第11話 模擬戦授業

 マリーとコハクが、学院の教室に着くと、既にクラスメイトの皆が集まっていた。


「「おはよう」」

「おはようございますわ。マリーさん、コハクさん」

「おはよう。マリー、コハク」

「おはよう。マリーちゃん、コハクちゃん」


 リリーとセレナ、アイリが挨拶を返した。


「リンさん。おはよう」

「おはよう。コハクさん」


 コハクがリンに挨拶する。


「おはよう。アルくん」

「ああ、おはよう」


 最後に、一番近くにいるアルに挨拶する。その後、皆で他愛のない話をしていると、カレナが教室に来た。


「皆さん。今日の授業は、昨日も言った通り、模擬戦です。着替えて闘技場まで来てくださいね」

『はい』


 今日の授業は、皆で総当たりでの模擬戦だ。週に一度、一日かけてこの模擬戦を行うのがこの学院の特色だった。互いの強さを確認しつつ、対策を練って対応する練習になる。Sクラスは人数が少ないので、この授業のみ、Aクラスと合同で行う。

 マリー達は、Sクラスに宛がわられた更衣室に移動した。更衣室の中で着替えていると、マリーの動きが止まる。その視線は、隣で着替えているリリーに注がれていた。


「リリー……大きいね」


 マリーが、リリーの身体の一部分を見てそう言う。


「な、なんですの!? いきなり!」


 突然変な事を言われたリリーは、すぐに身体を隠す。


「だって、私は、全然ないのに……リリーは、そんなに大きい……同い年だよね?」


 マリーは、自分の胸とリリーの胸を見比べて、絶望的な顔をしていた。マリーがちょっとした起伏のある平原だとしたら、リリーは山だった。


「あ、当たり前ですわ!」

「確かに、リリー、大きい……」


 その話題に乗っかったのは、セレナだった。セレナも自分のものを見て、虚無感を抱いていた。セレナも、マリーとどっこいどっこいの大きさだ。


「な、セレナさんまで!?」


 リリーは、身体を丸めて隠し始めた。


「でもね! マリー、私の妹も負けてないよ!」


 セレナは、さっきの虚無から一転、威勢の良い声で、自分のことのように薄い胸を張って宣言した。


「セレナ!? な、何を言ってるの!?」


 皆の視線がアイリの方を向く。その間にリリーは、素早く着替えを済ませる。


「本当だ、アイリも大きい……ずるい!」


 マリーは、アイリに抱きつく。


「えっ、マリーちゃん!?」


 まさかそのような事になると思っておらず、アイリは戸惑う。


「アイリの……柔らかい……」


 身体全体で感じた柔らかさに、マリーはショックを受けていた。アイリは、マリーが固まっている隙に着替えを済ませていった。


「セレナと双子なのに、なんでこんな違いが……」

「大きなお世話だ!」


 何故かセレナに飛び火した。セレナもそのことを気にしていたので、改めてショックを受けている。


「マリー、早く着替えなきゃ」


 コハクがマリーを窘める。


「あ、ごめん、すぐ着替える」


 我に返ったマリーは、急いで着替える。

 その間に、これまで一度も話題に入ってこなかったコハクにリリーが問いかける。


「コハクさん、さっき一度も話題に入ってきませんでしたけど……」

「え? うん。私、マリーほど小さくないからね」


 コハクの一言が、マリーを襲う。


「い、今、なんて言ったの? 嘘でしょ。いつの間に私を置いてけぼりに……」


 マリーは。今までにないくらいのダメージを負った。幼馴染みのコハクの人知れぬ成長を聞いてしまったせいだ。完全に、自分の成長が遅れている事に気付いたマリーは、膝を突く。


「絶対、大きくなってやるんだからあああ!」


 マリーの悲痛な叫びが更衣室にこだました。

 その声は、少し離れたところにある男子更衣室にまで届き、「なんか叫んでないか?」「そうだね。皆、仲が良いんだね」と二人のSクラスが話していた。

 皆が闘技場に着くと、Aクラスの生徒達も続々と集まってきた。ちなみに、更衣室はそれぞれのクラス毎にある。一斉に着替える時でも対応出来るようにという理由だ。


「皆、集まっていますね。私はSクラス担任のカレナ・ロスクットです。Aクラスの皆さんもよろしくお願いします」

「俺はAクラス担任のガイル・ガリウスだ。よろしくな! 早速だが、Sクラス、Aクラス合同の模擬戦を行う。名前を呼ばれた者は闘技場の中に来るように、また、全員で五十人以上いるため、第二闘技場も使用する。模擬戦をしない生徒はどちらの試合を見ても構わない! むしろ、見たい試合を見て勉強してくれ! では、まず第一闘技場………」


