第三章 達成感と苦しみ

第60話 夏期休暇

 魔武闘大会表彰式終了から二週間が過ぎていった。

 教室にいたマリー達は、どんよりとした顔をしていた。


「来週から試験期間です。きちんと今までの復習をしておいて下さいね。試験期間の後半は実技試験ですから、そちらの復習も忘れることないようにして下さい。では、今日はここまで」


 カレナは、そう言うと教室から出て行った。


「試験だよ~……」


 カレナがいなくなった途端、セレナは机に身体を突っ伏した。


「セレナは、もう少し真面目に授業を受けていれば、良かったと思うよ」

「だって、歴史の授業とか退屈じゃんか~~」

「退屈だけど、重要な事だよ。歴史を知ることで、過去の過ちとかも学べるんだから」

「そ~だけど~」


 アイリの言葉に、セレナも強く否定出来ない。それでも、勉強するのは嫌なようだが。


「セレナ。今回のテストの成績次第では、Sクラスから降格させられる可能性もあるぞ」

「え……!?」


 アルの警告に、セレナの顔は固まる。


「そうなの?」

「ああ、元々試験の結果で、クラスが変動する仕組みだからな。筆記と実技の試験結果によって、クラスが変動することは間々ある」


 呆然と確認を取るセレナに、アルは淡々と説明する。


「ちなみに私は、Sクラスで確定らしいよ」


 呆然としたままのセレナに、マリーが追い打ちを掛ける。


「うぅ……頑張る!!」


 ようやくセレナのやる気スイッチが入った。


「頑張ろうね、リリー!」

「私は、そこまで困ってませんわ!」


 いきなり同類扱いされたリリーが喚いていた。

 そんなこんなで、セレナが奮闘した試験週間は過ぎていき、夏期休暇前日を迎えていた。


「明日からは、夏期休暇です。皆さんは、学院の生徒だという自覚を持って、休暇を楽しんで下さい。次に学院に来るのは、一ヶ月後になります。Sクラスの皆さんは、全員合格点を超えているので、補習を受ける人はいません。よく頑張りましたね」


 カレナは、満面の笑みでそう言った。マリー達が、補習にならなかったことが、本当に嬉しいようだ。それには補習担当にならなくて済んだということも含まれていそうだが。


「一応、夏期休暇中でも、学院の門は開いて、私達教師の誰かが駐在しています。何かしらのトラブルや質問などがあったら来て下さい。他にも注意点などがありますが、かなり多いので、こちらの冊子に書いておきました」


 カレナはそう言って、夏期休暇の注意点が書かれた冊子を配る。その冊子は、カレナが口頭で言うのをやめるのが分かるくらいの厚さがあった。


「後は、夏期休暇中の宿題ですね。どんどん配っていきますね」


 そう言って、カレナは凄まじい量のプリントを配っていく。プリントが配られる度に、マリー達の顔が強張っていく。


「これで全部ですね。皆さんは、一年生ですので、かなり多いかと思いますが、頑張って下さい」

「先生、学年が上がる度に宿題の量は減っていくんですか?」


 カレナの言葉に引っかかる部分があり、セレナが質問した。


「そうですね。その代わりに、かなり面倒くさい宿題になります。基本的にはレポートばかりになりますからね」

「うへぇ……」

「学生のうちは勉強から切り離されることはありませんから、皆さん頑張りましょう」


 そう言って、カレナは教室から出ていった。


「はぁ、明日から夏期休暇かぁ。皆はどこか行くの?」


 試験が終わり、落ち込んだ気分から解放されたセレナが、皆に訊いた。


「予定はないな」

「僕もだね」

「私もですわ」


 アルとリンとリリ-は何も予定が無いらしい。


「私はお母さん次第かな」

「私も師匠次第だね」


 マリーとコハクは、カーリー次第で変わるという。


「ふ~ん。じゃあさ、皆で一緒に避暑地に行かない? うちの親の別荘があるんだ」

「別荘っていっても、かなり小さいけどね」


 予定のない皆に、セレナとアイリから提案される。


「避暑地ってどこ?」

「北にあるスノーヒルだよ。今の時期だと雪はないけど、ここら辺よりも涼しいんだ。お母さん達は、来られないけど、友達とどうって言われたから」


 スノーヒルは、王都であるサリドニアから北に何十キロも先に行ったところにある地域だ。国境に近いところだが、今は終戦している国との国境なので、避暑地として人気を博している。


