第47話 後始末 2
クレスハード卿に答える私の口調が平板になったのは仕方のないことだろう。
「私より上手く飛竜を乗りこなせる者がいるなら、飛竜騎士の指揮を譲るのにやぶさかではありませんが」
どうやら私の答えがお気に召さなかったようだ。
「市に与えた損害をどう考えているのです!?他にやりようがあったのではないですか?」
息子が死んだことに納得していないのだ。誰かの責任にして責めたいのだ。“市に”ではなく“私に”だろう。いつまで相手をしても埒があかない。幸い私には緊急の用事がある。
「偵察に出なければなりません。それでは失礼します」
私はその男にではなく、議場全体にそう挨拶して議場を出た。これからの方針を決めるのは貴族家の当主が集まった拡大貴族会の責任だ。竜騎士はそれに従う。“力”が勝手に動いてはならない、私はそう教えられてきたし、そう信じている。
議場の正面玄関で飛竜騎士副長のランダスが待っていた。
「隊長」
呼びかけられて、
「偵察にでるぞ。飛竜騎士全員だ」
「はっ」
ランダスは敬礼して、飛竜騎士を呼び集めるために駆けていった。大通りを大股で歩いて竜舎の方に急ぐ。貴族会トップのメジテ家の一員として、また竜騎士の隊長として走るわけにはいかない。竜騎士の隊長が走るほどの緊急事態が迫っていることを示すからだ。それは平民に動揺を与えるだろう。どうせ傭兵達の口から惨敗の顛末が語られれば同じ事だという気はあったが、とにかく自分の行動でそれを招くのは避けておこう。
政庁から半里ほど離れた竜舎に着いたときには一人を除いて全員が既に集合していた。私の前に、一列に並んでいる。副長に声を掛けた。
「アンディは?」
「先行偵察にでています」
「そうか。全員騎乗!」
時間を無駄には出来ない。やるべきことは全員に分かっている。直ぐに私を先頭に10騎の竜騎士が舞い上がった。
一気に300尋まで上昇して東を目指す。私の後ろに3騎の編隊が3つ、正確な間隔できちんと付いてきている。50里飛んだところで最初の飛びバッタに群れを見た。まだ小さな群れだったが少なくとも群れの先頭はここまで接近しているのだと言うことを示していた。本格的な群れを見付けたのは80里ヤルガから離れた地点だった。群れの上空をアンディが旋回していた。
直ぐに合流する。
「どうだ?」
「西へ進んでいます。このスピードだとあと4日もあればヤルガに達します」
本隊はあと4日、先発の群れなら2~3日だろう。街中は総石畳で緑が少ない。バッタは街を迂回するかもしれないが、周囲の農地は丸裸にされるだろう。今育てている食料を全て失う羽目になる。各都市間で食料の売買はある。しかしそれは嗜好品が主で、主食――穀物、野菜、肉――は自給が原則だ。そしてどの都市も主食の生産に余裕があるわけではない、頼めば多少は融通してくれるだろうが、量は圧倒的に足りない。つまりこの飛びバッタの群れを何とかしないとヤルガは飢えるのだ。最悪、都市としての最期になる可能性もある。
――どうすれば。何か方法はないかしら――
そう考えたときだった。
『やっと来たか』
私の耳元で声がした。
――――――――――――――――――――――――
3000mの上空から見下ろすと眼下に飛びバッタの群れ、東は丸裸にされた荒れ地、そのまた遙か東には地平線近くにベターッと太い濃緑の線で一筆書きした様に見える大樹海、西にはかすんでヤルガの街が見える。飛びバッタの先行群はもうかなり先まで行っているが、主群は俺の直ぐ真下にいた。主群の上空500mを1騎の竜騎士が旋回している。一応バッタの群れを把握しているのは褒められるが、それだけでは被害を防げるわけではない。先日の惨敗が堪えたのか、ヤルガの人間達は偵察だけに止めて二次攻撃、三次攻撃をしていない。
――まあ、俺が心配することじゃないがこのままじゃバッタの群れが正面からヤルガにぶつかることになる。丸裸にされるぞ――
『来たよ』
アリスの報せに西を見ると10騎の飛竜騎士が近づいていた。1騎を先頭に3騎ずつ3編隊の見事な飛行だった。先行していた1騎と合流して飛びバッタの群れの上空を旋回し始めた。先頭の1騎が隊長だろうと俺は見当を付けた。小柄な女だが、飛竜の乗りこなしはこの中でピカイチだ。魔力も多分一番多い。俺は飛竜騎士達の上空、高度1000mまで降りて、おもむろに遠話を始めた。遠話――伝声の魔法――は相手の耳元で空気を振動させて音を出す魔法だ。意味のある音、つまり言葉を出すには精密な魔力操作が必要で俺でも500mの距離が限度だった。単に音を聞かせるだけなら2000mくらい離れてもOKだ。面白いことにこの魔法で作った音も自分の声に似ている。また人間には聞き取れない低周波、あるいは高周波の音も出せる。アリスならそんな音も聞き取れる。
俺は隊長の女に対して話しかけた。
『やっと来たか』
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