第31話 ジャンポール・メジテ 2

 腰の剣を外して男は上着を脱いだ。やはり武器は使わないらしい。側に立っている通行人に剣と脱いだ服を押しつけた。通行人は畏まって保管役をやっている。周りの人間からそういう扱いを受ける立場にいるらしい。薄いシャツに包まれた見事に鍛えられた上半身があらわになった。拳を握って俺を見つめる。左半身になって身体の前で構える。左右の拳が細かく上下する。他の2人とはものが違うようだ。傭兵のベナルティスより強い。

 俺が腰を落として構えると、とたんに足を大きく踏み出して右の拳が襲ってきた。


 速い!


 上半身を後ろに引いて躱す。今度は足を狙った低い蹴りだ。後ろに飛び退く。息もつかせず左の拳が襲ってきた。顔の前を通り過ぎた腕に軽く触って電流を流した。


「つっ!」


 男が息を飲んで飛び下がった。左腕がだらんと垂れている。しばらく動かせない。吃驚したように目を見開いている男の前に素早く迫った。慌てて身を引こうとした男の首筋に手を当ててまた電流を流した。今度は意識を失って、丸太が斃れるようにドスンと後ろに倒れた。結構きつい倒れ方だが、身体を鍛えてあるようだから大丈夫だろう。本気じゃなかったから10分もすれば気がつくだろう。俺が本気でやれば呼吸筋を止めることもできる。服を預かった通行人が男の体を揺すっている。


「貴様!」


 3人の護衛が手もなく倒されたのを見て、ジャンポールと呼ばれた若い男が剣を抜いて斬りかかってきた。腕は、3人に比べるとまるで話にならない。俺は体を躱しながら、男が件を空振りしてバランスを崩す度に、念動でちょっとだけそのバランスの崩れを助長してやった。勿論男の身体に触るなどしなかった。傍からは斬りかかっては躱され、その度に男が勝手に転んだように見えるだろう。ちょっとバランスを崩すだけで面白いように転ぶ。何回も転ぶうちに肩で息をして、立ち上がる気力もなくなった男が四つん這いになったのを見て、俺はその場を離れた。




 宿に帰って、俺は女将さんに早めの夕食を希望した。食事時じゃないと渋る女将さんに追加料金――結局値段が2倍になった――を払って無理を言った。食べておかないと食べ損なう恐れがあったからだ。出来たものから並べるという遣り方で給仕された夕食を、例によってアリスにつまみ食いされながら平らげて、部屋に戻った。

 部屋に戻ってアリスのポケットから装甲戦闘服、ヘルメットを出して貰って着込み、2丁の銃を手にして俺はベッドに座った。ジャンポールという、いやジャンポール・というあの若い男が多少は賢明であることを願った。高位貴族なら損得勘定くらいはきっちりやって貰いたいものだ。


 その願いが無駄だったのは程なく分かった。


『来たよ』


 アリスに言われるまでもなく、こんな大きな敵意の動きはずっと手前から俺も把握していた。武装したまま宿の表に出た。見慣れない格好で通り過ぎる俺を、食事に来ていた客達が目を丸くして見ていた。

 待つほどのこともなく、20人近くの武装兵が近づいてきた。一番後ろにジャンポール・メジテと、家人達がいた。家人は2人とも昼間にジャンポールと一緒にいた男達ではなかった。武装兵は街の警備兵だった。死刑囚を護送していた兵と同じ制服を着ていた。警備兵の指揮官と思われる男が前に出てきた。後ろに控えた兵達は油断無く槍を構えている。


「アヤト・ラトウィッジか?」


 指揮官が訊いてきた。傭兵協会ででも名前を確かめてきたのだろう。


「そうだ」


 俺の応えに、


「暴行容疑でお前に逮捕状が出ている。一緒に来て貰おう」


「暴行容疑?はて、俺には覚えがないが」


「メジテ家のジャンポール様からの正式の訴えだ。来い。言いたいことがあれば詰め所で聞く」


 俺はジャンポール・メジテを見た。嘲るような笑いを口の端に浮かべている。


「ジャンポール・メジテというのはひょっとしたらあの男か?」


 俺がわざわざ指さしてそう訊くと、指揮官は吃驚したような目をした。ジャンポールは袖に貴族であることを示す刺繍のついた上着を着ている。街の人間ならその紋様を見ればどの貴族家か分かる。メジテというのは有力な貴族家なのだろう。それを俺が知らないというのが信じられないらしい。ジャンポールは顔を真っ赤にして怒っている。堪え性のない瞬間湯沸かし器だな。


「さっさと捕まえろ、その無礼な奴を!」


 大声で喚くジャンポールから指揮官に視線を移して、


「あの男に暴行した覚えはないぞ」


 俺の言葉を無視して、指揮官が合図した。警備兵が2人、近づいてきた。手に鉄製の手枷を持っている。問答無用らしい。それなら俺の遣り方でやらせて貰う。遠慮はしない。



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