第32話 ジャンポール・メジテ 3

 俺が頭上のアリスに合図した。


 近づいてくる警備兵の目の前にいきなりジャンポールと俺が出現した。昼間の俺とジャンポールの戯れを記録したホログラムだった。実物大だが実体と違って像にやや透明感がある。俺に近づこうとした警備兵が吃驚して足を止めた。その前で、いや物見高く集まってきた群衆と、俺を囲んでいる警備兵と、わざわざ足を運んできたジャンポール・メジテの前で、あのときの茶番が音声付きで再現されている。


 俺と3人の護衛との戦いでは、ほーっという感心したようなため息をつく警備兵もいた。群衆もざわめいた。


「ラフィン様が……」


 ラフィンの首に手を添えて電流を流したところでは感嘆の声も上がった。


「あれは一体……?」


 もちろん、見ている警備兵や群衆には俺が何をしたのか分からなかった。それでもこの街で武技には定評のあるラフィンが、一見簡単に倒される様子は彼らを吃驚させたようだ。


――そして、次の場面は――


 俺に斬りかかるジャンポール、それを躱す俺、躱される度に転倒するジャンポール、という場面が何回か繰り返されて最後に四つん這いになって肩で息をするジャンポールまで見せて、再現ホログラムは終わった。周りの群衆から小さな笑い声が起きた。警備兵の中にも笑いをこらえている者がいる。指揮官が信じられない物を見たかのように、プルプル震えている。


「ご覧の通りだ。俺は何もしていないぞ。ジャンポールとか言う奴が勝手に転んでいるだけだ」


 ジャンポール・メジテの顔が真っ赤だ。余計なことをしなければ恥の上塗りをせずに済んだのに、こいつの立場が明日からどうなろうと俺の知ったことじゃない。多分周りで話されていることが全部、自分のみっともない戦いについてだと思い込むだろう。それがひそひそ話だと余計にそんな妄想をかき立てるに違いない。俺だったら恥ずかしくって街を歩けなくなる。


「なっ、何をしている、さっさとそいつを捕まえろ!あっ、あんなのは作り物に決まっているじゃないか!」


 そう叱咤されて指揮官が、


「とにかくこいつを捕まえろ!」


 と部下の警備兵に命じた。警備兵達はちょっと顔を見合わせたが、それでも俺の方に近づいてきた。逃げ出さないようにぐるりと取り囲んで槍を構えている。


 俺は飛行魔法で3mほど浮いた。近づいてきた警備兵が俺を見上げて足を止めた。


「もう一度よく見ろ、俺に非があるかどうかわかるだろう」


 今まで俺の居た位置でもう一度ホログラムが再現された。さっきと寸分違わぬ場面だが、警備兵も群衆も目を釘付けにされている。群衆の中から再び失笑が怒る。取り巻く群衆の数が増えているようだ。


 群衆の中に、堪えきれないように吹き出す奴らがいた。ジャンポールの顔がますます赤くなった。蒸気でも噴き出すんじゃないか。


 ジャンポール・メジテが家人になにかを言った。家人が持っていた弓に矢をつがえて俺に向かって引き絞った。俺はハンドガンで弓を壊した。ついでに男の左肩を打ち抜いたのはご愛敬だろう。さっきの3人と違って俺に武器を向けたのだからそれぐらいのことは覚悟しておくべきだ。


 男の悲鳴に群衆や警備兵が振り向いた。壊れた弓を足下に落として、左肩を押さえてうずくまっている男、何が起こったが一目瞭然だった。横でジャンポール・メジテが蒼い顔をしている。赤くなったり蒼くなったり忙しい男だ。

 

「俺に武器を向けると容赦しない」


 俺の言葉にもう一度警備兵達が俺の方を見た。何となく槍の穂先が下がっている。腰が引けている警備兵もいる。


「ジャンポール・メジテに謝罪を要求する」


「な、なんだと!?」


 反応したのはジャンポールではなく警備兵の指揮官だった。


「俺を誣告し、あまつさえ俺に向かって武器を向けた。謝罪を要求する」


「きっ、貴様、メジテ家にけんかを売るつもりか?」


 こんどはジャンポールが大声を上げた。


「けんかを売ってきたのはお前だ。謝罪しろ」


「捕まえろ!そいつを捕まえろ!メジテ家を侮辱したことを後悔させてやる!」


 手足をじたばたさせながら喚く。みっともない。


「謝罪しないのだな?集まっている群衆と、警備兵が証人だ。お前は俺の正当な謝罪要求を断った。その償いはして貰う」


 俺は一気に高度を上げて街から離れた。アリスが遅れずに追随してくる。下であっけにとられたように人間達が見上げているがこの暗さの中で俺の動きを追いきれるわけがなかった。



―――――――――――――――――――――――――――――――


1ヶ月間毎日更新を続けてきましたが、さすがにストックが心許なくなってきました。12月から、火曜、土曜の更新に変更します。時間は10時を目標にします。

             作者拝


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