第16話 知的生命体?

 草原の探索を始めて11日目だった。ゆっくりと南北にも飛びながら西へ向かっていたから、樹海の縁から草原に入って2500kmくらいのところだ。その日の探索を終えて、そろそろ野営の場所を決めようとしたときだった。さらに西に30km程離れたところに一筋の道?――草が筋状に途切れたもの――を見付けた。俺は思わず息を飲んで、もう一度草の途切れを見つめ、腰から双眼鏡を出してピントを合わせた。それは確かに道のように見えた。


「アリス」


 アヤトはそちらを指指しながら呼びかけた。アリスが右手を目の上にかざしながら、


「道、……のように見える。獣の踏み分け道にしては広いし、幅が一定だし」


 あれが道なら、道を作るような生き物がいると言うことだ。それは絶対に知能のない魔物ではあり得ない。もし知的生命体であれば人類と知的生命体とのfirst contactということになる。まあ、人類の代表が俺では多少重みが足りないが。

 30kmくらい、全力で飛べば5分も掛からない。近づくにつれてそれが道であることはますますはっきりしてきた。一定の幅で草のない筋が南北方向に延々と続いている。


 その上に降り立った。


「轍がついている」


「車が通るって事だね」


「知的生命体がいるんだ」


 体が震えた。どんな知的生命体か分からないが、意思の疎通ができるならこの世界で一人で生きていくという事態からは救われる。俺は5mほど飛び上がって北の方、南の方を見渡した。薄暗くなった夕暮れに、道の上には何も見えなかった。


「この道をたどれば……」


「知的生命体に会えるかも」


「明日だな」


 暗闇の中では互いが見えない。いや、俺には見えなくも無いが相手がどうか分からない。見えない相手は疑心暗鬼を生む。一晩ここで夜営して明日、北か南を偵察しよう。



 次の日の朝、俺は南の方を探索することにした。北ではなく南にした理由はない。なんとなく決めたことだ。5m浮き上がり、道に沿ってゆっくり飛翔する。魔物は無視した。狩れば良い獲物になっただろうが、道の探索の方が優先だ。俺は見逃しがないように道に沿ってゆっくりと飛んだ。何か現地生物が落とした物でもあるかもしれない。


 2時間ほど経ったとき、一緒に飛んでいたアリスが鼻をひくつかせて南東の方を指さした。


人間ひとの臭いがする。弱い魔力持った人間が20人ほど、こっちに3km離れている」


 アリスは魔力に敏感だった。魔物の魔力、人間の魔力を区別することが出来た。


「こっち?」


 アリスの指した方向は道から東にずれていた。俺の質問にアリスが頷いた。


「人間なのか?」


「うん、人間かそれに近い生き物の魔力、弱いけど」


「20人?」


「う~んと、19人ね」


 人間がいる?少なくともアリスが人間と認識する存在がいる。この特異宙域に。


 ここに入植し始めてから最も大きな探索目標の一つだった。居住可能環境であり、魔物や魔力を持たない生物が多量に生きているところだった。当然知的生命まで進化した生命体がいないかどうか、何百年も探索していたのだ。そして少なくとも人類の探索範囲にはいないという結論が出ていた。もし元の世界でこの距離に知的生命体がいれば探索に引っかかっていたはずだ。


「19人が全員魔力持ちなのか?」


 アリスがちょっとうつむいて目を閉じた。直ぐに顔を上げて、


「そう、全員が魔力持ち。大した魔力じゃないけど」


 全員が魔力持ちと言うことは、モネタに通常宇宙から来る人間達ではないことを示唆する。かといって特異宙域生まれの魔力持ちが19人も行方不明になったなんて俺は聞いたこともない。


「電波は?」


「拾えない」


 少なくとも俺たちのような生活をしている訳ではなさそうだ。


「あんまりたちの良い連中じゃないみたい。少なくともボクはお近づきになりたくない」


 アリスは魔力に籠もる悪意や敵意にも敏感だった。




 道から500mほど離れて小高くなった丘の上に、そのアジトはあった。岩で巧みに偽装した入り口に2人の見張りが立っていた。俺とアリスは100mほど離れた窪地に身を潜めて、双眼鏡を眼に当てた。アリスはそんな物が無くても俺以上によく見える。


人間ひとだな」


「人間だね」


 見張りはどう見ても人間――男――だった。身長は170cmくらいだろう。1人は粗末な革鎧を着て、さびの浮いた槍を持っていた。もう一人は弓を武器にしているようで、革鎧の背中に矢筒を背負い、腰に剣を吊り、手に大ぶりな弓を持っていた。



 高等な知的生命体は人類に近い姿をしているだろうという話を俺は聞いたことがある。その時の説明では、視覚器は対象の立体構造を知るために2つ以上必要で、多くなりすぎると情報処理が大変になるのでおそらく2つが多いだろう、聴覚器も音の方向を知るために最低2つ、そして感覚器は遠くを感知するため身体の上の方にあり、手――上肢――は2本以上でおそらく2本、足――下肢――は複数、などという条件を考えれば、人類のように、身体の一番上に感覚器が集まった部分――頭――があり、頭の中には感覚器からの情報を処理するための中枢神経系がある――情報伝達経路を短くするため――という配置になるだろうし、上肢、下肢がそれぞれ2本ずつ、という人類の相似形になる、と言う話だった。それでもこれほどそっくりだとは俺は思っていなかった。


 しかし考えてみれば魔物の姿形は元の世界にそっくりなのだ。知的生命体――人間――の姿形がそっくりでもおかしくはなかった。




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