第25話 宿

 宿はカラズミドが推薦してくれた所にした。ほどほどのグレードで飯の美味いところと言う条件で紹介された『暁の仔馬』亭は街の商業地区の端っこにある全部で20室ほどの宿だった。


「朝食、夕食付きで1泊銅貨50枚、食事なしなら40枚です。体を拭く湯が必要なら銅貨2枚になります」


 と言うことで俺は取りあえず10泊、銀貨5枚を支払った。先ずこの世界の情報を集めなければならなかった。この街は丁度良いサイズだし、この世界の典型と言っても良い、情報を集めるには適している。中をうろうろして人と話せばいろんな事が分かるだろう。カラズミドが気を利かせて小銭を持たせてくれていたのでその中から宿代を払った。俺に渡すのに金貨だけではなく銀貨、銅貨を入れていたのはさすがに世慣れている感じだった。俺が女将さんに案内された2階の部屋は適度に広く、大きめのベッドが置いてあった。


「食事が出来たら鐘を鳴らします。そうしたら階下したに降りてきてください」


 1階は玄関を入ってすぐにフロントがあり、フロントの後ろに食堂があった。女将さんは必要なことだけ告げると部屋を出て行った。


 俺はベッドにダイブした。屋根と壁のあるところで寝るのは久しぶりだし、ちゃんとしたベッドというものの上で寝るのはもっと久しぶりだった。少し堅めだが寝心地は良さそうだった。少なくとも寝袋に入って地面や簡易ベッドに寝るよりは。

 そのまま寝てしまったらしい。肩を揺すられて目が覚めた。


「アヤト、アヤト」


 目を開けるとアリスが顔を覗き込んでいた。


「鐘が鳴ったよ、そのまま寝てたら食べ損なうよ」


 まともに料理されたものを食ったのも久しぶりだった。軍用携帯口糧はカロリーと栄養を補給することが第一で味は二の次だし、ボンボン達が持っていた食料は大事にしたかった。補給の目処はないのだから。狩った魔物を料理すると言っても俺は料理が苦手だ。塩と香辛料を適当に振りかけた肉を焼き、後は輸送機から持ってきた粉末スープくらいだ。カラズミドの商隊の夜営の料理も俺の料理とどっこいどっこいだ。だから味に気を配って火を通した料理に俺は舌鼓を打った。

 アリスは俺の顔の周りをフヨフヨと飛び回りながら時々料理をねだった。そのたびに魔物の肉のシチューからスプーンで掬って食べさせた。勿論肉の欠片も入れることを忘れなかった。本来アリスは食い物を必要としない。戦闘用A.I.が糖質を燃やしてエネルギーを得るなんて必要はない。中程度の魔結晶を補充すれば一ヶ月は動けるはずだ。しかし味は分かるし、はっきり言ってうるさい。毒が入っているかどうかも分かるのだと薄い胸を張った。そのあたりは球形の戦闘用A.I.だったときと違うところだろう。ジャガイモを蒸かしたのも、野菜と肉がたっぷり入ったシチューも美味かった。この宿は料理で定評があるのだろう、宿泊客よりずっと多い人間が食堂で舌鼓を打っていた。


 夕食後、街へ出た。街は魔結晶を利用した街灯で照らされて明るかった。モネタ程ではないものの夜遅くまで人々がぞろぞろと出歩けるほどの照明が、まあ中心街だけだけれど設置されていた。

 街へ出たのはこの世界で着てもおかしくない服を手に入れるためだった。装甲戦闘服と背嚢に入っている着替え、輸送機から回収した服もあるがやはりこちらでは見慣れない服ということになる。輸送機から回収した服はサイズが合わない。着られないことはないが。俺の服に、すれ違う人が好奇の表情を浮かべる。目立って仕方が無い。まあ、街の外では、特に危ない場面が想像できるときは戦闘服に戻るつもりだが、街中に滞在している間はここでの普通の服を着ている方が良いだろうと俺は判断した。

 服屋はこれもカラズミドから聞いていた店を選んだ。Tシャツの様なものを着て、その上から襟の付いた長めの上着、上着は太いベルトで締める、短めのズボンに魔物か、獣の皮で作ったブーツというのがこの辺り普通の格好らしい。ベルトから長剣を吊っている男達もいるし槍や戦闘用斧を持っている男達も結構な割合でいる。剣や槍を持っていなくても男はほぼ例外なくベルトに短剣をはさんでいた。鞘に派手な装飾を施した湾曲の強い短剣だった。目立った季節の変動はないから1年中余り変わらない格好をしているようだ。

 ブーツは交換せずにこれまでのものを使うことにして、一応複数枚の服を購入した。女性の服は結構カラフルだが男は単色、それも白、黒、紺くらいしかない。どれも綿だった。絹もあるようだが庶民の男がそんなものを着ることはないそうだ。勿論化学繊維の類はない。


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