第10話 魔道具作り
マリーは工房に入ると、まずネルロの店で買った触媒を保存庫に移した。
だからこそ、工房に設置されている保存庫に移す必要があった。その保存庫は、棚の形をしている。その大きさは、マリーの背丈よりも高い。そのため保存庫の引き出しは、かなり多くなっている。その一つ一つに温度と湿度の調整をする魔法陣が刻まれているので、ネルロの店と同じように、保存する事が出来る。
これは、カーリーが、マリーのために用意してくれたものだ。
「さてと、まずはアルくんとの模擬戦で使った剣の補修からだね」
アルとの戦いで魔道具としては使わなかったものの、刃こぼれなどをしている可能性もあるので、一応メンテナンスをする必要がある。
「刃こぼれは……無いかな。取り敢えず、研ぐだけでいいか」
マリーは、自分で剣を持ち上げられないので、ここでも魔法で浮かせて研いでいく。このときに使うのは、普通の研石だ。剣の研ぎを終えたら、腰のポーチに仕舞っていく。
次に、カーリーがくれた髪留めの魔道具を調べ始める。これは、カーリーが作ったものの効果を疑っているのでは無く、その構造を知りたいのだ。マリーは、カーリーから貰ったものに関しては、基本的に確認をしている。カーリーもこれを知っているからか、基本的に、マリーの知っている技法で作った物しか贈っていない。
マリーは、魔力を通して、魔法陣を浮かび上がらせる。
「うん? 例の多重構造魔法陣? これまで作った事ないのに、私が身分証を手に入れたから、解禁したのかな? 取り敢えず、身分証の魔法陣と比較して、接続部分の法則を見つけてみよう」
マリーは、自分の身分証にも、魔力を通して魔法陣を浮かばせる。
「やっぱり、この強度強化は同じ部分が変わってる。これが多重化にするための処理なんだ。他の部分もこうやって変えれば出来る……?」
マリーは、多重構造に挑戦してみようかと思ったが、今はまだ不確定な情報ばかりなので、いつも通りにやることにした。
今日作るのは、閃光玉と呼ばれるものである。使用するのは、発光石と呼ばれる宝石だ。発光石は、仄かに光っている宝石なのだが、砕くと一際眩しく光る特性を持つ。
しかし、少し眩しいと感じるだけで、そのままでは、あまり使い道が無い。そのため、この発光石に、光量強化の魔法陣を刻み、光の強さを増強するのだ。その光を直接見ると、一時的にだが視力が奪われる。これは、利用価値が大きいように思えるが、敵味方関係なく効果を発揮するので、チームワークがないと使えない。
マリーは、国王からの刺客が来る可能性に備えて、閃光玉を作ろうと思っていた。刺客は、いつ襲ってくるか分からない状況下なので、対処出来る手段を増やしておく必要がある。
「閃光玉の量産は、これでいいとして……何か奥の手を用意したいな……」
マリーは、何かないかと少し考え込んだ。ただ、有効な手立ては、全く思いつかなかった。
「私が作ったオリジナルの魔道具って、この剣達くらいだもんなぁ。う~ん、どうしよう」
そんなマリーの様子をドアの隙間からカーリーが見ていた。
(今のマリーじゃ、あの剣達以上の魔道具は無理だろうね。ここで、壁を乗り越えられれば、魔道具職人としては、一段と成長できるはずさね。頑張るんだよ、マリー)
カーリーが見ていることに気づかないまま、マリーは道具作りを続ける。
「う~ん……やっぱり、多重構造に挑戦しよう。これが出来たら、作れる物の範囲が広がるだろうし」
マリーは、小さな金属の板を取り出した。
「多重構造の利点は……同じ場所に魔法陣を刻印出来る事。複数の魔法陣を刻む必要がないから、小さい物にも複数の付加が出来るし、普段よりも多くの付加が出来る。組み合わせとは違うんだよね」
マリーの言う組み合わせとは、複数の魔法陣を一つの物にすることである。そのやり方は、複数の魔法陣を魔法式まで分解して、一つの魔法陣に組み替えるという方法だ。この方法でも、多重構造と同じように複数の付加を同じ箇所に付けられるが、魔法陣自体が大きくなってしまう欠点がある。
この欠点があっても多重構造と似たようなものだろうと思う者が多いのだが、結局二つ分の魔法陣の大きさになるので、二つの魔法陣を刻むのと大して変わらない。
では、何故これが技法として存在しているのかというと、刻む魔法陣がすっきりとするからだ。
マリーは、カーリーが作ってくれた髪飾りと身分証の魔法陣を見本にしながら、多重構造での刻印に挑戦する。
「強度強化の最後の部分を変換して、ここに魔力伝導率上昇の最初の部分を変換させたのを付ける」
マリーが変換した魔法陣を重ねようとすると、バチッという音がして弾かれた。
「わっ!? 何で!?」
マリーは、弾かれた手を振りながら、何故失敗したのかを考える。
「う~ん……多分、魔力伝導率上昇の方が間違ってたのかな。でも、身分証と髪留めの共通点は、強度強化だけだもんなぁ。その他に関しては、それぞれに変換の法則がありそう。まずは、この法則を見つけるところからかな……」
その後もマリーは試行錯誤を続けていたが、結局法則を見つけることは叶わなかった。他の魔法陣を見ても、同一の変化は見られなかったからだ。
マリーは、椅子の背もたれに大きく寄りかかって、大きく息を吐く。
「はぁ……無理だ。これは地道に見つけていこう。お母さんの魔道具を探れば分かると思うし。バレないように探らないとだけど。他に出来るのは……あっ、毒物対策かな。毒物感知の魔道具を作ろう」
毒物感知の魔道具は、基本的に銀のアクセサリーを使って作る。これに関しては、銀製のものを使うと効果が上がるからだ。
マリーは、素材置き場から、小さな銀のインゴットを取り出す。
そして、そのインゴットを、魔力を用いて成形させ始めた。自身の魔力を金属に通して、自分の思うように金属を成形していくのが、魔道具職人の主な金属加工の仕方だ。
しかし、このやり方は、基本的に小さなインゴットに対してしか使えない。大きなインゴットになればなるほど、使用する魔力の量が大きくなるという事と繊細な調整が難しくなるからだ。また、一度に成形が出来る範囲は、魔道具職人の技量に依存する。操れる魔力の量と集中力が、この技量に関係してくる。
カーリーが作ってくれた髪留めも、このやり方で細かな装飾となっていた。因みに、カーリーは、どんな大きさのインゴットでも、この技術で加工出来る上、その全体を一気に成形する事が出来る。
マリーは、この加工法を使い、小さな髑髏を作っていく。ただの髑髏だと味気がないので、周りに細かい装飾を施していく。
(毒だから、禍々しくって思って作ったけど……ちょっと厳ついかな……?)
