第9話 触媒を買いに
時間が進んでいき、六時間目のカーリーが行う授業の時間になった。本当にカーリーが授業を行うという事で、皆、楽しみにしていた。
「さて、魔道具基礎の授業を始めるよ。これは、教科書さね」
カーリーは、そう言って、マリー達に教科書を渡していく。
「全く、どのクラスも落ち着きがないね。カストルの坊ちゃんくらいだよ。平然と授業を受けるのは」
「えっ!? お母さん、私は?」
「マリーは、娘なんだから、落ち着いていて当たり前さね」
授業の最初は、こんな会話から始まっていた。
「まず魔法と魔道具の違い、わかる人はいるかい?」
マリーとコハク、アルが手をあげる。他の面々は、分かっていないという訳では無く、単純に魔道具のスペシャリストであるカーリーがいるのに、もし間違えてしまったらと思い、上げるに上げられない状況になっているだけだ。
「じゃあ、カストルの坊ちゃん」
「はい。魔法は、適正を持つ属性しか使えません。しかし、魔道具は魔力を持っている者なら、属性に関わらず、誰にでも扱う事ができます。魔法と魔道具の違いは、この扱える人の違いかと思います」
「正解さね。つまり、魔道具は、魔法の恩恵を持たぬ大衆のために作られ始めたという事さね」
カーリーの授業は、万人にわかりやすくまとめられていた。今までのカレナの授業もわかりやすかったが、カーリーはそれ以上だ。魔道具に関しては、造形が深いというレベルではないので、そういう授業が出来ても不思議では無い。
そのまま時間が過ぎていき、授業終わりのチャイムが鳴る。
「今日の授業は、終わりさね」
それだけ言うと、カーリーは教室を去っていった。
「ふむ。カーリー殿は、教えるのが上手いな」
「でしょ! お母さんはすごいんだから!」
マリーは、自分が褒められたかのように胸を張っていた。今日の授業が全部終わったので、筆記用具などを片付けていると、カレナが教室に入ってきた。
「は~い。ホームルームを始めます。席に座って下さい」
皆が席に着いたのを確認してから、話し始める。
「はい。今日の授業は、これで終わりです。明日は、模擬戦を行うので、運動着を忘れずに持ってきてください。それでは、さようなら」
簡単なホームルームを終えると、カレナは教室を出た。荷物をまとめたマリー、コハク、アルも教室を出ていく。
「マリー達は、これからどこかいくのか?」
「うん、商店通りに触媒を探しに行くつもりだよ」
「ふむ、俺もついて行っていいか?」
「いいよ」
マリーとコハクの買い物に、アルが付いてくることになった。とは言っても、買うものがあるのは、マリーだけだった。コハクもマリーの付き添いというだけだったのだ。
マリー達は、学院を出て、商店通りの触媒屋に入っていく。ここは、観光に行った時にアルから場所だけ教えてもらった店だった。
「いらっしゃい……」
少し根暗そうな女性が、受付に座っていた。黒く長い髪と黄色い眼をした黒猫みたいな店主だった。服装が黒いローブで、フードも被っているため、見るからに暑そうだが、その店主は涼しそうにしていた。
「こんにちは。液体金属系の触媒と植物触媒って、どこにありますか?」
「……何に使うの?」
店主は、不思議そうに首を傾げる。
「え? 魔道具作りにですけど」
「その歳で?」
マリーの見た目は、年相応か少し幼い。そのため、店主からすれば、こんな若い子が何で触媒をという感じだったのだ。
「はい」
「ふーん、あっちよ」
店主は、店の少し奥の方を指差す。
「ありがとうございます」
マリーは、お礼を言ってから小走りで奥に行く。コハクも後を追っていった。アルだけは残って、店主に話を聞く。
「この歳で触媒を買うのは珍しいのですか?」
「そうね。その感じだと、まだ学院の低学年でしょ? 触媒を使った魔道具を習うのは、高学年からだから」
魔道具には、触媒を使う物と使わない物が存在する。より効力が高い物は、基本的に触媒が使われている。マリーが今まで作ってきた物の中にも、触媒を使った物はあるが、使っていない物の方が明らかに多い。それだけ高等技術なのだ。
「わぁ! すごい! |液体金と液体銅がある! しかも純度が高い! ……あっ! こっちには、
店の奥でマリーのはしゃぐ声が聞こえてきた。店内ではしゃいでいるマリーに、アルは、少し呆れ顔だったが、店主は眼を丸くしていた。
「彼女、何者? 触媒に詳しすぎるし、見る目があり過ぎよ? 学生のレベルを超えてるわ」
店主が、アルに問いかける。
「かの大賢者カーリー・ラプラスのご息女ですよ」
「それって、本当!?」
店主は、カーリーの名を聞いて、信じがたいという風に疑惑の目でアルを見る。
