「『俺の会社だ! 誰にもやらん』て言いよってなぁ」

「えっ?」

 おっさんって、亡くなった社長? 誰にもやらん? もう死んでるのに?

「今思い出しても頭が痛くなる」

 おばあちゃんは、本当に頭が痛いみたいに額に手を当て、頭を振った。

「おばあちゃん……大丈夫?」

「今はもう、なんともないよ。心配かけてごめんね」

「ううん」

「続き、聞くか?」

 重々しく頷いてみせると、おばあちゃんも頷き返して話を続けてくれた。

「あのおっさんはな、家族にこう伝えろと言ったんじゃ」

「うん」

 残された家族に、おっさんはなんて言ったんだろう?

「後妻に対しては『外に若い男を作っとるのは知っとるんじゃ! お前には、びた一文やらん!』と怒鳴って」

 20歳下の奥さん、浮気してたー!

「長男に対しては『お前みたいな見栄っ張りで頭の悪いやつに、俺の会社を継げる訳ないじゃろ! 身の程を知れ』と罵り」

 その見栄っ張りで頭の悪いやつに、あんたが育てたんじゃないのか!? と、子供の立場だと思う。うん。絶対、子供だけに責任がある訳じゃない!

「長女には『お前はしょーも無い男に貢いで、財産を食い潰すしか能のない女じゃ。適当な男と結婚して、とっとと家を出て行け』と」

 娘に対して適当な男って、それでも父親か!?

「…………」

 私はあまりのことに言葉を失った。

「……こんなのが亡くなった人の言葉だと、伝えられるか?」


 無理! 絶対無理! こんなの、絶対に言えない!!


 私はぶんぶんと、手と頭を振る。

「そうじゃろ? 本当のことを言ったところで、信じてもらえる訳がない。こっちがインチキ呼ばわりされるだけじゃ。人は都合の良いことは信じでも、都合の悪いことは信じんからな。『上手く交信出来ません』と言うて、早々に帰ろうとしたのに、あいつらはしつこく『いつもは上手くいってるんだろう? 頑張ってくれ!』と、なかなか私を帰してくれん」

「うわー……」

「終いには『俺に継がせるつもりだよな?』とか『あの人は私を愛していたわ! 私に任せてくれるんでしょ?』とか『お父さんは、私を一番可愛がってくれてたわ! 私に何か、特別なものを残さなかったか聞いてちょうだい!』て、自分に都合の良いことを私に言わせようと、迫って来た」

「こわっ!」

 責め立てられる若い頃のおばあちゃん……想像しただけで、身震いがする。

「死んだおっさんはおっさんで『お前らにやるもんか! 会社も金も、わしのもんじゃ!』て喚き散らすし」

「…………」

 財産を取り合う家族。死んでまで、金に執着するおっさん。どっちも怖すぎて言葉が出ない。

「だんだん体調が悪くなってきてな。結局、私は何も出来ずに帰ったんよ……」

「おばあちゃん……酷い目にあったんだね……」

 私が心底同情して言うと、おばあちゃんは何故か、苦虫を噛み潰したような顔をした。

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