第15話 樹海の外へ 2
地面に長々と伸びている猛禽型魔物を見下ろしながら、
「今日は鳥肉料理か」
とにかく、魔結晶と今日、明日分の肉は確保しなければならない。輸送機からもってきた保存食は出来るだけ節約している。一見たくさんあるように思えるが食い終わったら補給の見込みはないのだから。
ぐしゃぐしゃにつぶれた魔物の側にふわりと着陸した。丁度良い具合に仰向けに倒れている。魔鋼のナイフを抜いて見上げるような大きさの鳥の身体に飛び乗った。ナイフで皮膚に傷を付け、あとは念動で力任せに開いていった。心臓の直ぐ横にある魔結晶を取り出すと、取りあえず5~6食分ほどの肉を切り取った。保存が利かないからそれ以上とっても無駄になる。アリスのポケットは物を入れるだけの機能しか無い。ポケットの中で肉が腐ったりするのはアリスも嫌だろう。肉を保存用のプラスチックの袋に入れ、ジップ・ロックしてアリスのポケットに収めた。
それだけの作業を済ませて飛び上がるともう猛禽型魔物には餌の臭いを嗅ぎつけた昆虫型魔物が群がっていた。上空にはギャーギャー鳴きながら様々な鳥形魔物が舞っている。俺が飛び上がると早速何羽かの魔物が降りてきて肉をついばみ始めた。ついでに昆虫型魔物も喰っている。鳥形魔物にすればどっちも良い餌なのだろう。直ぐ横の同類が喰われても昆虫型魔物はその場を離れず只ひたすらに口を動かしている。
そこから3時間ほど西に向かって飛んで、河を見付けた。幅が1kmはありそうな大河だ。
くねくねと蛇行しながら北から南に向かって流れている。幾つもの三日月湖も見える。広い河原に着陸した。石ころだらけだが足下も見えない草原に降りるよりましだろう。
降りてぐるりと周りを見回した。
「草原の方には大きな魔力を持った魔物は近くにはいないな。水棲の魔物はどうかな?」
アリスが上流を指さして、
「河の中程にでかいのが2つ、でもでかすぎて浅瀬まではこれないと思う」
「でもまあ、用心しよう。銃を持って行こう」
「えっ?」
「水浴びをする。
夜営の度に水を出して湯にして身体を拭いていたが水浴びはしていなかった。俺は手早く背嚢とライフル型魔銃を下ろし、ベルトを外して装甲戦闘服を脱いだ。背嚢の中から替えの下着とタオル、石鹸を出して、裸になると河の中にジャブジャブと入っていった。腰の辺りまで水につかったところで身体を拭き始めた。右手にハンドガンを持ったままではやりにくい、と思っていたらタオルをアリスに取られた。
「ボクが人型になっているのを忘れちゃ駄目だよ」
そうか、うっかりしていた。球形だったときは、触手は持っていたが俺の体を拭くなんていう高等技はできなかった。
「だから拭いてあげる」
ごしごしと拭いてくれるのはいいのだが、いささか力を入れすぎに思えた。皮膚ごとこそげ落としそうな勢いだ。石鹸で滑りが良くなってなかったら本当に皮膚がむけていたかも知れない。
「ちょっと痛いぞ、アリス」
「レィディの前でいきなり裸になるのはどうかと思うんだ、ボク。だからこの程度は我慢する!」
怒っているんだ、こいつ。いや怒っている振りかな。まあ、球体だったときとは違うんだと言いたいのだろう。これからは気をつけよう。俺は抵抗せずに、力を入れすぎたアリスの清拭を受け入れた。だが、アリスは見かけよりずっと力が強い。拭き終わった俺の体は全体に赤くなっていた。だがまあ、さっぱりしたから良しとしよう。
体を拭き終わって河原に戻る。夜営の準備を始めた。石を並べて輪を作り中で火を燃やす。鍋――輸送機から貰ってきたやつだー―を出して川の水を満たし先ず沸騰させる。清潔な水を得るためだ。串に刺した鳥肉を焼いた。味付けは塩と香辛料、火に落ちていく油が良い匂いをたてる。粉末のスープを湯に溶き、野菜の缶詰を出してまあ、一応はバランスの取れた食事になった。
「ほら、あれ!」
食事中にアリスが川の中程を指さした。バシャバシャと水音がして巨大な背びれがかなりのスピードで下流の方へ過ぎていった。確かにあの大きさではうかつに浅瀬の方へは来られないだろう。乗り上げて動けなくなれば他の魔物の良い獲物になる。
「あれ、おいしいかな?」
アリスが自分用の小さな食器を持ったままそう言った。本当は食事など必要ないくせにヒト型になってから俺が食事をするときは必ず自分も相伴する様になっていた。
「今のスペックだと有機物からだってエネルギーは得られるんだよ、効率はそんなに良くないけど。でもその分魔結晶の消耗が遅くなるからね」
利用できなくて残った滓をどう処理しているのか、アリスは教えてくれなかった。
テントを張って、簡易寝台を出して、寝袋に入って寝る。簡易寝台のおかげで足下が石ころだらけでも気にならない。監視は相変わらずアリスがやってくれる。この姿になっても、睡眠の必要はないと言っている。おかげでゆっくり眠れる。
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