第58話 サラマンダー戦

 マリーとアルは、サラマンダーに向けて走り出した。


「『剣舞ソードダンス十重奏デクテット』」


 マリーは、最初から全力で行くことにした。サラマンダーは、キマイラよりも強い魔物だ。マリー達も、あの時より強くなっているとはいえ、さすがに舐めて掛かれる相手ではない。


「行くよ! アルくん!」

「ああ!」

「『剣唄ソードソング協奏曲コンチェルト』」


 十本の剣のうち、五本が回転し、魔法陣を描く。


「『魔剣術・大瀑布だいばくふ』」


 アルが頭上に掲げた剣を真っ直ぐ振り下ろす。サラマンダーまで距離があるので、ただ空を斬っただけだが、次の瞬間サラマンダーの真上から大量の水が降り注いだ。大量の水は、それだけ質量も大きいので、サラマンダーは、簡単に押し潰されている。さらに、炎を纏うサラマンダーにとって水は弱点そのものだ。大ダメージを負うことは間違いないだろう。

 そして、それらは、マリーの協奏曲によって、アルの魔剣術が五回繰り返される。


「倒せた!?」

「どうだろうな」


 二人は、油断せずにサラマンダーの方を見続ける。

 すると、計六回の大瀑布により、水浸しになった闘技場が一気に蒸発して乾いていく。


「あの水でも生きられるの……?」

「そう簡単に倒せれば、キマイラより強いなんて言われているわけがないな」


 サラマンダーは、マリーとアルの方向を向く。完全に敵視しているようだ。身体のあちらこちらから火が噴き出して、マリー達を睨んでいた。そして、マリー達に向かって、突っ込んで来る。


「うおおおおおおおお!!」


 マリー達が避けようとすると、サラマンダーの上から大きな一撃が加えられた。


「ザリウス先輩!?」


 その一撃を加えたのはザリウスだった。ザリウスの剣がサラマンダーに打ち付けられているが、切断するまで至っていない。


「硬いな……」

「ザリウス先輩、その剣を少し貸して下さい!」


 マリーがそう言うと、ザリウスは何も言わずに剣をマリーに渡す。マリーは、祝福のせいで剣を持てないので、そのまま地面に置く。


「アルくん! 時間を稼いで! ザリウスの剣を強化したら、サラマンダーに対抗出来るかも!」

「分かった!」


 マリーの前に、アルとザリウスが出る。


「先輩!? 武器はまだですよ!?」

「素手でもいける」


 まだ、剣の強化も出来ていないのだが、ザリウスは平然と両手を構えた。かなり心配になるマリーだったが、本人が大丈夫というのだから平気だろうと割り切り、剣の強化に集中する。


「この剣は重量で斬るタイプの剣だから、重量を上昇させて、斬れ味を私が出来る最大限まで強化する」


 マリーは、二人が戦っている間に、剣の強化を素早くしていく。しかし、雑な仕事は絶対にしない。それが、魔道具職人のプライドだからだ。


「よし! 出来ました!」

「分かった」


 サラマンダーと素手で殴り合っていたザリウスが、マリーの元まで戻ってくる。


「むっ……重いな」

「すみません、勝手に重くしてしまいました……」

「いや、俺好みだ」


 ザリウスは、強化された剣を軽々と持ち上げていた。


(重いって言いながら、軽く持ち上げてるし……)


 さすがのマリーも驚きを隠せない。ザリウスは、そんなマリーを気にせずに、サラマンダーに突っ込んでいく。そこには、魔剣術を多用して、サラマンダーとやり合っているアルの姿がある。


「私も『剣唄ソードソング増幅アンプ』! 『水弾ウォーターバレット三連トリプル』!」


 マリーは、水魔法による援護を中心として、立ち回る。


「はぁああああああ!!」


 野太い雄叫びと共に、ザリウスの一撃がサラマンダーに叩きつけられる。先程よりも深い傷を負わせる事は出来ているのだが、切断するまで至らない。その理由がようやく分かる。


「炎の噴射か……」

「ザリウス先輩の剣を押し戻す程の勢い。馬鹿には出来ませんね」


 ザリウスやアルが斬りつけると、その攻撃箇所から、炎が勢いよく噴射し、二人の攻撃を押し戻しているのだった。さらに、怪我を負わせた場所も炎に守られ、攻撃を加える事が出来ない。