 しばらくの間Aクラスの試合が続いた。どの試合も白熱していた。剣対剣、剣対魔法、魔法対魔法のどの試合でもどちらが勝つか分からない試合だった。そして、ようやくSクラスの試合も始まった。


「続いて、第一闘技場、Sクラス、リンガル・ミル・バルバロット。Aクラス、セリウス・ハルファー。第二闘技場、Sクラス、セレナ・クリストン。Aクラス、ダグラス・ヴァルドー。準備しろ!」


 ガイルの声に観客席にいた生徒達がざわめく。


「やっとSクラスだ。でも、どっちをみる?」

「う~ん、バルバロットかな。【青騎士バルバロット】の家系だろ? あそこは、魔弓術の使い手だから、この闘技場でどう戦うのか気になるぜ」

「あのクリストンって奴はどうなんだ?」

「さぁな。でも、庶民の出で、Sクラスだからな。何をするか分からないぞ」

「そう考えると、そっちも面白そうだな!」


 Aクラスの生徒達がそうやって話しているのを聞きつつ、マリーはどちらを見るか悩む。


「う~ん、リンくんかセレナかどっちを見よう」

「どっちも見られる魔道具とかないのか?」

「遠隔投影魔法がそれだけど、今回は使ってないみたいだから、私からじゃどうしようもないかな」


 マリーは迷ったあげく、セレナを選んだ。コハクは、リンを見るようだ。先程聞こえた魔弓術というものが気になるという理由からだった。


「コハク! 後でどんな試合だったか教えてよ?」

「分かってる。そっちも教えてね」


 マリーは、セレナの試合会場である第二闘技場へと向かう。それにアルも一緒についてきた。


「アルくん、良かったの? リンくんと友達でしょ?」

「ああ、あいつは大丈夫だろ。負けるところが想像出来ん」


 マリーは、アルがそこまで評価しているリンにも興味がわいたが、セレナの試合の方が気になるので、第二闘技場に急いだ。第二闘技場に着くと、円形のフィールドにセレナとダグラスが立っていた。


「セレナぁ! 頑張れぇ!」


 マリーが、観客席から声を張り上げる。それに気付いたセレナが、マリー達にむかって手を振る。それからすぐに試合が始まる。


『はじめ!』


 合図と共に動いたのはダグラスの方だった。ダグラスが手に持つのは、自分の背ほどある大剣だった。対するセレナが持つのは細剣だ。片や力で叩き切る大剣。もう片や速さと手数そして正確さで突く細剣。

 誰に訊いても、ダグラスの方に分があると答えるだろう。ダグラスも自分が有利だと判断したのか真っ直ぐ叩き切るために駆ける。


「はっ! Sクラスと言っても、その剣では俺に勝てまい!」


 セレナは、ただジッとダグラスを見ていた。ダグラスが、セレナへ大剣を叩きつける為に振りかぶる。その瞬間、セレナの姿がかき消えた。


「なっ!? どこ行きやがった!?」


 目標を見失った事で動揺して、動きを止めてしまったのがダグラスの運の尽きだった。セレナは、いつの間にか、ダグラスの後ろに立っており、その細剣は、既にダグラスの心臓に刺さっていた。


「がっ!?」


 ダグラスは、その一撃で気絶した。


「ふぅ……」


 セレナは、一息ついて剣を鞘にしまった。


『勝者、セレナ・クリストン!!』


 一瞬静まった後、観客席が沸いた。誰もがダグラスの勝利を疑わなかった。それを覆したからだ。そのことだけで観客席は大興奮だった。因みに、セレナは試験でも絶対に負けると思われた戦いを制している。その時も一撃で相手を気絶させていた。だからこそ、クラス分けでSクラスになったのだ。

 皆が、セレナの勝利に沸いている中、マリーとアルは二人で考え込んでいた。


「今の見えた?」

「ああ、見えた。あれは、純粋な体術ではないな。軽く風魔法を纏続けて、相手が勝利を確信した瞬間を狙って、風で自分を押して回り込んでいる。魔法で再現した縮地というところだろう」

「風を気付かせないくらい薄く纏って、瞬間的に爆発させて加速させているって感じか。やっていることは簡単に見えて、全部高等テクニックだよ」

「ああ、あれは風魔法に精通していないと出来ない。風魔法の熟練度が違うな」


 マリー達は、セレナの戦い方を分析していたのだ。同じSクラスでも、互いの戦い方を知っている人は少ない。マリー達は、どんな武器が得意で、どんな戦法をとるのか気になっていたのだ。


