第12話 模擬戦授業(2)

 リリー対ゲルニアの戦いは、リリーから先に動き出した。腰に括っていた鞭で、地面を勢いよく叩く。すると、ただ鞭で叩いただけだというのに、地面が大きく揺れた。

 その揺れでゲルニアの体勢が僅かに崩れる。しかし、リリーの方の体勢は、微塵も揺るがない。しっかりと足腰を鍛えている証拠だ。ゲルニアの体勢が崩れたところに、リリーは鞭を振るう。目にも留まらぬ速度で振われた鞭は、相手の顎を正確に弾く。顎を弾かれたゲルニアは、脳震盪を起こし、その場で倒れた。


『勝者、リリアーニア・トル・サリドニア!』


 相手が王女だという事に狼狽えていたにせよ、リリーの勝ちだ。やはり、観客席が沸く。しかし、Sクラスの面々は冷静に分析をしていた。


「リリーのあの鞭は魔道具か?」


 アルが、マリーに問いかける。


「うん、魔道具だね。衝撃増強と衝撃伝播かな。常時起動型じゃなくて、継続起動型だと思うけど、ちゃんとしたことは、魔法陣を見ないと分からないかな。仮に継続起動型だとすると、魔力のオンオフを上手く切り替えているし、技量の高さが窺えるかな」


 マリーは、自分の魔力視で見た事と肉眼で見たことを合わせて考慮し話した。

 常時起動型は、ネルロの店にあった触媒を保管していた容器にも使われている。大気魔力に反応する分、魔法陣の劣化が早くなる欠点を持つ。

 継続起動型は、一度起動すると停止するまで効果が続くという物だ。物によって異なるが、大気魔力で動くものと体内魔力で動くものの二種類がある。リリーの鞭は、体内魔力で動くものとなっている。常時起動型と比べると劣化は遅いが、それでも継続的に発動するので、魔法陣の劣化が問題となる。

 全ての魔道具に言える事だが、この二つに関してはよりメンテナンスが重要になってくる。


「あの正確な鞭捌きは、自前のものだね」

「そうだな、並の熟練度ではないだろう」


 リンの言葉をアルが肯定する。リリーの動きは、他の生徒と格が違った。鞭で正確に狙った場所を打ち抜くには、それ相応の努力が必要になる。幼い頃からの教育の賜だろう。


『続いて、第一闘技場、Sクラス、アイリ・クリストン。Sクラス、マリー・ラプラス。第二闘技場……』


 次の戦いは、Sクラス同士の戦いだった。マリーとアイリは、互いに互いの事を見る。


「よし、正々堂々と勝負だよ。アイリ」

「う、うん! 手加減抜きだよ。マリーちゃん」


 マリーとアイリは闘技場の中央に向かい、所定の位置に着き合図を待つ。


「どっちが勝つと思う?」


 コハクが、観客席にいるSクラスの皆に訊く。すでに、試合を終えたリリーも、この場に戻ってきていた。


「マリーさんだと、私は思いますわ」

「私は、アイリかな。妹だから強さを知ってるしね」

「マリーさんもアイリさんも、戦い方が分からないからなんともいえないね」

「俺もだな、マリーと一度戦ったが、それでも戦い方がよく分からないからな。魔法主体である事は確かだが、マリーの口ぶり的に、もう少し秘密があるようだしな」


 リリーはマリーの、セレナはアイリの勝利を予想した。リンとアルは予想がつかないためどちらとも言えなかった。


「コハクは、どっちなんだ?」


 アルがコハクに問いかける。


「そりゃあ、マリーだよ。本気でやったらだけど……」


 気になる言葉をコハクが言った。皆はコハクにどういうことか訊こうとしたが、惜しくも試合開始の合図が先にでてしまった。


『開始!』


 合図と同時に二人は魔法を放った。


「『炎弾ファイアバレット』」

「『闇渦ダークホール』」


 マリーの放った炎の弾は、アイリの作り出した闇の渦に吸い込まれた。


「……読まれた?」


 マリーは、右回りで走り出す。マリーは、剣を持つ事は出来ないが走力と持久力はある。さらに、運動神経と反射神経も良かった。決して非力で運動が出来ないわけではない。


「えっ!? 速い! 『闇弾ダークバレット三連トリプル』!」


 アイリは、闇の弾を三発放つ。マリーは、それを全力で走って、ギリギリで避けていった。闇弾が当たった地面は、その部分が抉れていた。闇魔法の特徴一つである吸収の効果だ。闇弾は、当たった場所から一定範囲を闇の中に吸収する。