「ええ、本当です」
アルが目を合わせて、ハッキリと答える。
「というか、あなた、よく見たらカストル侯爵家の人ね。だとするなら、その事も本当なんでしょう」
「信じて頂けるのですか?」
「カストル家は、
「……なるほど」
店主の意味深な言葉に、アルは少し溜めてから返事をした。そうしているうちに、マリーが品物を選んで持ってきた。
「お会計をお願いします」
「えっと……全部で、五万八千ミルよ」
ミルは、この世界の通貨単位だ。一ミルはおよそ一円と同じである。
「はい。えっと……」
マリーは、魔法鞄から財布を取り出して、ちょうどの値段を出す。
「はい。ちょうどね。ねぇ、あなた大賢者の娘って本当?」
店主が、マリーに問いかける。これは、アルを信用していないのでは無く、本人の口から聞きたいという好奇心だ。
「そうですけど、それがなにか?」
マリーは、少し身構えた。入学試験の受付の時にあった事が、また起こるのでは無いかと思ったからだ。
「ふふ、聞きたかっただけ。ねぇ、あなたのお名前は?」
「マリー・ラプラスです」
「そう。わたしは、ネルロ・メアリーゼ。メアリーゼ触媒店の店長よ。これからもご贔屓にしてくれると嬉しいわ」
ネルロは、最初に来たときよりも饒舌になっていた。
「はい。それは勿論。ここまで良い触媒があるので、通うことになると思います。ところで、ネルロさん、なんかさっきよりも生き生きしてませんか?」
「それはそうよ。面白そうな子が来たんだもの。これからが楽しみね。マリーちゃん、欲しい触媒とかがあったら言ってね。きちんと仕入れてあげるから」
「は、はい。そのときはお願いします」
マリー達は、目的の物を手に入れたので店を出た。ネルロは、マリー達が見えなくなるまで手を振り続けていた。
「なんか、変わった人だったね」
コハクが正直な感想を言う。
「まぁ、そうだね。でもあそこの品揃えは、異常なまでに良かったよ。他のお店より頭一つ抜けてる」
「そんなに良かったのか?」
触媒の知識がないアルには、商品を見ても何も分からなかった。
「うん。品揃えもそうなんだけど、一番は品質かな。それぞれが適した保存のされ方をしてるから劣化がほとんど見られなかったんだ」
「そういえば、全部違う容器で密閉されていた気がする。あれもそういうこと?」
「そう。あの容器は、一つ一つが魔道具になってるんだ。しかも、あれは大気魔力に反応するタイプだね。常に反応する分、魔法陣の劣化が早いんだけど、あの魔道具の魔法陣は、容器内の温度を一定にするだけの効果だから、そもそも劣化のスピードは遅いんだ。だから、調整とかも、そんなに頻度が高くならないし、それであの品質が保てるなら、あの運用もありだと思う」
魔道具に関しての話なので、マリーが饒舌になっていると、すかさず
「マリー! 話がずれてるよ」
とコハクに注意される。
「あっ、ごめん。えっと、あの容器は中の温度を一定にするから、温度変化に弱い触媒を保護できるんだ。だから、品質の劣化に繋がりにくいの。それに、内部の温度は細かく変えられるから、低温でそのままとかも出来るんだ。それも品質の安定化に繋がるの。他のお店は全部同じ温度で置いたりするから劣化しちゃっているものが多いんだよね。だから、結局自分で作った方が良かったりもするんだ」
今度はきちんと触媒についての解説をする。
「なるほど。それならどこの店も同じ事をするんじゃないか?」
アルが至極当然のことを言う。
「それはそうなんだけど、あれはあれで高値なんだよね。温度の調整とか精密作業だからその分割り増しなんだ。作っちゃえば、後は魔法陣のメンテナンスだけになるんだけどね」
温度を一桁単位で調整する場合、職人の手での精密作業になるので、お金が掛かってしまう。特に、この温度調整は少しのずれも許されない物なるので、さらに掛かってしまう。一般の店が、ネルロの店のように出来ない理由は、これだ。ネルロは、この資金の面を突破して、あの品揃えになったのだろう。
「金銭面か。難しいところだな」
「うん。でも、こればかりはネルロさんが正解かな。触媒は劣化しちゃうと魔力伝導率が下がるから、かなり使いにくくなるんだ」
こういうことがあるため触媒を売る人は、触媒だけを取り扱うことが少ない。収益を出すには、その方が良いからだ。ほぼ触媒だけのネルロの店が異常だった。
買い物を済ませた後、アルと別れ、マリー達は自宅に帰った。夕飯を食べた後、マリーは、カーリーが用意してくれた自分の工房に向かった。
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