第48話 後始末 3

「だっ、誰だ!?」


 案の定、吃驚したような声を出した。この反応を拾うのはアリスの役目だった。俺の耳では500mも離れれば人の声は拾えない。どんな大声であっても。アリスと同調していればリアルタイムで500m離れて会話が出来る。無線が使えないときはとても便利だ。それに無線越しに話すより感じがする。隊長はキョロキョロしている。すぐ側で聞こえたのだから無理もないが、勘が悪い。


『上だ、上』


 俺に言われて顔を上げる。隊長は再度吃驚した。ポカンと口を開けたが直ぐに真面目な顔になって、


「貴様!」


 大声を上げたが、他に出来ることはない。その声だってアリスに中継して貰わなければ俺に届かない。

 空中を3次元で機動して戦うなら、高いところにいる方が有利だ。見下ろす方が見上げる方より照準がつけやすい。まして俺はほぼ真上にいる。下から狙うのは難しい。それに相手に向かって突撃するときに重力を味方に出来る。だから飛行魔法使いは上を取られることを嫌う。

 俺は今飛竜騎士達の頭を抑えているわけだ。隊長の態度に触発されて、他の飛竜騎士も俺の方を向いた。竜の口を垂直に向けなければ俺に向かってブレスは吐けない。騎士達の魔法も500mの有効射程はない。この状態は、俺からは自由に攻撃できるが飛竜騎士からは何も出来ないという、戦士にとっては悪夢に近い状態だった。


『変な真似はするなよ』


 一応は釘を刺しておいた。


『俺が敵対するつもりだったら、お前達全員既に撃墜されているのだからな』


 さすがに隊長にはそれが分かったようだ。部下達が激発しないように抑えている。


 飛竜騎士が騎乗している飛竜は飛ぶのに魔力と羽の両方を使っている。水平飛行からそのまま垂直上昇に移ることは出来ない。高度を上げるときは旋回しながら上げていくのだ。垂直上昇ができるのはもっと上位の野生の飛竜だけだった。その魔力で無理矢理上昇するのだ。方向転換は羽で行い、上昇、下降は巡航のときには羽の割合が多く、急速にやりたいときは魔力の割合が多い。つまり、俺の飛行魔法の方が、加速、最大速度で勝っているだけでなく、立体機動でも圧倒的に優位だった。


 俺は隊長との話を続けることにした。


『あれをどうする?』


 そう言いながらグレネードランチャーで擲弾をバッタの群れに向かって発射した。擲弾は2kmほど先で着弾して数十匹のバッタを吹き上げた。11人の竜騎士の目が見開かれ、息を飲んだ。吃驚させたようだ。彼らの精神状態には余り良くないかもしれない。上を取られ、威力のある武器を見せられたのだから。


 擲弾とランチャーは輸送機の武器庫で見付けた。まるで数個小隊規模の軍事行動でも予定しているのかと言いたくなるほどの量の武器弾薬が積まれていた。墜落時に火が出なくて本当に良かったと俺は思ったものだ。アリスのポケットの容量に余裕があったから持ってきたが、この世界では優先順位が低いと思っていた。こんな場面に遭遇するなんて言うのは想定外もいいところだ。

 俺は次々に装填されていた5発の擲弾を発射した。一応どれも群れの厚いところを狙ったが、大体狙い通りの所に着弾した。


「あれとは、飛びバッタの群れのことか?」


 隊長が少し震える声で訊いた。


『そうだ、あんた達の攻撃の後でも大体1万2千匹は残っている。あのままじゃヤルガ直撃だぜ』


「お前に言われなくても、そんなことは分かっている!」


 隊長は顔を真っ赤にして怒鳴り返した。


――あんまりカリカリさせないようにしよう。若いのに脳出血でも起こしたら可哀想だ――


「もう一度、ヤルガの手前に防衛線を敷くんだろうが防ぎきれるのか?」


 隊長は唇を噛んでうつむいてしまった。まあ、前回よりは工夫した防衛線だろうが、最大火力が地竜と飛竜のブレス、それに魔法使いの攻撃魔法で何の進歩もなしじゃこの前の二の舞になるのは明らかだ。


『手伝ってやろうか?』


 俺の言葉に隊長は顔を上げた。意外そうな表情をしている。当然の反応だった。真正面から隊長の顔を見るのは初めてだった。


――へっ、意外に美人じゃないか――


 俺の感想は表に出さない方が良さそうだ。


「手伝う?」


『そうだ。俺の武器は今見せただろう。竜のブレスくらいの威力はあるぞ』


 擲弾以外にもいろんな武器が俺の手元にはある。そんな武器に頼らなくても俺とアリスの攻撃魔法はヤルガの街の魔法使いのそれより格段に強力だ。


「何故お前が、ヤルガの街を気遣う?」


 まあ、当然の疑問だろう。どこからともなく現れて、何日か滞在して、そこの有力貴族とトラブって街を離れた。身を入れて気遣う理由がない。


『短期間とはいえ、滞在したからな。多少は顔見知りも出来たし』


 これは本音だった。俺にしては上出来だったのだ。あの短時間で知り合いが複数出来るなんて、俺の記憶の中にはない。



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