「『水壁ウォーターウォール』」


 マリーは、アイリの目の前に水の壁を出現させた。


「『氷針アイスニードル』」


 マリーは、水の壁を凍らせてアイリに対して氷の針を生やした。アイリは、水の壁から針が生えてくるとは思わず、反応が遅れた。


「きゃっ!?」


 ギリギリのところで後ろに避けたが、その時にはマリーが後ろに回っている。


「『重力床グラビティフロア』」


 アイリの虚を突いたつもりだったマリーに対して、アイリは、即座に力魔法で重力を倍にする床を作り出す。この意識の切り替えは、さすがSクラスだと言えるだろう。マリーは、避けきれずに重力に囚われる。


「ぐっ!」


 地面に身体を吸われて、マリーの動きが鈍くなった。そこを見逃さずにアイリは攻勢にでる。


「『闇弾ダークバレット五連クインティプル』」


 五発の闇の弾がマリーを襲う。マリーは、足が重くなっているので避けきることが出来ないと判断し、迎え撃つことにする。


「『石壁ストーンウォール五重クインティプル』」


 マリーは、土魔法で石の壁を作り出す。土魔法は、土や石を操る魔法だ。そのため、床が鉄などだと発動することが出来ない。アイリが放った闇の弾が石の壁に次々と当たる。マリーは、石壁を五枚生成していたので、アイリの魔法を十分に防ぐことが出来た。


「『軽重力床ライトグラビティフロア』」


 マリーは、反重力を生み出す力魔法で、これでアイリが作り出した重力の床を相殺する。重力の束縛から解放されて、身軽になったマリーは再び走り出す。それを逃すまいとアイリが、移動を阻害しに掛かる。


「『黒霧ブラックフォグ』」


 マリーの周りを真っ黒の霧が覆う。


「まずい……」


 今のマリーの視界は、五センチほどしか見えない状態だ。さらに、前後左右が全て真っ黒なので、正しい方向も認識出来ている保証すらない。ここで、アイリは勝利を確信する。


「『毒霧ポイズンミスト神経毒ニューロトキシン』!!」


 アイリは、さっきの霧よりは、密度の薄い霧を生み出した。その霧は、少量吸うだけで身体を麻痺するというものだ。これが、闇魔法のもう一つの特徴である状態異常デバフだ。

 主に毒を作り出す魔法となっている。アイリは、黒霧に、この毒の霧を混ぜた。黒霧よりも密度が薄いため、中にいる人には、二種類の霧が混ざっている事など分からない。


「ごめんね、マリーちゃん。すぐ楽にしてあげるから」


 アイリが、霧を晴らしてトドメをさそうとする。


「『衝撃インパクト』!!」


 の身体が、前方に吹っ飛んだ。アイリが宙を舞う中で見たのは、先程自分がいた位置の後ろにいるマリーの姿と晴れた霧の中に誰もいないことだった。

 アイリは、音を立てながら地面を転がっていく。


「な、なんで……!?」


 何とか立ち上がったアイリは、何が起きていたのか全く分からなかった。だが、これに関しては、外から見ていたコハク達の方が目撃していた。


 ──重力から解放されたマリーが走り出した直後──


「あっ! マリーが動き出した。やっちゃえ、アイリ!」


 セレナが、マリーの動きを見てそう叫ぶ。この闘技場では、公平を期すために試合をしている最中は、外の音を遮断している。そのため、セレナの声がアイリに届くことはない。だが、試合が始まる前、終った後であれば声が届く。


