音質も良好だった。ただ、欲を言えば、もう少し集音範囲を広げて欲しいな」

「集音範囲? う~ん、あの小ささであれ以上の範囲となると、結構難しいかな。でも、やれるだけ考えてみるよ」

「ああ、頼む」


 そこまで話したところで、応接室にコハクが入ってくる。


「お茶、淹れてきたよ」

「ありがとう、コハク」

「ちょうど良かった。コハクも聞いてくれ」

「ん? 分かった」


 コハクは、マリーの隣に座る。元々、一緒に聞く気だったのだろう。自分用のお茶も用意してあった。


「一応、お前達というより、マリーに関係あることだから、報告しに来た。昨日の結界破壊についてだが、先生のおかげで、犯人は捕縛した。その協力者もな。だが、今日の朝、獄中で自殺したようだ」

「「!!」」


 マリーとコハクの顔が強張る。


「口の中に、毒を仕込んでいたようだ。そこの検査を怠った騎士団の怠慢だな。身元は、全く分かっていない。それとサラマンダーの牢を開けた犯人なんだが、騎士団は捕縛した奴らの誰かと考えているらしい」


 アルは、そこで話を切った。マリーとコハクが、少し考え事をしているように見えたからだ。


「アルくん」


 頭の中の整理が出来たのか、マリーがアルの眼を見る。


「何だ?」

「昨日の事は、全部国王の考えたことなんでしょ?」

「ああ。俺が盗聴したことから推測すればな。というか、そのまま声に出していたから、確定だな。こっちは、恐らくだが、野外演習襲撃の犯人も関わっているな」


 マリーとコハクは、ため息をつく。


「結局、国王の目的って何なんだろう。本当に王位?」

「まず間違いなく、マリーの始末だな。昨日の盗聴で拾った言葉からも明らかな事だ」

「私、王位なんていらないんだけど……直接言いに行ってみようかな」

「やめとけ。龍の住処に、脚を踏み入れるだけだぞ」


 アルが言いたいのは、国王の懐に入れば、すぐに殺されてしまうということだ。


「それはそうだけど」

「私も近づくのは、絶対に危ないと思う」


 コハクもアルと同じ考えのようだった。


「取り敢えず、その考えは無しだ。今のところは、学校の行事もないから、安全だと思うが、気を付けろよ」


 アルはそう言うと、椅子から立ち上がった。


「もう帰るの?」

「ああ、昨日の報告をするためだけに来たからな」

「そうなんだ。態々ごめんね」


 マリーがそう言うと、アルは軽く首を振る。


「じゃあな」

「うん。バイバイ」


 ────────────────────────


 アルからの報告を受けてから、一週間の時が流れた。マリー達は、表彰式のために学校の体育館にいた。表彰されるのは、各学年で優勝した六名だ。その中で、ザリウスだけは、学院トーナメント優勝の表彰もされる。


 表彰される立場のマリーは、アル達とは違う場所に待機している。


「マリーちゃ~ん!」

「相変わらず可愛い!」

「久しぶりだね!」


 待機所に来たマリーをミリス、サイラ、ローナがもみくちゃにしていく。マリーは、前と同じように何も抵抗出来ない。


「ちっ……!」

「…………」


 ディルゲルは面白くなさそうに舌打ちし、ザリウスは相変わらず、黙って壁に寄りかかっている。そこにカレナがやって来た。


「皆さん。すぐに舞台に上がってもらいます。付いてきてください」


 カレナが、マリー達を先導する。


「このまま学年順で舞台の上に並んでください」


 マリー達は、言われたとおり、学年順で並んでいく。マリーが舞台の上から体育館の中を見ると、多くの人がひしめき合っていた。


(うわぁ……こんなに生徒がいるんだ。すごい数……)