「さて、第一闘技場に戻るか」

「そうだね、リンくんの戦い方も知りたいし」


 二人が第一闘技場に向かうと、ちょうど別の出口から、セレナが出てきた。


「セレナ!」

「マリー!」


 二人は、駆け寄って手を合わせてジャンプする。


「お前らは、久しぶりに会った友達か」


 思わずアルがツッコミを入れた。アルのツッコミで我に返ったマリー達は、アルと一緒に第一闘技場へ向かう。


「セレナ、すごいね。私、あんなにうまく風魔法使えないよ!」

「えっ!? 何で知ってるの!?」


 マリーが、セレナの戦い方を当てたことに、セレナは本気で驚く。


「見たら分かるよ。私は、お母さんとの修行で、魔力の動きがある程度分かるから」

「俺は、天眼があるからな。対象の動きは、ある程度追える」

「クラスメイトが超人過ぎる……」


 セレナは、マリー達の言ったことにまた驚く。


「魔力視が出来る人と天眼持ちなんて、そんなにいないはずだよ」

「えっ? でも、天眼なら、コハクも持ってるよ」

「……ははは」


 セレナは、思わず苦笑いをしてしまう。誰でも使える訳では無いものを、クラスメイトの半分が持っていたからだ。


「……そうなんだ。じゃあ、私は、三人に勝てないじゃん!」


 自分の戦法が、確実に通用しない事を察して、嘆くセレナ。


「そうでもないだろう。セレナの風魔法は、俺やマリーが扱えるレベルを遙かに超えている。それを工夫して使えば、俺達にだって勝てるさ」

「そうかな。でも、どう工夫したらいいんだろう?」


 アルのフォローに、少し持ち直したセレナだったが、今度は、別の理由で頭を抱えた。


「う~ん……そういえば、武器の突きに風魔法は使わないの?」

「うん。前に風魔法で、剣を突き出す速度を上げようとしたんだけど、狙いがブレちゃうんだ。私の剣は細剣だし、狙いがズレたら、致命傷を与えられないから」


 マリーの意見は、すでに試された後だった。そこに、アルも案を出す。


「風で攻撃の道は作れないのか? そうしたら、突きの速度を上げつつ、正確さも補えるんじゃないか?」

「風で通り道か……う~ん、どうだろう? 制御する箇所が増えるから、結構難しそう」

「後は、風で貫通力を上げるとかは?」

「どうやって?」

「さぁ? そこまでは分からないけど」


 そんな話をしていると、第一闘技場に着いた。観客席を探すと、すぐにコハクとリリー、アイリを見つけた。


「コハク~!」


 マリーが、コハクを呼ぶと、コハクはすぐにマリー達を見つけた。マリー達は、コハクの周りの空いている席に座る。


「試合はどうだった?」

「すごかった。リンさんは弓で、相手は魔法だったんだけど、開始と同時にリンさんが高速で撃ち出した矢が相手の頭を撃ち抜いて終ったよ」


 こっちでも速攻で終っていた。リンは、相手に文字通り手も脚も出させなかったようだ。


「そっちは?」

「セレナが、相手の攻撃を避けて一撃で倒したよ」

「へぇ~、速さで勝負する感じなんだね」


 コハクの口角が上がっている事に、マリーだけが気付いて苦笑いしていた。互いが見た試合を教え合っていると、次の試合が発表される。


「第一闘技場、Sクラス、リリアーニア・トル・サリドニア。Aクラス、ゲルニア・スタン。……」


 今回の試合で戦うSクラスは、第一闘技場だけのようだ。なので、マリー達は、このまま試合を見ることにする。しばらく待っていると、会場に移動したリリーが姿を現す。


「リリーは、どういう戦い方なんだろう?」

「見た感じ、鞭を持っているから、鞭で戦うんじゃないの?」


 コハクの言う通り、リリーの腰には、鞭が吊ってあった。相手は、少し大きなハンマーを持っている。


「鞭対ハンマーって、どっちが有利なんだろう?」


 コハクが首をかしげる。


「どうだろうな。俺もこの二つの戦いは見たことがない」


 アルもどっちが有利なのかは分からなかった。そこに試合を終えたリンが合流した。


「確かに、鞭を主として使うのは、僕も見たことがないよ。基本的には補助武器だったから」


 マリー達の中で、誰にも予想の出来ない戦いが始まった。

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