「いいかも。お母さんに相談してみる」

「そうだな。せっかくセレナが提案してくれたんだ。俺も父上達に話を通しておこう」

「うん。僕もスノーヒルなら許可が出ると思うよ」

「私も大丈夫だと思いますわ」


 皆の返事に、セレナの頬は緩む。


「じゃあ、皆の予定を確認してから集まろうか」

「なら明日集まるか」

「じゃあ、私の家に来ると良いよ。集まりやすいだろうし」


 皆の集まる場所が、マリーの家に決まった。その日は、それで解散となった。

 そして、マリー達は、夕食の時間にカーリーに確認をとっていた。


「……ってわけなんだ。私も行って良い?」

「そうかい。今の時期だと過ごしやすくなってる頃だろうしね。まぁ、いいさね。ただし、私も行かせて貰うよ」

「お母さんも!?」


 カーリーの返事に驚きを隠せないマリーとコハク。


「そりゃそうさね。マリーは、あの屑に狙われているのを忘れたわけじゃないだろう?」

「そりゃ、そうだけど。そんなところまで追ってくる?」

「可能性はあるさね」

「私もそう思う。マリーは、少し楽観的になりすぎだよ。今までだって、いろんな事に乗じて襲撃を仕掛ける事があったでしょ?」


 カーリーの意見にコハクも同意する。


「う~ん。まぁ、お母さんが来るんだったら、襲撃云々無しにしても頼もしいからいいか」

「明日、うちに集まるんだろう? 予定を決めておくといいさね。馬車の用意はこっちでやっておくよ。それと、マリーは、ネルロに旅行に行くことを伝えておきな。バイトを休むことになるんだからね」

「は~い」


 こうして、旅行には、カーリーもついてくることになった。


 ────────────────────────


 次の日、マリーの家に集まった皆は、食堂でお茶を飲みながら話していた。


「そうか。カーリー殿もついてくることになったか」

「も?」


 旅行についての話になった瞬間、アルがそんな事を言い出した。


「ああ、父上もついてくると言っていた。まぁ、父上が泊まるのは、うちの別荘になるだろうがな」

「ああ、そっちもそう言ってきたんだね。僕の方も同じ事を言ってたよ」

「まさか、リリーも!?」


 アルに続いてリンの方も同じように家族が着いてくると言うので、コハクは、リリーの方も同じ事を言うのではないかと警戒した。


「いいえ、私の方は行ってらっしゃいと言われましたわ」

「よかった……カオスな空間が出来上がるかと思ったよ……」


 国王達は来ないと知り、コハクも安堵した。この話の間、マリーは驚く程に静だった。あまり、気にしないようにしているのだろう。


「今の感じだと、一緒に泊まるのは、カーリー殿ということになるな」

「保護者としては、こんなに頼もしい方はいないね」


 アルとリンの親は、自分達の別荘に泊まるので、常に傍にいるのはカーリーだけになりそうだ。


「すごいね。『黒騎士カストル』と『青騎士バルバロット』の護衛が付くって事だもん」

「うん。ただ、別荘に行くのに、ものすごい過剰戦力だよね」


 旅行に誘ったセレナとアイリは、すごいことになったと少し驚いた。


「お母さんが馬車の用意とかしてくれるっていってるけど、どうする?」

「いや、家は家で場所を手配するだろう」

「僕もそう思うよ」


 それから、色々と話した結果、カーリーが調達した馬車にマリー達が乗り、アル達の親は、自分達の馬車で付いてくるという事に決まった。そして、旅行の日は、夏期休暇開始から一週間経った日からの一週間という期間になった。

 マリー達はその間に、宿題を、なるべく進めていくのであった。


 ────────────────────────


 夏期休暇開始から五日経った日。ネルロの店にカレナがやって来た。


「あら、珍しいわね。どうしたのかしら?」

「何か、明後日から、一週間休みを貰ったんだ。その間暇だなって思って、ネルロを誘いに来たの」

「カレナが暇って、本当に珍しいわね。学院にいた頃は、勉強勉強で誰も近づけなかったのに」


 ネルロがそう言うと、カレナは少し恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「学生なんだから当然でしょ! それで、明後日から一週間空いてる?」

「注文は入ってないから、店を閉めておけば大丈夫だけど、どこかに行くの?」

「スノーヒルに行こうと思って。この時期の王都って結構暑くなるでしょ?」

「そういえば、マリーちゃんもスノーヒルに行くって言ってたわね」


 スノーヒルの単語からネルロはマリーが旅行に行ってくると言っていたのを思い出す。


「そうなんだ。じゃあ、向こうで会うことになるかもしれないね」

「行く事は決定なのね。分かったわ。旅行の準備をしておく」

「ありがとう。一緒に行く人いないなって、悩んでたんだ」

「勉強勉強って言ってたから友達がいないだけでしょ……」


 ネルロのぼやきは、幸いうかれているカレナには届かなかった。


────────────────────────


 旅行前日。マリーは、自分の工房で、明日持っていく物の整理をしていた。


「これとこれとこれとこれとこれ……後、これも。あっ、これはどうしよう……」


 マリーは、作りかけの魔道具を見ながら、悩み始める。


「向こうで作る機会があるかもしれないし、持っていこう。パーツで分ければ入るし」


 マリーの選別は続く。

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