第14話 樹海の外へ 1
草原はカジエダ高原の様子によく似ていた。ただ気温が高い分植生が豊かだった。丈の高い草――おそらく俺の腰くらいはあるだろう――が一面に生えており、大きさと形が様々な岩がごろごろしている。高さが50mに達するような巨木が所々に生えているしその周囲が小規模な――大樹海に比べるとという意味だ――森になっているところもある。大樹海の中と違って見通しがきくから100mも浮き上がれば遠くまで見える。あちこちに魔物がうろついている。この世界で特殊兵をやっていたらずいぶん効率が良かったのにと俺は思った。
そして、樹林地帯より空を飛ぶ魔物が多い。草原には体長60cmの蟻によく似た魔物、1mを超すバッタによく似た魔物、同じく1mを超すトンボによく似た魔物、要するに昆虫型の魔物も多い。だからそれを餌とする鳥形の魔物が空を舞っているわけだ。もちろん小型の昆虫型の魔物を餌とする大型の昆虫型の魔物もいる。眼下に直径20mほどの大蟻地獄の巣も見える。たまたま落ち込んだ蟻を大蟻地獄が牙で捕まえて引きずり込むところだった。大蟻地獄は喰えないし、こんな穴の底では斃しても魔結晶を回収するのに苦労する。つまり俺の獲物ではない。
この昆虫型魔物の大きさも、
実際に生きている昆虫型魔物を目の前にしているのに。
この巨体を維持できる酸素を全身に供給できるはずがない、あり得ないと叫ばれても俺にはどうしようもない。彼らの言い分では、何でも、特異宙域は地球に比べて気圧がやや低めだがかわりに酸素濃度がやや高めで、酸素分圧としては地球とほぼ同じだという。昆虫型魔物を解剖しても、魔結晶を持たない普通の昆虫と同じように気門で呼吸しているから、この巨体に必要な酸素を取り入れられない、と言うのが学者の言い分だ。
だから魔法がそこで出てくる。昆虫型魔物は魔法を使って必要な酸素を確保している、ただしそれがどんな魔法なのかよく分からない、と言うのが結論になった。確かに通常の昆虫型魔物は魔結晶を持っているくせに外に向かって魔法を放つ奴は少ない。それが変異して上位種になると結構な魔法を使う奴が多い。魔結晶も高品質になる。上位種の魔結晶には原種の10倍以上性能がいいのもある。
昆虫型魔物は数が多い。魔結晶の数を稼ぐなら効率が良く、特殊兵の中には専ら昆虫型魔物を狩っていた奴も居る。でも俺はあまり狩らなかった。食えないと言うのが一番大きな理由だ。食って食えないことはないと思うがそもそもモネタの人々が食料として要求してなかった。まあキチン質の殻なんかは工作の素材になるから需要があるので、時々は頼まれて狩っていたが。
草原に入ったところでアリスの攻撃魔法を確かめることにした。丁度良い的が幾らでもいる。大赤熊、黒オオカミの群れ、毒蜘蛛、灰色ハゲ鷹、スズメ魔蜂の群れ、どいつもこいつも似たようなものが地球にもいるって事だが、こっちではとにかくやたら大きい。それに魔結晶をもっているから魔法を使ってしぶとい。
アリスの攻撃魔法は、身体強化した大赤熊、魔法で連携を強化した黒オオカミ、とんでもない高さまで跳躍する毒蜘蛛、音速を超える急降下をするハゲ鷹、麻痺毒を注入する魔蜂を、雷撃し、高速水流で切断し、火球で燃やし、高熱高速弾で貫いた。俺の出番などなかった。首を振りながら見ているだけだった。熊やオオカミ、ハゲ鷹の肉は食って食えなくはないが美味くない。魔結晶だけ回収してアリスのポケットに収めた。もちろん綺麗に洗ってからだ。
根拠地を離れて4日目、下の様子を見ながらのんびり飛んでいたら、1kmほど離れたところで輪を描いていた鳥形魔物が俺に目を付けたようだ。
「アヤト」
「分かっている。俺が目障りなんだな。獲物を横取りされるとでも思っているのかな」
「アヤトが獲物だと思っているよ」
「喰われるのは嫌だな」
翼を拡げれば10mくらいになる猛禽型の魔物だ。くちばしと爪は鋭い。風の魔法を使って物理法則を無視したスピードを出す。羽は刃物のように鋭い。しかし遠隔攻撃用の魔法は持たないから要するに接近戦にならなければ楽勝だ。
「ボクがやる?」
「いや、アリスの力は嫌と言うほど見たから今回は俺の番だ」
腰のホルスターから拳銃型の魔銃を取り出した。のんびりと輪を描いていた魔物がいきなり俺をめがけて突っ込んできた。多分2秒足らずで俺の所まで来る。しかし2秒もあるのだ。分かっていれば慌てない。右手を挙げて慎重に狙いを付ける。俺の魔銃が鳥形魔物の頭を吹き飛ばしたのは100mほど離れたところだった。頭を失った魔物は勢いを弱めて――死んで魔法が切れたから――俺の足下を落ちていった。地面にぶつかったところでドンという音が聞こえた。
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