 マリーがそんな事を思っている間にも、表彰式は進む。


『では、これより、表彰式を始める。今回は例年と異なり、国王陛下からではなく、ガルディア・サルバナム学院長より送られます』


 司会を務める先生がそう言い始める。去年までは、国王から送られていたが、今回は、国王が辞退した。表彰式の場に、マリーがいるからだ。


『では、学院長よろしくお願いします』

「ああ」


 ガルディアは、いつになく真面目な顔で、舞台に上がる。


「では、表彰状を授与する」


 ガルディアは、表彰状を手に持ってマリーの前に立つ。


「表彰状……」


 ガルディアは表彰状に書いてあることを話していく。


「学院主催魔武闘大会一年の部優勝サリドニア王立学院一年マリー・ラプラス……」


 書いてあることは退屈な事なので、マリーは半分程聞き流していた。


「おめでとう」

「ありがとうございます」


 マリーは、一礼しつつ表彰状を受け取る。そこから、ローナ、ミリス、サイラ、ディルゲル、ザリウスの順番に渡していく。最後に、ザリウスに金色に輝くメダルが贈られた。


『では、これで表彰式を終えます。授与された方々以外は、先に教室に戻っておいてください』

「?」


 何故か、マリー達受賞者だけ残された。アル達も教室に戻っていく。


「さて、お前達には、色々伝えておかないといけない事がある」


 マリー以外の全員は、ガルディアが何を言おうとしているか気が付いた。マリーだけは、全く分かっていない。


「マリーとザリウスには全く関係ないことだがな」

「?」


 マリーは、ますます混乱していく。


「クラスの昇級だ。ローナ、ミリス、サイラはSクラス。ディルゲルは、Aクラスに昇級だ」

「何!? 何で俺は、Sクラスじゃないんだ!?」


 ディルゲルは、ガルディアに食ってかかる。


「お前は、学年では優勝だが、学院トーナメントでは、一回戦敗退だろ。そもそもBクラスからだから、そこが妥当だ」

「ちっ!」


 ディルゲルは、舌打ちして苛ついていた。


「なるほど。だから、私には関係ないんだ」

「そうだな」


 マリーが手を叩くと、ザリウスも頷きながら言った。


「あっ! そういえば、ザリウス先輩の剣。そのままですけど。いいんですか?」


 マリーは、ちょうど良い機会だと思い、ザリウスに剣のことを聞いてみた。


「ああ、構わない。良い鍛錬になる」


 ザリウスは、なんてことないという風にそう言う。


(それ、重いって事なんじゃ……)


 本当に、それでいいのかと思いつつも、当人が言うので、マリーは、これ以上何も言えなかった。


「それと、マリーは、来年もSクラス決定だ」

「今からですか?」

「ああ、学年で優勝しているなら、当然の措置だ。さぁ、話は、ここまでだ。お前達も教室に戻って良いぞ」


 ガルディアに言われたので、マリー達は、体育館から教室に向かう。マリーは、三人組に囲まれながら、向かう事になった。


「私、こっちなので」

「じゃあね、マリーちゃん」

「また、話そうね」

「今度は、学院の外でもね」


 三人組は手を振って、マリーを送りだす。マリーも手を振って教室に向かう。


「マリーさんも揃いましたね。座ってください」

「はい」


 マリーは、カレナ言われた通り、自分の席に座る。


「明日から、二週間は通常授業。その次の週は、試験を行います。そして、その次の週から一ヶ月間は、夏期休暇となります。一応、今後の予定を紙にしておきました」


 カレナは、予定表を渡していく。


「今日は、これでおしまいです。明日は、いつも通りに来て下さいね」

『はい』


 マリー達は、解散する。そして、いつも通りの生活が始まる。マリー達の初めての魔武闘大会が幕を閉じた。


 ────────────────────────


 王城内の執務室にて。


「くそ! また、失敗だ!!」


 国王は、机に拳を叩きつけた。


「他に、何か方法はないのか!?」

「今後の予定でマリー様を、都合良く害することは厳しいかと」

「うるさいわ!! その方法を考えるのが仕事だろが!」


 国王はカイトに、水の入ったコップを投げつける。カイトは避けることもせずに受ける。


「恐れながら、今までにマリー様の動きを監視していましたが、マリー様が王位を狙っている節は全くありません。陛下の杞憂かと思われます」

「黙れ!! 貴様には分からんだろう!! 王族に生まれれば、王位を求めるのは当然なのだ!! あやつも狙っているに決まっておるわ!!」


 国王は、血走った目をしながら、髪を掻き毟っている。国王は、まだマリーの暗殺を諦めていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る