第12話:苦悩

「そこでは遠すぎる、もっと近くを探せ」


 俺が塩水を持ち帰ったら、父上と母上はもの凄く喜んでくれた。

 その場で踊りだしそうなくらい喜んでくれた。

 だが片道に六日六晩かかったというと、激しく落胆された。

 遠すぎて役に立たないと言われてしまった。

 俺が生きている間はいいが、次の代に困るという。

 それと、大きな塩の湖は海というらしい。

 

「爺、どうすればいいと思う」


「ほう、ほう、ほう、確かに普通の人が往復に二百四十日もかかる距離では、この地に塩を運ぶには不都合でございますな。

 それくらいなら、家臣領民全員で、海沿いにまで移住した方がようございます。

 もう少しゆっくりと、近場の地下深くや、山の奥底を探してみてはいかがですか」


 俺は爺の助言に従い、未開地との境界線にある開拓村を拠点に、じっくりと塩の気配を探して周った。

 今度は全体的に探すのではなく、爺の助言通り、地面の下や山の奥に気をつけた。

 探している間に出会った魔獣や獣は、問答無用で殺して狩った。

 はっきり言えば、ターニャの事を忘れるための八つ当たりだった。


「神の言う通りではあったのだが……分かっていても耐えられない」


 神の言った通り、ターニャは眠ったまま流産した。

 その後も目が覚めず、七日間眠り続けて、ようやく目を覚ました。

 ターニャはまた多くの事を忘れていた。

 王太子との事は全て忘れ、王都に行く前の記憶だけを残していた。

 その姿に俺は自分の罪の大きさ苛まれた。

 父上が俺に塩を探せと命じたのは、苦悩から助けるためなのかもしれない。

 俺は、父上と母上と乳母にターニャを押し付けて、逃げたのだ。


「陰で王都での事を口にしない侍女などいないと爺が言うのだから、それで間違いないのだろうが、だとすればどうすればいいというのだ……」


 塩を探しながら、思わず独り言を口にしてしまう。

 俺の罪がどれほど大きくても、自ら死を選ぶことは許されない。

 俺にはターニャを幸せにする責任があるのだ。

 だからといって、全ての世話を俺ができるわけではない。

 普通に考えれば、母上と乳母はターニャよりも先に死ぬ。

 その時になったら、誰かにターニャの世話を頼まねばならない。


「主人が絶対の命令権を持つ奴隷を買うか?

 だが奴隷反対派だった俺がそんな事をすれば、ターニャがおかしい思うはずだ。

 奴隷も買えないとなれば、俺を恐れて何も言えなくするしかない。

 今までは気安い若君だと言われていたが、これからは恐ろしい若君と言われるようにしなければいけないな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る