第9話 新世界 2
がっかりして首を振る俺をアリスが下から覗き込んでいた。何か言いたいことがあるようだ。
「ね、ね、気づいている?アヤト、4時間でここまで来たんだよ」
「えっ?」
「4時間だよ、2000kmを」
俺の飛行魔法の最大速度は300km/hだ。それが2000kmを4時間って事は500km/h出したって事だ。それに、俺の魔力の最大出力で飛んできたはずなのに、そんなに魔力が減ってない。2000kmも全力で飛べば俺の魔力はほぼ尽きるはずだ。それが今は体感で60%くらいは残っている。
「アヤト、ものすごく魔力が伸びてるよ。総量も、最大出力も」
両手を目の前でにぎにぎしてみた。いや、そんなことをしても分かるわけじゃないが。
身体に魔力を廻らせてみる。確かに増えている。自分でもはっきり分かるくらいには。
「増えているな」
「でしょ?」
「ここで一人で生きていかなきゃならないとしたら、好都合かな」
「そうだよ。きっとそうだよ。こんなところに跳ばされたた代償に魔力が増えたんだよ。それに……」
「それに、?」
「ボクがこの姿になったのも代償の一つだと思うよ」
確かに一人で生きていくなら相棒は球形のA.I.より人型のA.I.の方が望ましいだろう。一人ではないという気にさせてくれるかもしれない。
「……そうだな、そうかもしれないな」
「そうだよ、ボクの耐用年数はまだまだあるから、アヤトが一人でも寂しくないように出来るだけのことはするよ」
俺を励ましているようだ。確かにA.I.の寿命は人間より長い。
「そうだな、これからアリスだけが一緒だ、よろしく頼むよ」
そういって俺は右手を出した。アリスの小さい手がそれを握った。
「うん、ボク頑張るから、一所懸命に頑張るから」
俺とアリスは長い間互いの手を離さなかった。いや、俺が離せなかった。心細さがアリスに癒やされていたのかもしれない。
もう一度俺はこの訳のわからない世界に飛ばされた地点に戻ってきた。さっきも散々に調べたのだから何も無いのは分かっていたが戻らずにはいられなかった。時間が経てば何か変化があるかもしれないではないか。
ボンボン達を載せた輸送機の推定消失地点、その上に浮かんで俺は何となく北の方に視線を向けた。
……そう言えば輸送機は北に向かっていたんだな。カジエダ高原を目指していたのか。
そちらの方へ行く気になったのは何か当てがあったわけではない。俺をこの世界に引きずり込むきっかけになったのは何だろうを考えながら浮いていると、何となくそちらへ流されただけだ。何処にも行く当てのない身だった。そんな曖昧な理由でも構わないだろう。
――ところがそれが当たりだった――
俺の直ぐ左を飛んでいるアリスの雰囲気が変わったのはカジエダ高原まであと30kmくらいになったときだった。
「アヤト、魔力を感じる」
緊張した声だった。
「えっ?だって、下は魔物だらけだろう?」
俺が探査しても大小様々なパターンの魔力が眼下の樹林をうろうろしている。飛行型の魔物もいくつか視認できる。魔力を感じるのは当然じゃないか。
「違う、
俺にはまだ感じられなかった。しかしアリスが言うなら本当だろう。
「どっちだ?」
「真北、輸送機の推定進路方向」
「行ってみよう」
特殊兵の魔力ならボンボン達と一緒に行ったという、テディー・ジャービスの可能性が高い。俺はスピードを上げてアリスの示す方向に飛んだ。10kmに近づくと俺にも分かった。確かにテディの魔力パターンだ。ボルヴァーサ社との契約当初、既にベテランだった彼に何回か同行したことがある。
「何か様子がおかしいな」
俺の問いかけに、アリスがこくこくと頷いた。
「体調が悪そう、魔力の大きさが不規則に変化している。それに“穀潰し”の反応が取れない」
“穀潰し”というのはテディの戦闘用A.I.の名前だ。特殊兵は自分のA.I.に名前を付けていることが多い。俺のようにまともな名前を付けるのは少数派でテディのように“穀潰し”だとか、他にも“覗き屋”だとか“因業婆”だとか“あばずれ”だとか、そんな名前を付ける奴の方が多い。A.I.を呼ぶときに“おい”ではしまらないからだろうが、本当に自分のA.I.に“おい”という名前を付けた奴もいる。だからそいつらに言わせればアリスなんて名付ける俺の方が変態なのだ。
ちなみに上の3つの名前を持つ戦闘用A.I.はいずれも女性特殊兵の相棒だ。どういうわけか女の方がこんな名を付ける奴が多い。“おい”って付けたのは男だが、それでもベアトリスだのマルゴットだの、まともな名前を付ける奴も結構居る。もっともその場合、男性特殊兵は女性名をつけ、女性特殊兵は男性名を付けるというのはほぼ例外のない法則だった。
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