そんな風に考えていたマリーだが、形に関しては納得しているので、このまま進めていくらしい。出来上がった髑髏を机に置いて、触媒の保存庫に視線を向ける。
「う~ん……液体金を使うかな」
マリーは、ネルロの店で買った液体金を取り出す。この液体金は、固体の金よりも魔力を通しやすい加工がされた金属触媒だ。そのため魔力による操作で細かく動かすことが出来る。だが、その反面、少し動かそうとしただけでも、動きすぎてしまう可能性があるので、注意が必要となる。
「やっぱり、操作が難しいなぁ。お母さんは、テキパキとやっていたし、慣れればあんなものなのかな?」
マリーは、まだ触媒の操作には慣れていないので、液体金をゆっくり動かして、集中して丁寧に魔法陣を描いていく。この液体金で魔法陣を描くことで、その刻印する魔法陣の効果が跳ね上がる。これが、触媒効果の一つだ。
「ふぅ……出来た」
毒物感知の魔法陣を液体金で描ききったマリーは、その魔法陣の上に、髑髏を置く。そして、魔法陣を髑髏に刻印させるため、魔法陣と髑髏に魔力を流していく。すると、液体金の魔法陣が光り、髑髏に吸い込まれていった。魔法陣の全てが、髑髏に吸い込まれると、色を失った液体金と金色の装飾がされた髑髏だけが残った。
触媒は、金属系であれば、金属としての輝きを失い、魔法陣の効力の全てが魔道具に吸い込まれる。植物系では、触媒ごと吸い込まれる。
金属触媒は金属の魔道具に用い、植物触媒は紙などの植物などが使われている魔道具に用いる。実際には、植物触媒を金属の魔道具に使う事も出来なくはないが、魔法陣の効力が落ちる可能性もあるため、使われる事は少ない。
「これで、毒物対策は出来たね。ふぁ~~……」
この毒物感知に、かなりの時間をかけたので、マリーは眠くなってしまった。取り敢えず、このくらいにして眠ることを決めたマリーは、片付けをして自室に向かった。
誰もいなくなった工房に人影が入り込んだ。人影は、保存庫や作業台などを確認する。
「ふむ、いい触媒を手に入れているね。触媒の保存の仕方も、ちゃんとしている。作業の仕方も丁寧だ。それに、片付けもしっかりしているね。こっちに来ても、基礎は完璧だ。そろそろ私流の応用を教えた方がいいかね?」
工房に入ってきたのは、カーリーだった。マリーが作業を終えた段階で、影に息を潜め、いなくなったのを見て中に入ったのだ。
「それにしても、この触媒はどこで仕入れたんだろうね。加工の仕方が一流だ。ここ最近では、ここまでの品質はあまり見ないさね。ふふ、いい店を知ったね。私も紹介してほしいくらいだ」
カーリーは、こうして不定期にマリーの工房をチェックしている。工房を見るだけで基礎をしっかり出来ているかどうかが大体分かるからだ。因みに、マリーは、このチェックのことを知らない。
カーリーは、マリーにバレないように、マリーが、寝た後に行っているためだ。カーリーは、チェックが終ると自室に戻り就寝した。
翌日の朝。マリーは、早めに起きて厨房で朝ご飯を作っていた。今日は、マリーの当番の日だからだ。
「ふぁ~、昨日夜更かししすぎたかも」
ご飯を作り終え配膳していると、カーリーとコハクが食堂に降りてきた。
「おはよう、お母さん、コハク」
「「おはよう」」
三人で食卓について朝食をとる。朝食を食べ終わると、カーリーからマリーに話があると言われる。
「何? お母さん」
「多重構造のやり方を教えて欲しいかい?」
「!?」
マリーは、目を見開いた。多重構造は、昨日の夜、自分では出来なかった技術だ。
実は、この多重構造は、カーリー自身が編み出した技術なので、教わるならカーリーからが一番だった。
その事は知らないマリーは、少しの間考え、
「ううん。自分で会得する。もう少しで法則が掴めそうなんだ」
と、カーリーの提案を断った。カーリーは、ニヤリと笑うと、
「そうかい。頑張りな」
とマリーの背中を押した。
「うん。頑張る。じゃあ、先に学院行ってくるね」
「ああ。いってらっしゃい」
カーリーに見送られて、マリーとコハクは、学院へと向かった。
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