「あれは、幻影か?」

「え?」


 アルが、マリーの違和感に気付きそう言った。アルの言葉にセレナが驚きを示す。


「じゃあ、マリーは……?」

「アイリの後ろ!」


 コハクが気付いて指を指す。そこには、黒霧でマリーの幻影を覆うアイリの後ろに回ろうとしているマリーの姿があった。


「アイリ!」


 思わずセレナが叫ぶがその声が聞こえることはない。そして、毒霧を放ったアイリの後ろから、マリーが拳で殴った。殴られたアイリが宙を舞う。


「……!!」


 セレナは口を押さえて息を呑む。


「マリーは、腕力がないと思ったが……」

「あれも魔法だよ」


 アルの疑問にコハクが答える。


「あれがか?」

「うん。衝撃を与える魔法なんだけど、物理攻撃が当たるのと同時に放つ事で、その威力が上がるんだってさ。師匠が、マリーに教えてた。素手でもちゃんと戦えるようにって」


 マリーの使った魔法は、本来衝撃を飛ばす魔法なのだが、拳が当たるのと同時に放つ事で、殴った時の威力を跳ね上げさせるという使い方をしている。

 これが、外側から見た真実だった。しかし、アイリには自分に何が起きたのか見当もつかない。

 頭が真っ白になってしまったアイリは、自分の視線の先にいるマリーがこちらに魔法を放とうとしているのに反応が遅れてしまった。


「『炎槍ファイアジャベリン』」


 マリーが作り出した炎の投げ槍がアイリに飛んでいく。


「『闇渦ダークホール』!!」


 アイリは、とっさに魔法で防ぐ。炎の投げ槍は、闇の渦に飲み込まれていく。そして、アイリは、覚悟を決めた顔をして、起死回生を狙った一撃を放つ。


「『毒蛇ヴェノム』!」


 アイリは、毒の液で出来た蛇をマリーに向けて放つ。毒蛇は、もの凄い速さでマリーに襲いかかる。今度こそ仕留めた誰もがそう思った。


「『起動ブート』」


 マリーは、毒蛇に足を向けて魔道具を起動する。風の爆発により毒蛇は吹き飛ぶ。そして、唖然としているアイリに向かって、マリーは、また足の魔道具を使い、距離を一気に詰め、拳を握る。


「『衝撃インパクト』!!」

「うぐっ……」


 マリーの拳が、アイリの鳩尾にめり込み、衝撃で吹き飛ばす。地面を転がっていったアイリは、今度こそ気絶した。


『勝者、マリー・ラプラス!』


 今回の勝負はマリーの勝利で終った。白熱の試合に、観客席が沸く。

 アイリは、すぐに目を覚ましたので、マリーが手を差し伸べた。アイリは、マリーの手を取って起き上がる。


「最後の蛇、びっくりしたよ」

「私は、マリーちゃんが二人いたと思ってびっくりしたよ」


 互いに相手の驚いたところを言い合いながら、皆の元に戻った。


「アイリ! 大丈夫!?」


 セレナが、アイリに駆け寄る。アイリに怪我がないことを確かめて無事だと分かるとホッと安堵した。


「マリー、強すぎだよ。色々びっくりした。あれでも本気じゃないんでしょ?」


 セレナが、アイリを抱きしめながらマリーに問いかける。


「う~ん……まぁ、そうだね。お母さんが、実力は、あまり人に見せるものじゃないって言うから、なるべく使わないようにしている技はあるよ」


 マリーがそう言うと、コハク以外のクラスメイト達は、やっぱりなという顔をした。


「確かに、今回は、俺に使った魔法を使わなかったな」

「ああ、『剣舞ソードダンス』の事?」

「ああ、何で使わなかったんだ?」


 今回の模擬戦でもマリーは剣を入れているポーチを腰に付けている。それなのに使わなかったので、アルは疑問に思ったのだ。


「これを使わないで、どれだけ出来るか試したかったんだ。さすがに、アルくんやコハクみたいに剣をメインに使う相手には使ったかもだけど、アイリは魔法メインだったから、使わずに戦えたんだ。でも、あの黒霧と毒霧の組み合わせは結構危うかったよ。直前に気付いて、幻影に入れ代わらなかったら、やられていたし」

「あれに気付いていたらなぁ」


 アイリは、自分の行動の迂闊さを反省している。そうして、先程の試合の反省などをしていると、次の試合の組み合わせが発表された。


「第一闘技場、Sクラス、コハク・シュモク。Sクラス、アルゲート・ディラ・カストル。………」


 次の試合もSクラス同士の戦いらしい。マリーとアイリの試合は、ここまでの試合の中で、一番長い試合だったが、次の試合も長くなる予感がしていた。

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