第46話 後始末 1

 全ての緑が食い尽くされた荒れ地に累々とバッタの死骸が横たわっている。俺とアリスは低空をゆっくり飛びながら、上位変異種がいれば魔結晶を回収した。放っておくには勿体ない。只の変異種は回収していたら切りがない。普段なら勿体ないと思っただろうが、今は仕方がない。斃したのは俺たちではないが、有効利用だ。もう30個以上の上位変異種の魔結晶がアリスのポケットに入っている。カラズミドの店に持っていっても価格は暴落だろう。まあ貴重な、そこそこの品質の魔結晶が多量に手に入ったのだ、一度に放出する必要もない、しばらくはアリスのポケットの肥やしで良いだろう。


「どれくらい減ったのかな」


 今は口に出して会話していた。20mほど浮いて、俺は周囲を見回した。


「さあ、2万匹が1万2千匹に減っていれば上出来じゃないかな」


 転がっているバッタの死骸を数えればそんなものだろう。


「防衛軍は崩壊だね」


 3割の損耗があれば全滅判定される。ヤルガ防衛軍が陣を敷いていた方を見た。さすがに地竜の死体はないが、竜騎士の鎧を着た死体も見える。人間や馬が重なって倒れていて、こちらも死屍累々だ。


「1500人くらいだな、逃げだせなかったのは」


 つまり2500人ほどは逃げることが出来たわけだ。


「作戦も無しにただぶつかってブレスと魔法で攻撃するだけなんて、何を考えているんだか。信じられないよ!変異種の魔物を甘く見すぎだよ」


「飛びバッタは、変異種になっても攻撃魔法は持たないからな。それで片がつくつもりだったんだろう」


「攻撃魔法は持たないけれど、虫体が見かけ、倍になる上に飛び上がる高さも、飛べる距離も、当然スピードも原種よりずっと大きくなるんだよ。だから体当たりだけで威力は10倍以上になるのに、そんなことも知らないのかな?」


 確かに下手な戦い方だった。後ろに控えていた貴族の私兵など、まるで竜騎士の戦いを見るために集まってきたかのような様子だった。まあ確かに竜騎士に比べると戦闘力が格段に落ちるのは仕方がない。だがそれならそれでやりようがあるとは思うが、どんなつもりだったのか俺には分からなかった。単なる功績争いのための出兵だったなんて言うのは想定外だった。



――――――――――――――――――――――――――



 拡大貴族会は紛糾していた。無理もない、自信満々送り出した防衛軍が惨敗を喫し、指揮を執っていたフラビト家の当主、カレード・フラビト軍務卿が戦死したのだ。警備隊にも大損害が出て、カルーバータ内務卿が苦い顔をしている。警備隊は普段は内務卿の下にいるのだがこういう対外軍事行動のときは軍務卿の下に移る。つまり、自分の管理下にあるはずの警備隊を臨時編成で他家が毀損したのだ。いい顔が出来るわけがない。バスタール財務卿も損害額を概算して頭を抱えている。7家以外の貴族達も、7家の躓きを利用して成り上がる方策はないか、あるいはこの事態が自家にどんな影響を及ぼすか、余りの損害の大きさに考えが纏まらないようだ。


 フラビト卿が戦死してしまったので、あの場にいた防衛軍の中では私がトップと言うことになる。それで拡大貴族会で報告をしたわけだ。飛竜騎士に横から攻撃させろとか、攻撃魔法使いをもっと有効に使えるように配置した方がいいとか、かなりしつこくフラビト卿に言ったのに、フラビト卿が容れてくれなかった事などさりげなく織り込んで、報告を終えた。


 報告を終えて段を降りようとした私に、手を挙げて質問した男がいた。確か、7家には入らない貴族、クレスハード家の当主、セルジオ・クレスハード卿と言った。


「それで、アビゲイル・メジテ殿にはどのようにこの事態の責任をおとり頂けるのかな?」


 無礼な言いぐさだ。作戦の決定権が私に有ったわけではない。それにメジテ家とクレスハード家では家格が違う。このような言われ方をする覚えはないと言いかけて、戦死した地竜騎士の一人がクレスハードの息子であったことを想い出した。


「まず、バッタとの戦いに勝たなければなりません。それこそがジル・クレスハードを始めとする戦死者への何よりの手向けと思います。今は何より、バッタの様子を知る必要があります。何処まで来ているのか、どれくらい我々の攻撃で減らせたのか。それを飛竜騎士で偵察に行きます」


「責任を取るのはその後だとおっしゃる?」


 どんな責任の取りようがあるのだ?飛竜騎士の隊長を誰かに譲れとでも言いたいのか?あの場の私は、総司令だったフラビト卿の命令を受けて行動する立場だった。命令に納得できないところがあっても、一旦命令が出た以上従う事が求められる。その結果の責任は命令した者にある。さらに言えば命令権者を任命した者にある。



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