第28話 政庁前広場
俺は、空中にふわっと浮いたアリスの少し高くなった視点を共有していた。そこから視る飛竜騎士は、
「女?」
小柄なものが多い。まあ、騎士を乗せる竜にとっても小柄で軽い方がいいだろう。
武器も地竜騎士のように大仰なものは持っていない。鞍に長剣が手挟んであるが飛んでいる竜の上で剣を振り回しても効果的とは思えない。まあ、象徴的な意味しかないだろう。飛んで戦うのだから近接戦闘用の装備は必要ない。
先頭の1騎は明らかに女だった。兜の下からはみ出た長い髪も鎧の形も女のものだった。爺さんの言ったアビゲイルという名前も女の名前だった。驚くことでもない、魔法の資質には男女差はなく、
見事な編隊飛行を見せた飛竜騎士が西の空に去った後は、それを追うように地竜騎士も西の市門に向かってパレードは終了だった。
だが人々は散らない。今日は別の見物が用意されている。
ガラガラと音を立てて広場の真ん中に引っ張ってこられたのは絞首台だった。俺が捕まえた山賊のうち指名手配されていた3人が処刑されるのだ。
絞首台が設置されると政庁の方から無蓋の車が走ってくる。見物人達によく見えるようにわざとゆっくり走っているようだ。荷台に3人の男が縛られて座らされている。首領の男と、魔法使いと、もう1人――俺の印象には残ってなかった――だった。
周りの群衆から罵詈雑言が飛んで、投げられた石が男達の身体に当たる。それでもうなだれたまま男達は身動きしない。絞首台の近くに止まった車から男達が無理矢理引きずり下ろされ、槍で尻をつつかれながら階段を登る。頸に縄を掛けられたところで制服を着た役人が絞首台に登り、書状を拡げて3人の名前と罪状を読み上げた。
「依って、ヤルガ市法務院の名において、ここに刑を執行するものなり」
死刑囚の足下の板が外れた。50cm程身体が落ちて縄が伸びきったところで止まる。吊られた身体がビクンビクンと痙攣し、やがて動きが止まる。制服を着た別の男が絞首台に上がり、男達の身体を改め、まぶたをひっくり返し、脈を取る。そして大声で、
「正義は執行された!」
うおーっと群衆がどよめいた。そして、三々五々散り始めた。
処刑された死刑囚の身体には魔物から取れる特殊な液が塗られる。腐敗を遅らせるその液を塗られた死体は吊されたまま東の市門――一番人間の出入りが多い門――の外に放置される。この市は独立した政体を持ち独自の刑法を持っていることを示す象徴になるのだ。腐敗が遅らされてもやがて昆虫型魔物や鳥形魔物が食い散らかして、縄から墜ちたら無縁墓に放り込まれて終わりだ。
その夜、案内役を務めてくれた爺さん――ジャンニ・ダンツィーノと名乗った――に宿で飯をおごった。昼間の案内のお礼と、さらなる情報を求めて、だった。ダンツィーノ爺さんは飯を食いながら、口の中に食い物を入れたまま喋るのには閉口したが、いろんな事を教えてくれた。爺さんの唾と食べかけが飛んでいるからと、アリスは俺が勧めてもその時の夕食を口にしなかった。
翌日からダンツィーノ爺さんの案内付きでヤルガ観光の再開だった。コンシエルジュなしで回るより効率的で記憶に残る。商人街、工房街、それぞれに有名商店、有名工房などを教えて貰いながら歩く。
「カラズミド商会は武器の品揃えに定評があるが、防具ならこのドローズド商店だな。イーロック工房と組んでいるからな、質は保証付きだ。もっとも値段の方も一流だがな」
俺が防具の並んでいる店を覗き込んでいるのは、別に買おうと思っているわけじゃない。むしろ、俺の武器でどの程度効果があるか確かめるのが目的だった。フルメタルの全身鎧もあったが、こんな物はあの地竜にでも乗らなければ移動さえ困難だろう。そのくせ防御力が高いとは言えない。俺の持っている魔鋼製のナイフでも貫けると、俺は考えた。確かに普通の剣や槍と言った刃物には強いだろうが、物理的打撃に強くはないだろう。魔法に対しては、例えばファイアーボールをぶつけられれば下手すれば鎧の中で蒸し焼きになる。刃物や打ち物、それに魔法に対して一番バランス良く防御力が強いのは魔物の皮で作った皮鎧だろう。それもどの魔物を使ったかで防御力は変わるが。俺にはあの飛龍騎士達の革鎧は一級品に見えた。
結論;俺の魔銃なら、拳銃タイプの方でさえ、打ち抜けない防具はない。警戒すべきは飽和攻撃くらいだろう。なんと言っても俺はこの世界でアリスと二人きりなのだから。アリスはA.I.だけれど二人と言ってもいいだろう。
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