「攻撃の手が足りないのかな? 『水弾ウォーターバレット十連ディカプル』」


 マリーの水の弾で炎に勢いを抑えることも出来るのだが、ほんの少ししか効果がないので、根本的な解決になれない。手数が足りないと感じていると、


「『貫通ペネトレーション暴嵐テンペスト』!」


 高密度の暴風が、サラマンダーの身体に刺さり、真横に滑っていく。


「うげっ! これでも大したダメージにならないの!?」

「セレナ!?」

「お待たせ、マリー」

「ごめんなさい。避難誘導をしていたら、遅れてしまいましたわ!」

「ここからは、僕達も手伝うよ」

「皆でやれば、勝てるかも」


 攻撃の手が足りないと悩んでいるところにセレナ、コハク、リリー、リン、アイリが合流した。セレナ達は、マリー達が戦っている間に、逃げ出している人を誘導していた。そのおかげで、あの混乱の中で、素早く避難を終える事が出来た。


「皆が来たなら、もう一度! 『剣唄・協奏曲』!」


 マリーは、再び協奏曲を奏でる。


「皆!」

「『魔剣術・水華すいか』」

「『魔弓術・氷波ひょうは』」

「『抜刀術・百花繚乱』」

「『貫通・暴風』」

「『暗黒弾ダークネスバレット』」

「『稲妻ライトニング』」

「『圧斬り』」


 マリーの一言だけで、皆は意図を察して、自分が使える技を繰り出す。

 アルの放った水の華が、リンの放った氷の波が、コハクが放った無数の剣撃が、セレナの放った暴風を纏った一撃が、アイリの放った暗黒の弾が、リリーの放った稲妻が、ザリウスが放った力魔法を纏った重い一撃が、それぞれマリーの剣と合わせて六撃ずつ打ち込まれていく。

 ザリウスは、マリーの協奏曲を知らないはずだが、先程のアルとの共闘を見て、大体の事は察しての行動だった。

 キマイラをも屠り去った連続攻撃だ。いくらサラマンダーでも、ただでは済まない。サラマンダーの身体は、無数の傷が付いている。瀕死の重体に見える。しかし、そう都合良くはいかなかった。サラマンダーの身体から溶岩のようなものが出始めた。


「なにあれ?」

「まずい! 仕留めきれなかったか!」

「どういうこと?」


 アルの焦りように、マリーは、ただ事ではないと察する。


「あれは、サラマンダーが、本気で怒ったときに起こる現象だ。あの状態では、こっちの攻撃は、ほとんど通らない。それに、溶岩が冷えたら冷えたで、硬い鎧に覆われて、攻撃が通らなくなる」

「太刀打ち出来ないって事?」

「俺達の攻撃ではな」


 学生であるマリー達が使える力では、今の状態のサラマンダーに勝てる見込みはない。


「せめて、ザリウス先輩と同じくらいの力を持つ人が、後二人は欲しいところだ」


 ザリウスと同じくらいの強さを誇る生徒はいない。というよりも、現状、闘技場内にはマリー達以外の姿は無かった。


「先生がいれば……」

「あ~あ、あ~あ、全く何をやってるんだい。あの状態のサラマンダーは、かなり面倒くさいんさね」


 そんな声が聞こえて、マリーは後ろを振り返る。そこには、マリーが最も信頼する人がいた。


「お母さん!?」

「仕事がようやく終わったから、愛娘の試合に来てみれば……何がどうやったら、サラマンダーと戦う事になるんさね」

「えっと、いろいろと?」

「まぁ、良い。あんた達は、下がってな」

「う、うん。でも、大丈夫なの?」


 マリーは、カーリーの心配をする。


「私の心配なんて、十年早いさね」


 口ぶりはぶっきらぼうだが、カーリーは、慈しむようにマリーの頭を撫でた。

 サラマンダーは、溶岩を撒き散らしながら咆哮すると、マリー達目掛けて突撃してくる。


「邪魔さね」


 カーリーは、右脚のかかとを踏みしめる。すると、サラマンダーの目の前と左右に大きな土の壁が現れる。さらに、その土壁に魔法陣が描かれた。

 サラマンダーが、カーリーが生み出した土壁にぶつかる。マリー達が土壁を作っていたら、この一撃だけで崩れ落ちてしまうだろう。しかし、カーリーの作った土壁はサラマンダーの突撃に耐えただけでなく、サラマンダーがぶつかった瞬間、土壁から出現した土の棘に串刺しにされた。


「どういうこと!?」

「ただ単に、土壁の強度を強化しただけさね。それと、溶岩と溶岩の隙間を狙って棘を伸ばしてやれば、串刺しになるさね」

「へぇ~」


 カーリーのレクチャーに、マリーは感心する。アル達は、そのレクチャーもあまり耳に入ってこなかった。


「無詠唱……?」


 アルが絞り出せたのは、その一言だけだ。他の面々は、言葉も出せずに圧倒されている。無詠唱で土壁を出し、さらに付加まで加えたカーリーの無詠唱は異常だった。本来であれば、その内の一つだけでも難しい。カレナですら、詠唱が基本となっている。それだけ高等技術だった。

