第29話 従魔

 俺が武器も防具も買わずに店を出ると爺さんは意外そうな顔をした。装甲戦闘服もヘルメットもアリスのポケットに入れたままだから、今の俺は一見、防御力など全くない普通の服に、腰に短いナイフを差しただけだ。尤もナイフは魔鋼製だが。


「何も要らないのか?あんた傭兵だろう、今の装備じゃ余りにお寒いぞ」


 ダンツィーノ爺さんが真剣に心配していた。確かに街中を歩く傭兵と思われる男達は最低でも長剣を腰に吊っているし、中には槍や弓を持っているのもいる。防具の方もさすがに街中で大仰な鎧を着ているのは少ないが、鎖帷子くらいは皆身につけているようだ。


「街中でそんなに気をつけなきゃいけないのか?」


 俺の疑問に、


「傭兵ってのはいつも肩肘張っているものさ。舐められたら終わりだからな」


 傭兵の主な仕事は護衛と、魔物退治だ。護衛はクランが請け負う。ソロの傭兵が出来ることは魔物退治だが、それもソロでは厳しい。だから、たいていのソロの傭兵はクランに加入することを目指す。ソロ同士で組むこともあるが、やはり誰も弱い相手とは組みたくない。中肉中背の俺は一見貧弱な武装で、ダンツィーノ爺さんの目にはアピールが足りないのだろう。


「あんたもどっかのクランに入りたいんだろ?」


 いいや、俺はソロで良い、護衛なんて柄じゃない、魔物を狩っている方が気楽だと言ってもやせ我慢をしていると思われるらしい。魔物の生息地はかなり離れていて、普通だと行くだけで1日がかりだ。だからそこで狩りをして帰ってくることを考えると4~5日は見なければならない。その間単独行動など普通は無茶だ。魔物がいる場所で1人で夜営するなんて無謀だし、人間は不眠不休で動けるなんて精々3日だ。まあ俺には当てはまらない。飛行魔法を使えば生息地まで30分もかからない、アリスがいれば単独行動でも心配はない。そんな規格外のスペックを爺さんに言う気は俺にはなかった。


「いや、俺は取りあえずはソロで良い。他人ひとに頭を下げるのは好きじゃない。それにこれまでもずっと一人でやってきたからな」


 一人でやってきたというのは嘘じゃない。爺さんはやれやれというように肩をすくめた。





 横から声が掛かったのはその時だった。


「ほうっ、ピクシーの従魔とは珍しい」


 この世界のヒト型の魔物は互いに意思疎通が出来る。ドワーフ、フェアリー、ピクシー、エルフ、鬼族などだ。それぞれ独自の文化を持ち、その種族を主とする地域に住んでいる。魔結晶を持っているが獣や鳥、昆虫型の魔物と違って傭兵の狩りの対象ではない。殺したりすると罪に問われる。むしろ交易の相手になる。たとえばこの前たまたま俺が護衛することになったカラズミド商会の商隊キャラバンの目的地だったファダはドワーフの街だ。ドワーフ以外の種族――人間も含む――も住んでいるが7割はドワーフだという。


 ヒト型の生物は神の似姿に造られたという。だから魔結晶を持っていてもヒト族に分類される。人間は魔結晶を持たないのに魔法を使えるから他のヒト族より神に近いのだ、という様なことを主張する者もいるそうだ。ただし神殿はその意見を否定している。神の似姿の種族間に差はないというのが神殿の公式見解だ。


 意思疎通が出来るため、これらの種族はヒト型の他種族に隷属することを嫌う。奴隷商も借金奴隷や契約奴隷を他種族に売ることはほとんどない。売ったことが分かれば商売上の信用を失うし、政庁による監査――税金を適正に納めているかなど――も厳しくなるからだ。特に小型のヒト型種――フェアリーやピクシー――に他種族への隷属を嫌う傾向が強かった。

 戦争奴隷も可能な限り買い戻すのが高位の貴族の義務とも見なされていた。犯罪奴隷でさえトラブルを避けるため、その属する種族の下に罪状を明記した書類とともに送り返されて、そこで処罰されることがあった。尤も通常は属する種族の下に送り返されても処罰が軽くなることはない。そんなことをすれば不公平感が出て、送り返されることが躊躇われるようになるからだ。


 自分の意思で従属した場合は別だが、この場合でも決して隷属ではない。


 従魔は奴隷ではないが、“召し使われている”ように見える。これらの種族は、魔結晶を持たない人間の下風に立つのは嫌だという感情を持つ事が多い。彼らから見ると人間は言わば下等種族なのだ。まあ、そう思うのも無理はないが。ただし人間から見ると、魔結晶を持たないと魔法を使えないこれら種族の方が下なのだが。だからヒト型種族は滅多に他のヒト型種族の従魔にならない。


 ちなみにフェアリーとピクシーの違いはピクシーの方がやや大きいこと、そしてフェアリーは背中に透き通った4枚の羽を持っていることだ。どちらも空を飛べる、スピードのないフヨフヨとした動きではあるが。


 アリスは一見ピクシーに見える。その性能はとてもピクシーの範疇には収まらなかったが。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る