 サラマンダーは、身体を大きく揺らして、棘をへし折る。


「さすがにしぶといね。まぁ、これで終わりさね」


 呆れたような顔をしたカーリーが指を鳴らす。すると、マリー達がいる場所以外の闘技場内が、完全に凍り付いた。もちろん、サラマンダーもだ。

 あれだけの水を掛けても消えることがなかった炎が完全に消え去っていた。


「……やったの?」

「身体の芯まで凍り付かせてやったからね。もう、動き出すことはないさね」

「はぁ……良かった」

「全く、こんな時に、学院の教師達は何をしているやら」

「あっ、え~っと……」


 マリーは、ザリウスがいる事を踏まえて、国王の関与をぼかしながら説明する。


「なるほどね……」


 カーリーは、表には出さないが、内心は、煮えたぎる思いに満ちていた。国王の関与を察したのだろう。


「だとすると、教師どもも危ないかもしれないね」

「どういうこと!?」


 突然の話に、マリーは驚きを隠せない。


「カレナの嬢ちゃんがいれば、結界の修復なんて簡単なことさね。そうで無くても、修復にここまで時間が掛かる事なんて、ほとんどあり得ないさね」

「じゃあ……」

「なにかしらトラブルが起こってる事さ」


 マリー達に、緊張が走る。


「早くどうにかしなくちゃ!」


 マリーは、慌てて教師達の元に行こうとするが、すぐに止まる。そもそも居場所を知らなかったからだ。


「少しは落ち着きな。私が行くから、皆は、避難するといいさね」

「でも!」


 マリーがそう言うと同時に、闘技場の結界が復活する。


「行く必要がなくなったな」

「じゃあ、トラブルを解決出来たって事?」

「そうさね。取り敢えず、ここで待っているのが良い」


 マリー達は、カーリーの言うとおり、闘技場内で待つことにした。


「そういえば、ザリウス先輩」

「ん?」


 マリーに呼ばれたザリウスが、マリーの方を向く。


「サラマンダーの相手を手伝って頂き、ありがとうございました」

「いや、気にするな。当然のことをしただけだ」


 ザリウスはそう言うと、話はここまでだと言わんばかりに、身体を背ける。マリー達の先輩として、戦うのは当たり前の事だと思っているので、これ以上の感謝は不要だと判断していた。

 しばらくすると、闘技場に人が入ってきた。


「皆さん! 無事ですか!?」


 入ってきたのは、カレナだった。


「先生! 先生こそ大丈夫だったんですか?」

「ええ、何故か襲い掛かってくる人達がいましたが、もう捕まえましたので」

「カレナさんがいて、助かったよ」


 カレナの後に続いて来たマリー達の審判を務めていた先生がそう言った。どうやら、敵を捕まえたのは、カレナだったらしい。


「こちらに捕まえていたサラマンダーが逃げたようでしたが、カーリー先生が?」

「はい。お母さんが倒してくれました」

「私は、トドメを刺しただけさね。ここにいる生徒達が、観客を逃がす時間を稼いでくれたんさね」


 カーリーがそう言うと、カレナ以外の教師の面々が驚いた顔をする。学生の身でサラマンダーとほぼ対等に戦える人は、あまりいない。それも、一年生込みでとなると、さらに数が少なくなる。


「そうでしたか。取り敢えずですが、魔武闘大会はこれで終わりです。エキシビションも行わないことが決まりました。それと、表彰式の方も延期という運びになりました」


 カレナは、ここに来る間に決定したことをマリー達に伝える。


「なので、明日から魔武闘大会期間予定だった来週までは、休みになります。そのつもりでいて下さい」

『はい!』


 マリー達は、元気よく返事をする。ようやく安心出来るからという面が大きい。


「カーリー先生。このあと職員会議を行いますので、学院までお越しください」

「わかったさね。マリー達も今日のところは、さっさと帰るさね」

「わかった」


 カレナ達教師陣は、カーリーを連れて、学院に戻っていった。


「じゃあ、私達も帰ろうか」

「そうだな」


 マリー達は、それぞれの家に帰っていった。マリーは、その途中である事に気が付く。


「あっ!」

「どうしたの!?」


 一緒に帰っていたコハクが、いきなり大声を上げたマリーに驚く。


「ザリウス先輩の剣……そのままにして来ちゃった……」

「……まぁ、何かあったらマリーのところに来るんじゃない?」

「……そうだよね」


 この後、剣を直して貰いに、ザリウスが来ることはなかった。マリーが調整してくれた剣を気に入ってしまったからだ。

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